私の天使が死んじゃった

吉野茉莉@コミカライズ連載中!

私の天使が死んじゃった

 私には天使がいた。


 生まれたときから隣同士の家で、幼稚園から高校までずっと一緒だった。


 彼女はよく笑ったり、ときどき怒ったり、たまに泣き出したり、とにかく感情がジェットコースターで(ジェットコースターは比喩として我ながら合いすぎていると思う)横に乗るのもかなりキツいし、油断したら吹き飛ばされてしまうくらいだった。


 そうかと思ったらずっと何かを書いていたり、私に向かって難しい本の話を早口でまくし立てたりした。


 彼女はよく自分の意見を言った。


 それが誰かを不愉快にさせるようなことでも彼女は言わずにいられないみたいで、それで誰かと喧嘩をすることもたびたびだった。


 彼女はそれを改めるつもりはないし、正直、それが悪いことだってこともわからないみたいだった。


 だから最初はよくても、次第に彼女の周りにはあまり人が寄りつかなくなった。進学したりクラス替えがあったりして、一旦周りの関係がリセットされればまた人気者になるけど、の繰り返しだった。


 でも私はその彼女のジェットコースターが好きだった。私は彼女と反対で自分の意見も言えず、誰かに一言言えば、その言葉が適切だったかどうか寝る前に一時間以上考えてしまってもんどりうってしまっていた。


 彼女と意見が合うことあったし(心の中で応援していた)、そんなことはないと思ったこともあった(他の人と同じくムカついていた)。


 彼女は淡い色のふわふわの髪をしていて(彼女を遠くから見つけるのに役立った)、まつげが長くて、背が小さくて、筋が整った鼻で、瞳がまん丸で、性格がこんな感じだから身振り手振りが多くて小動物系というか、可愛くて、実際彼氏が途切れることがなかった。


 彼女も選びたい放題だった。みんな見た目で選びやがって、私の1%も彼女のこと知らないくせにと思ったけど、私と違って人目を引くくらい可愛いのだから仕方ない。


 それに私には安心感があった。


 最初はラブラブに見えても、最終的に彼女の性格のせいで激しい喧嘩になって別れるのがわかっているのだった。


 今も彼女が私の前でおいおいとマンガみたいな擬音がつきそうなくらい泣いている。


「今度こそ大丈夫だと思ったのに」


 うんうん、それも毎回言っているね。


 まあそう思いつつも結局私のところに戻ってくるんだから私は許してしまう。


「どうしていつもこうなっちゃうんだろ」


 あなたの性格のせいだよ、ていうかまだ反省していないの、と思ったけど、それも可愛いので私はよしよしと頭を撫でる。


 あるとき、彼女がクラスの他の女子と派手な言い争いをした。


 どうやらその女子は彼女が付き合って、すぐに別れたサッカー部の男子のことが好きだったらしい。


 別れたんだから喜べばいいのに、そういうわけにはいかないみたいだった。


 乙女心は欧州情勢と同じくらい(歴史の授業で習った)複雑怪奇だ。


 今回は割と大きな喧嘩で、彼女はその女子に突き飛ばされたし、彼女はこともあろうかその女子の顔面をグーで殴ったのでその女子は保健室に運ばれることになった。


 次の日、私の天使は学校を休んだ。


 停学とかではないらしい。


 まあ明日には来てまたケラケラ笑っているでしょと思っていたら彼女は一週間休んだし、ラインには反応がなかった。


 一週間後に彼女から返ってきたラインは「ごめん」だけだった。


 心配していたけど、彼女がようやく学校に戻ってきた。


 でも、彼女は前の彼女ではなかった。


 私のことを認めるとバツが悪そうな表情をした。


 それから彼女は静かになった。


 文字通り、声を上げない。


 数日見ていても、笑うことも怒ることも泣くこともなかった。


 さすがに反省したのか、と思った。


 放課後、彼女と二人きりになって、私は思わず「大丈夫?」と言った。


 それに彼女はみたこともない曖昧などうとでも取れる顔をした。


 もちろん彼女の表情だからどんなものでも可愛い。


 彼女は少しぼんやりとして、首を縦に振った。


 こんな彼女ありえない。


「本当にどうしちゃったの?」


 私は質問を変えて言った。


 彼女はしばらく考え込んでいるみたいで、どう伝えていいのか言葉を探しているみたいだった。


 これも今までの彼女にはなかったけど、私は急かすことなく彼女の口から何かが出てくるのを待った。


「私、病院に行ったの」


「病院? 風邪? あ、インフルエンザ?」


 だから一週間も休んでいたのか、それならラインに返信がなかったのも納得だ。


 彼女は泣きそうな顔で首を振りながら言った。


「違うの、私、お父さんとお母さんと病院に行って、それで、いっぱい色んな質問されて、病気だから治しましょうって言われて、お薬を飲んでいるの」


「だから、何の病気?」


「わからない。私にはお医者さんは何も言わなかったの。だけど、お薬を飲めば、落ち着くようになるって。ほんと、お薬を飲むと、頭が透明になって、変なこと考えなくなるの」


 彼女はついにさめざめと泣き出した。


「変なことって……」


 変なことを考えて、変なことをする、それが彼女じゃないか。


 私の大好きな彼女だ。


「ごめんね、迷惑いっぱいかけたよね」


 迷惑!


 彼女が私に一度も言わなかったことだ。


「でももう大丈夫だと、思う。みんなに迷惑かけないようにする、なる、から」


 なんだ、彼女は何を言っているんだ。


「それが、良いことだって」


 なんだ、なんだよ、私の天使に何をしたんだその藪医者は!


 勝手に私の天使を取り上げるな!


「それでいいの?」


 私は少し強く言ってしまったかもしれない。


 私には珍しくメチャクチャ怒っている、イライラしている。


 彼女は小さな声で言う。


「私はみんなと仲良くしたい」


 そんな必要なんてない。


 天使には、私一人がいればそれでいいんだ。


 彼女が怯えた表情で言った。


「それでも一緒にいてくれる?」


「うん……」


「ありがと。大好き」


 彼女が初めて私に『好き』と言った。


 嬉しかったけど、でもそれが本心なのか、ご機嫌を伺うため彼女が考え抜いて言ったのか、私にはもうわからなくなっていた。


 こうして私の天使は死んでしまったのだ。


 バイバイ。

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