　十一歳の少女。彼女は、噂話の天使（・・）そのものだった。

　雪のように白い肌、透き通るような青灰色の瞳。纏う空気すら輝かせる銀髪。その容姿は、まるで北欧の工芸品のように非現実的な美しさを纏い、感情を欠いた等身大の人形（ドール）のようだった。

　彼女の内に流れるドイツ人の母から受け継いだ異邦の血と、遠い異種（・・）の系譜は、彼女の美しさに静謐な異質さを与えていた。

　母は、少女の記憶には存在しない。父の研究室の隅の、埃をかぶった棚に、たった一枚の古い写真が置かれているだけだ。遠い異種の血は極限まで薄まっていたが、少女の無感情と非現実的な美しさの根源となっていた。少女の最大の異質性は、その感情の欠落にあった。

　館の内部は、外観の陰鬱さに反し、驚くほど無機質で清潔だった。生活の匂いはなく、あるのは消毒液とオゾン、そして電子回路の静かな唸りだけだった。それは、少女の幼少期の記憶そのものであり、感情という名の熱源を外部から遮断された、極北の観測ドームのようだった。

　館の地下二階、分厚い隔壁の奥には、少女の父が主宰する研究室が広がっていた。

　彼の研究は、単なる脳神経学の範疇を超越していた。

　彼は、人間の脳が持つ演算能力を最大限に利用する高度なバイオコンピューター、そして複数の人間の脳を電気的に接続し、意識を共有させるバイオネットワークの構築を研究していた。

　彼の目的は、脳の活動を物質的な現象として完全に解読し、「意識」をアナログからデジタルへと昇華させることだった。

　父の瞳は、狂気に満ちている。

　彼は、自身の研究を人類を救済するための絶対的な理性の構築だと信じていた。

　そして、その研究の最高のサンプルこそが、彼の娘だった。

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