【掌編】もうひとりいる

灰品|どんでん返し製作所

とある心霊スポットを訪れた翌日から

 とある心霊スポットを訪れた翌日から、私たちは、奇妙な出来事に見舞われた。

 まるで、家の中に、だった――。


 翔馬と悠人、そして私の三人は、同じ大学に通うサークル仲間だ。

 皆で共同生活を送りながら、YouTubeチャンネルを運営している。

 登録者数は987人。


「伸びねえなあ」

 編集画面を前に、翔馬が頭を悩ませていた。


 そんな折に、メンバーの一人が、

「次、心霊スポット行こうよ」

 と提案した。


 その心霊スポットは、山奥にある、廃墟と化した村だった。

〝淋しさを抱えて亡くなった村人の霊が彷徨う〟

〝訪れると村人が憑いて来てしまう〟

 といった噂があるのだとか。


 数日後の真夜中、私たちはその村を訪れた。

 言い出しっぺのメンバーの運転で。


 暗闇に佇む廃村は、異様な雰囲気を醸し出していた。

 早速、生配信を始めた。


 ただ、雰囲気はあったが、特に何も起きなかった。

 遭遇したのはヘビくらいだった。

 翔馬は「何も出ねえじゃん!」と不満を吐き出した。


 しかし、予期せぬ誤算もあった。

 唯一の女子、つまり私の悲鳴が、再生数を稼いだのだ。

 帰りの車中で、悠人が「イケるかも」と呟いていた。


 そして――。

 廃村を訪れた翌日から、奇妙な出来事が起き始めた。


 リビングに、見覚えのないマグカップが置いてある。

 洗面所には、歯ブラシが四本。

 まるで、もう一人の同居人が住んでいるかのような痕跡。


 それらを見つけるたびに、私はゾッとした。

「……ねえ、私たち、三人だよね?」

 翔馬と悠人は笑った。

「噂通り、霊が憑いて来たんじゃね?」

 私は笑えなかった。


 翔馬と悠人は「続編撮ろうぜ!」と再訪を提案した。

「あの村、ホンモノだよ」と期待を膨らませて。


「絶対ヤダ」と私は拒否した。

 私は、根っからの怖がりなのだ。

 だからこそ、二人がオイシイと思っているのも、癪に障った。


 そもそも、なんで私は男二人と共同生活をしているのだろう。

 あれ……何でだっけ?


 結局、二人に懇願されて、三人で廃村を再訪することになった。

 まともに運転できるのは私だけだから。


 出発の直前、準備をしていたとき。

 服やらバッグが散乱する室内で、私は、床に落ちていた運転免許証を見つけた。

 写真の女性の顔に、覚えがない。

 名前は「藤川里帆」と書かれている。

 この人、誰だろう?


 その日の夜。

 廃墟で生配信が始まった。

 廃れきった風景は、前回と変わらない。

 だが私は、不気味さが増しているように感じてしまう。


 不意に、声が聞こえたような気がした。


 お願い――。

 連れ戻して――。


 背筋が凍り付く。


 そのとき、悠人が叫んだ。

「おい、後ろ!」

 振り向くと、ボロ布を被った人影が迫って来た。

 私は悲鳴を上げた。


 目を瞑ってしゃがみ込んでいたら、笑い声が降ってきた。

 ボロ布の下から、翔馬が顔を出した。

「ドッキリ大成功!」


 呆気に取られる私に、二人は、笑いを堪えながら説明した。

 私を驚かせるのが、本当の狙いだった。

 自宅に誰かいると思わせたのは、二人の小細工だった、と。

 狙い通り、配信は大ウケ。コメント欄は大盛り上がりだった。


「最悪……」

 とぼやきつつ、私は安堵を覚えてもいた。


 帰りの車中で、私は二人に訊いた。

「あの免許証も、二人が仕込んだの?」

 翔馬と悠人は顔を見合わせた。

「何のことだよ?」

 私は藤川里帆の顔を思い浮かべる。

 ハンドルを握る手が震え出した。


 とある考えが脳裏に浮かぶ。

 もしかして。

 あの村は、誰かが憑いて来る場所じゃなくて――。


 気がつくと、私は家にいた。

 炬燵で寝落ちしていたらしい。

 昨夜は、あの廃村を訪れて、長距離を運転して、疲れたのだろう。


 それにしても。

 どうして私は、心霊スポットなんて訪れたのだったっけ?

 私は、根っからの怖がりなのに。


 立ち上がって、部屋を見渡す。

 なんだか、広すぎる気がする。




 私は独り暮らしをしてるのに。

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