黒い恋

彼辞(ひじ)

黒い恋

 SNSで「本当に効く恋のおまじない」と検索した夜だった。

 画面の奥に、白黒の投稿が浮かんだ。

 タイトルは《イモリの黒焼き・現代版》。

 「竹筒の代わりに、耐熱容器を使うこと」と書かれていた。

 コメント欄には、♡の絵文字と「彼が振り向きました!」の声。


 冗談のつもりで開いたのに、指が止まらなかった。

 あの人の背中を思い出した。

 会社の給湯室で、ペットボトルの水を飲む横顔。

 喉仏の動きが、妙に艶めかしく見えた。


 投稿の末尾には、こうあった。

 「どうしても叶えたい恋なら、“蛇”でも構いません」


 その言葉が、夜の底に沈んだ。


 数日後、裏庭の石垣でアオダイショウを見つけた。

 太陽に光る鱗。

 その青が、彼の瞳の色に似ていた。

 私は一瞬だけためらったが、

 彼の笑顔を思い出したとき、もう後戻りできなかった。


 夜、台所のガス台に鍋を置いた。

 中に蛇を入れ、蓋を閉めた。

 封をして、火を点ける。

 最初は静かだった。

 だが、しばらくすると――

 鍋の中で、何かが蠢いた。

 「ゴトッ」と音がし、

 蛇の体が金属に擦れる匂いが立った。


 煙が出た。

 青が焦げて黒に変わる。

 息が苦しくなった。

 火を止めると、台所の壁に、蛇の影がまだ揺れていた。


 灰になったものを指で拾い、

 唇に塗った。

 ぬるりとした感触があった。

 鏡を見ると、口紅のように見えた。

 艶があって、熱を帯びていた。


 翌朝、彼が話しかけてきた。

 「昨日、夢に君が出てきた」

 その声を聞いた瞬間、足元がふらついた。

 彼の首筋に、

 細い線のような火傷の跡が見えた。


 それから、彼は毎晩LINEをくれるようになった。

 眠る前の「おやすみ」が、だんだん長く伸びていった。

 文字の隙間に、何かが這うような気配があった。


 三日目の夜、鏡の前で笑ってみた。

 唇の両端から、

 細い舌のようなものが覗いた。

 それは黒く、湿っていた。


 翌朝、彼は行方不明になった。

 通勤途中の踏切近くで、

 蛇が一匹、轢かれていたという。


 その日の夕方、

 スマホに通知が届いた。

 『彼があなたの写真をいいねしました』


 私の指先は、まだ黒い。

 どんなに洗っても、落ちない。

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