第3話 歓迎会

「勉強会?」

穂稀の意見を聞いて真白が不思議そうに言葉をなぞって訊き返した。

「そう、みんなで集まって、これまでの授業で分からなかった所をお互いに教えあって、勉強するの」

穂稀が説明した。

「成程〈なるほど〉、自分達の苦手とするものをそれぞれの得意で補〈おぎな〉おうって事か」

自分なりの解釈〈かいしゃく〉を述べた真白に対して穂稀は頷いて返した。

「そう言う事」

二人の会話のやり取りを聞いて、勉強会の概要〈がいよう〉を理解したクラスメート男子が口を開いた。

「おー、それなら良いんじゃないか?」

そう言うと、意見を求めるように、クラスメート女子を見た。

「激しく賛成」

右手を挙げて主張するように声を出した。

「二人はどう?」

穂稀が男性陣に訊ねた。

「俺も良いぜ」

クラスメート男子が返した。

「僕も」

真白が続いた。

「決まりね」

微笑〈ほほえ〉みを顔に出して穂稀は言った。

話している間にも四人はチョコチップクッキーと紅茶を口にしていた。

「それで、いつにするの?」

クラスメート女子が尤〈もっと〉もな質問をした。

「そうねぇ……二日連続って言うのは多分、大変だから、来週末でどうかしら?」

答えながら訊ねた穂稀の言葉に、クラスメート男子が声を出した。

「そうだな、そのぐらいが良いかもな」

真白も頷いた。

「うん」

クラスメート女子も続いた。

「それが良いわね」

此処で、クラスメート男子が問い掛けた。

「場所は何処にするんだ?」

間〈ま〉を置く事無く、穂稀は答えた。

「市営の図書館よ」

それに対してクラスメート女子が賛同した。

「勉強するにはうってつけの場所ね」

穂稀がその言葉を待ってたかのように返した。

「でしょ?二人もそれで良い?」

そう訊かれて、クラスメート男子は答えた。

「ああ、異論は無いぜ」

真白も同意見だった。

「僕も」

それを聞くと、穂稀は会議を締め括った。

「決定ね、それじゃ、来週末に市営の図書館にて勉強会と言う事で」

話が決まると、四人は両手を合わせて挨拶をした。

『ごちそうさまでした』

ティーカップと皿を空にすると、クラスメート男子が口を開いた。

「さてと、そろそろ行きますか」

その言葉に真白が一番先に頷いた。

「うん」

クラスメート女子も続いた。

「そうね」

穂稀も三人と同じ考えを言葉にして返した。

「行こう」

テーブルに乗っている皿の上にティーカップを置くと、四人はソファーから立ち上がった。

『ありがとうございました』

礼を伝えると、店主は四人に言った。

「また来いよ」

店主に見送られるようにして、穂稀達は店を後にした。

この出来事〈できごと〉はそれ以降〈いこう〉も続いた。

薬王堂ではブルーベリー味の玄米ブラン、寿司・正太郎では稲荷寿司〈いなりずし〉、多田青果店〈ただせいかてん〉では蜜柑〈みかん〉、Bar hurtでは、チキンピカタ、居酒屋よっといででは焼き鳥、菅原〈すがわら〉美容院では、ソーダ味のキャンディ、占いの館〈やかた〉では固形包装〈こけいほうそう〉のチョコレート、横屋釣り具店では海老煎餅〈えびせんべい〉、池田酒店〈さかてん〉ではバーベキュー味のサッポロポテトのミニ袋、水野床屋ではコーラ味のキャンディ、公文式ではコアラのマーチのミニ袋、横澤算盤ではチョコ&コーヒービスケット、麻雀荘では柿の種、電化製品販売店ではサラダ煎餅、自動車整備工場では〝ばあちゃんのぽたぽた焼き〟、歯医者ではキシリトールガム、道の駅では御手洗〈みたらし〉団子、ガソリンスタンドではきのこの山とたけのこの里のミニ袋を一つずつ。

リサイクルショップでは雪見大福、洋菓子店ではパウンドケーキ、郵便局では黒飴〈くろあめ〉、雑貨屋ではマカロン、診療所ではピーナッツ入りのチョコボール、薬局では蒟蒻畑〈こんにゃくばたけ〉、高田書店ではキャベツ太郎、ホーマックではベジタブル味のサッポロポテトのミニ袋、コメリではコンソメパンチ味のプチポテトチップス、文具店ではプチチョコラングドシャ、高橋スーパーではチョコパイ、味楽ではベビースターラーメン、駄菓子屋ではねるねるねるね、花屋ではカスタードケーキ、交番ではキャラメル、新聞社ではシュークリーム、日本銀行ではハイチュウ、図書館ではシガレット、セブンイレブンではポテトスナック、ミスタードーナツではポン・デ・リング、サーティーワンアイスクリームではアイスを一緒に包んだクレープ、ファミリーマートではLチキン、マクドナルドではバニラシェイク、ケンタッキーフライドチキンでは、ビスケットとコーラ、ローソンではからあげクンのレギュラー、ピザハットではマルゲリータ、ノワールでは

オレオの余〈あま〉りを貰った。

四人は帰り道を行く先々〈さきざき〉で様々〈さまざま〉な施〈ほどこ〉しを受けた。

「いやー今日も貰ったな」

満足そうにクラスメート男子が言った。

「もう沢山〈たくさん〉」

クラスメート女子も同意見を述べた。

「私も限界」

と穂稀も言った。

「僕もいっぱいいっぱい」

真白も三人と同じ思いを口にした。

「さてと、これで案内出来る場所は粗方〈あらかた〉周ったな」

思い返しながらクラスメート男子は言った。

「覚えられた?古屋君」

穂稀が真白に声を掛けた。

「うん、なんとなくだけど、お陰様〈かげさま〉でなんとか」

曖昧〈あいまい〉な表現で真白は答えた。

「ねえ、みんな見てよ、空を」

ふいに空を見上げたクラスメート女子に言われて、三人も上空を見つめた。

鮮〈あざ〉やかなオレンジから群青色〈ぐんじょういろ〉に変わろうとしている最中で、二色に彩〈いろど〉られた空の上には、一番星が光っていた。

「もうそんな時間なんだな」

自分のスマートフォンと空を交互に見て、時刻を確認しながら、クラスメート男子は喋った。

「そろそろ帰らなきゃね」

親からの言いつけを守るような言葉をクラスメート女子が言った。

「時間の事なんてすっかり忘れてたわ、そうよね、そうなるわよね」

訪〈おとず〉れた当たり前の事柄〈ことがら〉に一人で納得〈なっとく〉しながら、穂稀はそう述べた。

「僕も全然気づかなかったや」

真白が共感〈きょうかん〉して言った。

「あっと言う間だったわ、時が経つのは早いわね」

と、穂稀は続けた。

「そうだね、長いように思えて短いような時間だったな」

そう真白も返した。

「それじゃ、名残〈なご〉り惜〈お〉しいけれど、私達はこれでお暇〈いとま〉するわ」

別れの意をクラスメート女子は告げた。

「ああ、行こうぜ」

クラスメート男子も同意見を述べた。

「そう、それは残念ね、じゃあまた明日」

穂稀が別れの言葉を口にした。

「うん、またね」

真白も穂稀に続いた。

「ああ、またな」

クラスメート男子が返した。

「また明日」

続けてクラスメート女子も言った。

「マシュマロ」

真白にクラスメート男子が声を掛けた。

「何?」

と、訊ねた言葉が返って来た。

「しっかり秋畑さんを家まで送り届けてあげてね」

真白の両肩に手を置いて、クラスメート女子はアドバイスした。

「え?うん」

当たり前の事を言ったクラスメート女子の言葉に真白は不思議そうに返事をした。

「ちょっと、何言ってんの」

穂稀がクラスメート女子を窘〈たしな〉めた。

「あら、別に隠さなくても良いじゃない」

クラスメート女子が穂稀を誂〈からか〉った。

「そうそう、本当の事なんだろ?」

クラスメート男子も調子に乗って穂稀を冷やかし始めた。

二人の悪ノリに、穂稀は慌てた。

「別に隠してなんか」

訂正していると、ある考えが穂稀の脳裏〈のうり〉に過〈よ〉ぎった。

「そう言う二人はどうなの?」

と穂稀が二人に訊ねた。

「へっ!?」

突然の問い掛けにクラスメート女子は思わず、間の抜けた声を出した。

「仲良くタッグなんか組んじゃって、結構〈けっこう〉イイ感じに見えるけど」

穂稀の質問にクラスメート男子が動揺し始めた。

「え?あ、いや、俺達は別にその、なあ?」

そう言って、クラスメート女子に話を振った。

「え!?えーと」

しどろもどろになっている二人に対して、此処ぞチャンスとばかりに穂稀は問い掛けた。

「ほらほら、どうなの?」

やり返すようにそう訊いた。

形勢逆転〈けいせいぎゃくてん〉である。

「と、取〈と〉り敢〈あ〉えず、俺は帰るから」

穂稀の質問へ答える代わりにそう言って、三人を置いてそそくさと早足で歩き出した。

「わ、私も、親が心配するから、行かなくちゃ」

クラスメート女子も歩くスピードを速めて行って、クラスメート男子に追いついた。

去り際に振り向き、挨拶を言い残して。

『じゃあな(ね)』

遠ざかる二つの背中を二人で見送っていると、真白が話し掛けた。

「行っちゃったね」

穂稀が返した。

「そうね」

真白は更にこう続けた。

「僕達も行こうか」

この言葉にも穂稀は応えた。

「うん」

二人は歩き出した。

「ありがとう」

ゆっくりとした歩幅〈ほはば〉で歩いていると、穂稀が口を開いた。

「ん?何が?」

真白が訊いた。

「今日も付き合ってくれて」

穂稀は答えた。

「全然」

そう返すと、真白はこう続けた。

「こちらこそだよ、楽しかったし、〝お土産〟も出来たしね」

両手に提げた食べ切れなくて残ったお菓子が入ってる沢山のビニール袋を持って揺らした。

「帰り道もこうして付き添ってくれて」

穂稀が続くように話した。

「古屋君の方が学校から家まで近いのに」

知ってか知らずか真白は気の利いた返しをした。

「お陰〈かげ〉で道を覚えられたから丁度良かったよ」

二人の話題は他愛の無いものに移〈うつ〉った。

「ふーん、それじゃ、少女漫画をよく読んだりとかもするのね」

興味ありげに声を出しながら、穂稀は喋った。

「うん、《ショコラの魔法》とか《ナゾトキ姫は名探偵》とか《絶叫学級》とか《地獄少女》とか読んでるよ」

それを聞いた穂稀はこう返した。

「なんで殆〈ほと〉んど怖い系なの?」

そう訊かれて真白は初めて気づいたように言った。

「あ、本当だ」

目線を上に向けると、自分が言った言葉を振り返って喋った。

「じゃあ、《闇は集〈つど〉う》は知ってる?」

再び穂稀が訊いた。

「知ってる、知ってる、あれも怖いよね」

今度は真白が質問をした。

「あ、怖いと言えば《地獄先生ぬ〜べ〜》はどう?」

楽しそうに穂稀は返した。

「知ってるわ、マジで怖かった」

真白が共感した。

「分かる、超怖いのあったよね」

それを聞くとまた穂稀が問い掛けた。

「ならさならさ《奇跡体験アンビリーバボー》や《世界の何だコレ!?ミステリー》は?」

質問の内容が漫画からテレビ番組に変わった。

「見てるよ、怖いけど面白いからね」

真白の答えを聞いて、今度は穂稀が共感した。

「そうなのよ、怖いけどどうしても見ちゃうのよね」

穂稀の言葉に続くように真白は喋った。

「後で怖くなるって分かってるけど、見たくなるんだよね」

頷いて、穂稀が言葉を返した。

「うんうん、分かる、見て後悔するんだけど、止められないのよね」

更にこう続けた。

「来週も見るの?」

そう訊かれて真白は答えた。

「まあね」

そして穂稀に質問を返した。

「秋畑さんは?」

穂稀も当然のように答えた。

「勿論〈もちろん〉」

二人で会話を楽しんでいると、音が聞こえた。

「ああ、僕のだ」

〝お土産〟を置いて、スマートフォンをズボンのポケットから取り出した。

クラスメート男子からだった。

週末の歓迎会についてのラインだった。

〝集合時間と場所だけど、明日の午前9時に水無月駅〈みなづきえき〉で待ち合わせって事で良いか?〟

真白は穂稀に受信した内容を話した。

「僕は場所への行き方さえ分かれば構〈かま〉わないけど」

と言うと、穂稀も同意見を返した。

「私も何処でも大丈夫よ」

聞いていた真白は言った。

「じゃあ、そう返すね」

そして、返信を打った。

カチッと音がして、間も無くクラスメート男子からラインが返って来た。

〝了解、行き方は秋畑に案内して貰ってくれ、じゃあな遅れるなよ〟

真白もラインを返した。

〝うん、頑張るね、じゃあね、おやすみ〟

ラインを切って、アカウントが表示された選択画面にスマートフォンを操作して戻すと、ズボンのポケットにしまい直し、真白は再び〝お土産〟を持った。

「行こうか」

真白の言葉に穂稀は喜んで、言葉にして頷いた。

「うん」

二人はまた、歩き出した。

話をしようと先に口を開いたのは真白からだった。

「それじゃ、秋畑さんは、食べ物の中で何が好き?」

穂稀は少し間を置いて考えると、つらつらと食べ物の名前を挙〈あ〉げて答えた。

「えーっとねー、色々〈いろいろ〉あるよ、ガトーショコラでしょ、チョコブラウニーでしょ、プリンにシュークリーム」

聞いていた真白がツッコんだ。

「甘い物ばかりだね」

言われて目線を上に上げ、自分の言葉を思い返した、穂稀は気づいた。

「あら、本当ね」

二人で話していて、可笑〈おか〉しくなり、どちらからともなく笑い出した。

『プッ……あはははっ』

今度は真白が穂稀に訊かれた。

「それなら、古屋君は何が好きなの?」

真白はすんなりと答えた。

「刺し身〈さしみ〉と麺類〈めんるい〉が好きだよ」

それを聞いた穂稀からこんな言葉が返って来た。

「分かる、うちでもよく食べるわ、美味しいもんね」

真白が同意して喋った。

「うん、そうなんだよ、食卓に出た日はラッキーだと思って、テンションが上がるんだ」

聞いていた穂稀は、ふと、気がついたように訊ねた。

「それなら、歓迎会のご飯、マクドナルドじゃなくて、回転寿司の方がよかったんじゃない?」

その言葉に対して、真白は答えた。

「お小遣いが限られてるから、回転寿司だとそんなに食べられないし、それに僕はマクドナルドも好きだから大丈夫」

そう言われて穂稀は釈然〈しゃくぜん〉としなかったが渋々〈しぶしぶ〉納得〈なっとく〉した。

「そう?なら良いんだけど」

此処で話題を変えるように、真白が訊いた。

「ところで、まだ歩くの?」

真白の言葉に気を取られていた穂稀は慌てて答えた。

「え?あ、ああ、うん、もう少しかな」

話しながら二人は歩いた。

ホテルやマンション等〈など〉の高層ビルや民家が過ぎて行く。

暫〈しばら〉くの間先を歩いていた穂稀は帰り道の途中で、さっきまで後をついて来ていた真白の気配が無い事に気づいた。

振り返ると一メートルぐらい離れた所で立ち止まって空を見上げていた。

「どうしたの?」

駆け寄って声を掛けた。

「見てごらん、綺麗〈きれい〉だよ」

真白に言われて、穂稀も上空を見た。

「わあ……!」

満月と星が共に夜空を照らしていた。

「素敵〈すてき〉ねえ」

感嘆の声が穂稀から漏〈も〉れた。

「行こうか」

真白が声を掛けた。

優しい明るさに照らされた空模様に見惚〈みと〉れていた穂稀は慌てて返事すると、再び真白の先を歩き出した。

「あ、うん」

二人は、また話をしながら歩く。

淡い色に光る道を二組の足が進む。

「古屋君は月や星とか好きなの?」

ふいに思った穂稀が訊いた。

「うーん、そうだね、天体の事はよくは知らないけど、こういう空模様は好きかな」

興味ありげに穂稀は声を出した。

「ふーん」

続くように、真白は喋った。

「後、雨も好きだよ、土砂降〈どしゃぶ〉り手前の沢山降る雨だと、気に入った雨音が聞けるから特に好き」

穂稀が同意した。

「偶然ね、私もよ、なんかこう、静かげって言うか」

真白も共感した。

「でしょでしょ、そうなんだよ」

今度は穂稀が続くように質問をした。

「じゃあ、雪は好き?」

答えが真白の口から返って来た。

「好きだよ、積〈つ〉もっていると、テンション上がる」

それを聞くと穂稀は共感して、こう返した。

「私も、辺り一面が白銀の世界になって、ロマンティックで素敵〈すてき〉よね」

真白は頷いて、言葉を述べた。

「うん、寒さから生まれる空気も凛としていて、僕は好きだな」

そう言われると、穂稀が納得して言った。

「そっか、そうよね、そう言う捉え方もあるわね」

そんな話をしていると、いきなり穂稀は立ち止まった。

「おっと、危なく通り過ぎる所だった」

牢屋〈ろうや〉の牢のような柵〈さく〉が並んでいる門が構えてある家を通り過ぎた所で、穂稀は言った。

数歩退〈ひ〉き返すと、真白の元までやって来てこう告〈つ〉げた。

「着いたわ、此処よ」

青い屋根の家を見上げて、真白は言葉を述べた。

「二階建てか、立派なお家〈うち〉だね」

お世辞ともとれるこの言葉に穂稀は謙虚〈けんきょ〉になってこんな返しをした。

「煽〈おだ〉てたって何も出ないわ」

聞いた真白が言い返した。

「本心〈ほんしん〉を言ったまでさ」

また渋々と言った感じで穂稀は、真白の言葉を受け取った。

「そう?なら良いんだけど」

と言うと、穂稀は自分も貰った〝お土産〟を半分置いて、門を開けた。

そして〝お土産〟を再び持って、敷地内〈しきちない〉に入った。

「今日は付き合ってくれてありがとう、楽しかったわ」

そう言われると、真白も言葉を返した。

「どういたしまして、こちらこそ楽しかったよ、ありがとう」

更に穂稀はこう言った。

「それじゃあ、また明日ね」

真白も頷いて、穂稀に返事をした。

「うん、また明日」

沢山の〝お土産〟を両手と両腕に持ちながら、穂稀に背を向けて、真白は歩き出した。

その姿が小さくなって見えなくなるまで、穂稀は見送っていた。

真白がいなくなると、穂稀はまた〝お土産〟を置いて、空いている手で門を閉めた。

〝お土産〟を持ち直して、ドアの前に立つと、穂稀は偶々〈たまたま〉出来た握〈にぎ〉り拳〈こぶし〉でノックをした。

三回、木の鳴る音がすると、暫〈しばら〉くして、聞き慣れた女性の声が、ドアの向こうから聞こえた。

「はい、どなた?」

すかさず、穂稀は返した。

「あ、お母さん?私」

そう伝えると、穂稀の母親から、こんな言葉が飛んで来た。

「変ねえ、うちに〝私〟なんて名前の家族はいないけど」

それを聞いた穂稀は動揺して言った。

「穂稀だよ、手が塞〈ふさ〉がっててドアが開けられないの、お願いだから開けて」

冷静に母親は返した。

「開けて?」

と、言いかけると、言葉の続きを穂稀に求めた。

「う……開けて、下さい」

穂稀は一瞬言葉に詰まったが、すぐに母親の要求に答えた。

少し間が空いてからカチッと音がして、ドアが開いた。

ホッと穂稀が息をつくと、ドアから母親が顔を覗〈のぞ〉かせた。

「冗談よ」

母親はそう言うと、半開きになっているドアを全開にした。

穂稀が中に入ると、ドアを閉めた。

「ふー」

上がり口に〝お土産〟を置くと、穂稀は一息ついた。

「何?また貰って来たの?」

〝お土産〟を持って帰って来た理由で、思い当たるものを挙〈あ〉げて、母親は訊ねた。

「まあね」

と、答えると穂稀はこう続けた。

「いいじゃん、タダでくれるんだから」

母親が言葉で頷いた。

「そりゃあね」

靴〈くつ〉を脱〈ぬ〉ぐと〝お土産〟を跨〈また〉いで上がり、端〈はし〉に避〈よ〉けて置いていた、自分用のスリッパに履〈は〉き替〈か〉えた。

そして、身体〈からだ〉ごと振り返ると、置いた〝お土産〟を集めて、再び持った。

タスタスと音をたてて、歩く度〈たび〉にスリッパが鳴った。

「ただいま」

挨拶を言って、キッチンに顔を出すと、新聞を読んでいた父親が、顔を上げて出迎えた。

「おお、お帰り、遅かったな」

そんな父親に対して、穂稀は言葉を返した。

「うん、色々〈いろいろ〉と付き合ってたら、こんな時間になっちゃった」

帰宅が遅くなった理由を言い訳〈わけ〉していると

、父親の変化に穂稀は気づいた。

「新聞、逆さまだよ」

穂稀からの指摘〈してき〉を受けて、父親は動揺して、新聞を見た。

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