第2話

それからはトントン拍子に話が進んで言った。

まずは住居の変更として寮に住む事になった。

良くある官公舍のようなタイプの家で、無機質で古臭い。

両隣に既に誰かが住んでいた。

『…一応、引っ越して来たし、これから同僚にかもだし、挨拶しとくか』

まずは右隣の住人

インターホンを軽く押すと

「はい」

すぐに返事があり、ドアがひらいた。

20代か30代の青年だった

「隣に越してきた椙原蒼すぎはらあおという者でして、挨拶に来ました」

「隣…ああー、五十嵐さんがスカウトしたっていう人ですね、僕は宇城公則うしろきみのりっていいます、よろしくお願いします」

青年の名は宇城公則、23歳

自分と同年代だ

「よろしくお願いします、これつまらない物ですけど」

近所のスーパーで買ったカップそばを渡した

「ああ、どうもありがとうございます」

渡した時、宇城がお辞儀をしたからかチラリと部屋が見えた。

何も無い、ベットとテーブルしか無かった

「せっかくですし、上がってお茶でも」

「あ、いや、まだ左隣にも挨拶しなきゃなので」

右隣の宇城への挨拶もそこそこに切り上げた。

憶測だが、宇城は真面目なミニマリストなのかもしれない。

次に左隣のインターホンを押したが

「出ないな…」

何度押しても出てくる気配がなかった

「左の阿賀白蓮あがしろれんさんは常にどっかに行ってていませんよ」

宇城が扉を少し開け、顔だけをだして答えた。

鉄筋コンクリートのはずなのに、なぜ聞こえたのだろうか

「そうなんですか、ならいいか…」

どうせそのうち顔を合わせるだろう、その時に挨拶すれば良いと判断し、部屋に戻った。


次の日から基地での訓練は始まった。

最初は機体内での水中圧力耐久訓練。

小型の練習用操縦機に乗り込み、水深を徐々に下げていく。

圧力がかかるたびに体にずっしり重さがのしかかる。

呼吸も荒くなる上に、耳が詰まるような感覚に襲われる。

「ハァ…ハァ…」

操縦桿がかなりの重さな上、微妙に反応が遅れるが必死に操作を続ける

額に汗が流れてくる

『うんうん流石、五十嵐さんが直々にスカウトするだけありますね』

骨伝導ヘッドセットから宇城の声が流れてくる。

宇城はすでに訓練を終えていて、俺の訓練を指導してくれている

「スカウトって、わけでもないっ…」

踏ん張りながら通信に答える

『あれ?そうなんです?でも五十嵐さんがなんかスゴイ人が来るって言ってたので』

「買い被りすぎっ…だ」

五十嵐のやつ、一体何を吹き込んだのか

『ふーむ…まぁいいです、そろそろ上げますよ』

機体が徐々に上げられていく。

水圧が減り、身体の圧迫感が少しずつ和らぐ。

耳の詰まりも徐々に戻り、頭がスッキリとしてくる

「ハー…ハー…」

引き揚げられた機体から降りた俺はその場に倒れ込んだ

「お疲れ様です、かなり心拍数が上がっているようですね、脈動がこちらにも聞こえてくる」

首にも手首にも触れていないのに、機体内での水圧で上がった心拍の機敏な振動まで聞き分けられたのか、宇城は平然とそう言った。

俺は疲れで声が出せず、怪訝な顔した

「何言ってんだコイツ?って顔してますね、僕異常に耳が良いんですよ、異常聴覚とでも言いますか」

自分の中で合点がいった

「なるほど…だから、寮で離れたインターホンも聞こえたのか」

呼吸を整えつつ、宇城の言葉を噛み締めた。

あの耳で心拍まで聞き分けられると考えると頼もしいとも思うが、恐怖も覚えた

「左隣、阿賀白…常に不在っていうとこは、訓練か任務で忙しいのか?それと、やっぱり何か異常な能力が?」

「能力については本人から聞いて下さい、恐らく仮眠室でいるでしょうか」

グッタリしている俺を尻目に、宇城は職員と共にテキパキと片付けをこなしていく

「ここの片付けは僕と彼らがやっておきますから、仮眠室にでも行ったらどうです?」

「ああ…ありがとう…そうする」

俺はフラフラと立ち上がりながら、宇城の言葉に従う事にした。

俺は身体の重さを感じながら、ゆっくりと廊下を進んだ。

時折すれ違う職員に軽く会釈しつつ、仮眠室へとたどり着く

「ここが仮眠室…」

部屋の扉を開けようとしたが、妙な違和感を感じ

「うん…?」

ドアに耳をつけ室内の音に耳を澄ましてみると、

布の擦れる音と艶のある声が聞こえてくる

(うーん…なんか…ヤッてない?)

どうやら仮眠室で不貞行為をしているようだ。

入っていいものか、迷ったが

(まぁ…職場でヤるやつが悪いよな…)

意を決して入ることにした。

ドアノブを回し、部屋に入るとベッドは明らかに2人分ほど膨らんでいる。

「ああ?誰だ…?」

膨らんだベッドから顔出したのは20代後半の男だった

「あんた…仮眠室で何やってんだよ?」

「何って…ナニだろ?俺は見られてもいいけども、相手さんが困るから一旦出ろ」

男は悪びれる様子も無く、俺を部屋から追い出した。

仕方ないので、廊下で待つことにした。

しばらくすると、部屋から職員の女性が気まずそうに出ていった。

もう一度部屋に入ると、前開き制服を着た男がベッドに腰掛けていた

「…あんたが阿賀白?」

「そうだが、お前は?」

阿賀白はさっきまでの出来事など気にしていないようだ

「椙原蒼」

「おお、お前がスカウトされた新人の…あ、さっきの事は紅音あかねちゃんに言うなよ?」

阿賀白が俺に懇願してきた。

紅音とは五十嵐の下の名前の事だ

「いや、言わないわけにはイカンだろ…というか寮かホテルでやれよ」

俺は毅然とした態度で言った。

職場での不貞行為など言語道断だ

「寮でやったら宇城に聞かれちまうだろ?ホテルは金がもったいねえ…あと、ホントに言わないでくれよ…紅音ちゃん怒るとヤバいんだから…」

阿賀白は五十嵐を恐れているようだ。

怖いならこんな事しなければいいのに

「まぁ…とりあえず今回の事は置いといて、アンタに聞きたい事があってな」

「ああ?聞きたいこと?うーん…男もイケないことはないけど、お前は趣味じゃないな」

やはり阿賀白に反省の色は無いようで、分けの分からない事を言っている

「何言ってるかわからんが、そんな事じゃない…あんたも何か特殊能力あんのか?」

特殊能力と言われて、阿賀白はいまいちピンと来なかったのか考えこんだ後

「特殊能力ね…?ああ、多分、そりゃ俺の目の事だな」

自分の目を指差し、答え

「俺、目が異常に良いんだよな」

ニワカには信じられないという顔を俺はしていた

「お?嘘だと思ってんな?ならそこのスイッチ押して電気消してみ」

俺は言われた通り、蛍光灯の灯りを消した。

部屋は先も見通せないほどに真暗になった

「そこで適当に何本指だしてみろ、当ててやる」

俺は3を出してみた

「3だな」

次に5を出すと

「5だな」

それから、何度やっても阿賀白は正解してみせた。

確かに暗い中でもハッキリと見えているようだった

「どうよ?信じたか?」

阿賀白は誇らしげにしている

「まぁ…確かにすごいな」

目が良いというより、暗闇でも見えるとはまるで猫みたいだと俺は思った

「さて、もう用事は終わりか?終わったんなら俺は帰るぞ」

阿賀白はベッドから立ち上がり、伸びをした

「帰るって…訓練や任務は?」

阿賀白は何もせずに帰るつもりなのだろうか?

「訓練はとっくに終わった、任務はしばらくねぇだろ、『ハヤアキ2号機』もまだ整備中だし」

阿賀白は首をゴキゴキとさせながら、大あくびをしている

「ハヤアキ?なんだそれ?」

「なんだお前、ハヤアキの事も知らされてないのか…まぁ、紅音ちゃんにでも聞けよ」

後で五十嵐にきいてみるとするか

「じゃあ、俺は帰るからな、お疲れー」

阿賀白は仮眠室から出ていった。

しかし、仮眠室で事に及ぶとはとんでもない奴だと俺は思った。

(明日、確か全体ミーティングだっけ…五十嵐に色々聞かなくちゃな)

俺も仮眠室を後にした。


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潜航−海洋特殊作戦局− レレ氏 @rereshi

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