第52話 善意の逆流、孤立する正義


​陽菜が主導した「証拠の告発」と「浄水システムの緊急導入」は、論理的にも倫理的にも非の打ち所がない正しい行動でした。しかし、この「正しさ」が、現場では予期せぬ裏目に出始めます。


​暴走する国際圧力


​陽菜が国際刑事裁判所(ICC)へ提出した証拠に基づき、国際社会は即座に反応しました。しかし、その反応は陽菜の想像を超えた「強硬な制裁」でした。周辺国は武装勢力への圧力を強めるため、ナブア隣接地区を含む一帯の**「完全な物流封鎖」**を宣言したのです。


​「星野顧問、大変です!」


東城の声が通信越しに震えていました。


「国際社会による経済制裁の影響で、私たちが手配した浄水システムの空輸が、近隣国の領空通過を拒否されました。さらに、制裁を恐れた民間の運送業者が一斉に撤退を開始しています」


​陽菜の告発によって闇の勢力は追い詰められましたが、同時に、彼女が送り込もうとした命の綱までもが、国際社会の「正義の鉄槌」によって遮断されてしまったのです。


​現場の反発と誤解


​さらに追い打ちをかけるように、現場では武装勢力のプロパガンダが牙を剥きました。


「見ろ、あの日本人の女が世界に告げ口したせいで、我々の食料も薬も入ってこなくなった! 彼女は助けに来たのではない、我々を兵糧攻めにするためのスパイだ!」


​ムスタファ医師が治療を行っていた集落でも、住民たちの視線が冷たくなりました。


「星野さん、あなたの行動で、昨日まで届いていたわずかな食料すら止まってしまった……。私たちは水が欲しかっただけで、制裁を望んだわけじゃない!」


​陽菜の人を思う前向きな心から発せられた「叫び」が、結果として現地の人々をさらに窮地に追い込み、彼らからの信頼を失わせるという最悪の結果を招いたのです。


​陽菜の葛藤


​「私のしたことは、間違っていたの……?」


​ホテルの部屋で、陽菜は膝を抱えて震えていました。


「証拠を出し、悪を裁く。それが正しい道だと信じていた。でも、そのせいで子どもたちが今日食べるはずだったパンまで奪ってしまった……」


​東城は沈痛な面持ちでデータを分析し続けました。


「陽菜さん、あなたの行動は正しい。しかし、国際政治の歯車は、現場の繊細な命のバランスを考慮してはくれません。いま、あなたは**『正義の副作用』**という最も深い闇に直面しています」


​ラシードたちとの連絡も途絶えがちになり、陽菜は国際社会のヒーローから、一転して「現場を混乱させた元凶」として孤立し始めます。


​陽菜の行動する勇気が、初めて自分自身を、そして守りたかった人々を傷つける刃となってしまったのです。

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