第33話 国際的な採択と故郷の影


​ニューヨークの国連会議は、陽菜の提言の最終採決を迎えようとしていた。


彼女の「地平線モデル」は、多くの途上国と良識ある先進国の支持を獲得し、**「紛争と貧困を永続させないための、倫理と透明性を軸とした国際支援の新しい枠組み」**として、採択される寸前まで来ていた。


​しかし、陽菜の故郷から流された両親の死に関する悪質な噂は、国際メディアにも広がり始めていた。闇の勢力が雇った広報チームは、会議室のロビイストたちにその情報を積極的に拡散させ、「個人的な闇を隠す者が、世界の倫理を語る資格があるのか」という不信感を煽っていた。


​陽菜は、会議室で、その最後の圧力に立ち向かった。彼女の顔には疲労が見えていたが、その眼差しは、ラシードやムスタファ医師のキャンプの子どもたちの未来への希望を映していた。


​「私が今日、ここで行っている提言は、私の個人的な過去とは関係ありません。これは、飢餓、医療格差、そして教育の喪失という、何億もの子どもたちが直面する構造的な暴力に対する、人類全体の倫理的責任の問題です」


​陽菜は、自分の心を盾にしながら、最後の論戦に集中した。そして、ついに投票が行われた。


​**『グローバル開発と倫理的支援に関する新枠組み』**は、賛成多数で採択された。


​陽菜の「叫び」は、世界的な構造改革という、最初の巨大な目標を達成したのだ。会議室は拍手に包まれたが、陽菜の表情は晴れなかった。彼女は、この勝利が、故郷に残された個人的な闇によって、いつでも覆される可能性を理解していた。


​その頃、東城隼人は、陽菜の故郷に到着していた。彼は、元金融マンとしての情報収集能力と、陽菜の旧友であるNPO関係者の協力を得て、両親の死に関する噂の出所を突き止める作業を開始した。


​噂の出所は、かつて闇の勢力とつながりのあった、小さな地元の投資顧問会社だった。この会社は、陽菜の告発によって追い詰められた闇の勢力の残党が、最後に情報戦を仕掛けるための隠れ蓑として利用していたのだ。


​東城は、その会社が、陽菜の両親が亡くなった当時の警察の記録や、保険関連の書類に不自然な関心を示していることを突き止めた。両親の死は事故として処理されていたが、何らかの隠された真実があることを強く示唆していた。


​夜、東城は陽菜に暗号化されたメッセージを送った。


​「星野顧問。噂は、単なる悪質な中傷ではない可能性があります。彼らは、あなたの両親の死に関する*『警察の記録』と、『当時の目撃者』の情報にアクセスしようとしています。これは、事故死として処理された背後に、何らかの外部の圧力や人為的な要因が関わっていたことを示唆しています。彼らは、それを公表することで、あなたの『人を思う心』*の原点と、あなたの全人生を崩壊させようとしています」


​陽菜の国際的な勝利の裏で、彼女の最も個人的で触れられたくない過去が、ついに白日の下に晒されようとしていた。陽菜の次なる戦いは、世界の構造ではなく、彼女自身の過去と真実を巡るものとなった。

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