第6話 私の騎士
リーシャの苛立ちを嘲笑うように、シザーキャニオンがカタストロの周囲を旋回する。
先程の突進を学習したホムンクルスが、導き出した最適解。
四つ足独特の複雑な稼働と、予想を裏切る体重移動で、カタストロは狙いを定められないでいる。
だが、リーシャの意志を汲んだのか、カタストロは構えを崩さない。
シザーキャニオンが姿勢を低くし突進の体制を作る。
カタストロは敢えてパイルハンマーの重みに身を委ね、強制的に体重を移動させる。
それにより容易くシザーキャニオンの方向へと向き直し、一歩後退。
細く命中させづらい胴体を狙うのではなく、足元を破壊する判断をする。
(行けよ、行けよ、行けよ……。でもまだ撃つな。タイミングを合わせろ……)
パイルハンマーの弾倉は三発。
ただ振り回してもそこそこダメージは入るものの、バオの調整はそれが通用するほど甘くない。
確実に三回の間で決めないと勝利は無い。
シザーキャニオンがカタストロの間合いに入る。
通常の判断であれば、ここでカウンターを狙う。
だが、アイアンボーンに搭載されたカタストロは、更に一歩下がる事を選択。
次の瞬間、シザーキャニオンは大きく跳躍をした。
獲物に飛び掛かる蜘蛛のように四足を大きく開き、カタストロに迫る。
跳躍したシザーキャニオンの影が、カタストロを覆った。
ぎちぎちと開かれた鉄鋏が、頭上から振り下ろされる。
(今だ――!)
リーシャの心と、ホムンクルスの判断が重なる。
カタストロが両腕を振りかぶる。
爆撃にも似た轟音。
パイルハンマーの火薬が爆ぜ、杭が炸裂。
鈍色のパイルハンマーがシザーキャニオンの右前足を狙い撃った。
床ごと叩き割る衝撃。
頑強な鉄床すら破砕するほどの威力に観客は耳を覆い、その余波は関係者席にも伝わった。
「入ったか!?」
「いや、外した!」
歓声と嘲笑が渦を巻き、掛札を叩きつける音が交じり、熱気が更に膨れ上がった。
杭はかすった。だが、僅かに逸れた。
シザーキャニオンの右足には深い凹みが刻まれたものの、破壊には至らない。
「あーーーー! あと少しだったのにぃ!」
「……あの奇襲を読み切るとは、恐れ入ったぜ」
バオが吹きこぼしたビールを袖で拭う。
パイルの火薬は残り二発。
そう意識しただけで、リーシャの心臓は嫌なほど速く脈打つ。
「あと二発……。外せない。……外すなよぉ……」
無意識に膝が貧乏ゆすりを始める。
その間にもシザーキャニオンは旋回を始めていた。
先ほどと違うのは、頭を身体ごと振る事で旋回自体に緩急を付け、カウンターのタイミングを計らせないでいる事だ。
四つ足特有の低い姿勢、猫のようにしなやかな身のこなし。
右腕の鉄鋏が床を擦り、鈍い火花を散らしながらじりじりと間合いを詰める。
「やれぇ! 脳筋女ぁ! 今度こそ仕留めろ!」
「いや、外すに決まってんだろ!」
「バオ! ふざけるな! 家賃を賭けてんだぞ!」
観客の声が、歓喜と罵倒、恐怖で入り混じる。
リーシャは背中を丸め、親指の爪を噛みながら、オッズの数字が脳裏に浮かぶのを振り払った。
(カタストロ……、次は絶対決めろ。大丈夫、絶対勝てる。あんたは、私の騎士なんだ…)
震える膝の下で、観客席はますます熱を帯びていた。
「次は当てろよ! 脳筋!」
「どうせまた空振りだ!」
「穴狙いに賭けた俺の心臓がもたねぇよ!」
怒号と笑いが渦を巻く中、シザーキャニオンが先手を打った。
頭を振り、溜めた反動で滑空するようにカタストロに肉薄する。
遅れて反応したカタストロがパイルハンマーを構える。
体当たりか?
観客の誰もがそう思った瞬間、左の前と後ろの脚で直角に進行方向を変える。
ジグザグに滑る、四足歩行の独特の動きでカタストロを翻弄する。
何度目かの跳躍の後、シザーキャニオンの大きな鉄鋏がぎちぎちと稼働する。
まるで疲れてきた獲物を狩る肉食の生き物のようだった。
その瞬間は突然訪れた。
いや、正確にはシザーキャニオンがカタストロの隙を見逃さなかったのだ。
僅かに遅れた反応を見て、右の両足で左へ進行方向を移動。――と見せかけ、その場で急速に旋回。
回転の勢いのまま、右の鉄鋏が銃弾のように火花を散らしながら飛んだ。
「そんなっ!?」
リーシャの声が裏返る。
驚嘆と恐怖が混じった悲鳴だった。
ワイヤーでつながった鉄鋏は、唸りを上げながら一直線に飛翔する。
火花を散らし、空気を切り裂き、カタストロの射程範囲外から襲い掛かる一撃は頑丈さが売りのガランツ社製の導機兵と言えど、確実に両断する。
次の瞬間、再びパイルバンカーによる轟音が闘技場を揺らした。
「なんだ? やったか?」
「まさか命中したのか?」
「バオ! てめぇに賭けてた金返せぇ!」
観客の困惑と怒号が響き渡る中、ゆっくりと硝煙と土埃が晴れていく。
そこには左腕を失ったカタストロが、パイルハンマーを鉄床に突き立てている光景があった。
肩から先をもぎ取られ、ぎこちなく膝をついている。
「え? 何で?」
困惑を隠しきれないリーシャを横目にバオが瓶ビールを美味そうにラッパ飲みをする。
「手品のタネってのはいつも単純なもんさ」
「は?」
「お前さ、シザーキャニオンの右手の鉄鋏だけに注目しすぎなんだよ。だから……」
バオが熟練の技工士の眼でリーシャを睨む。
――だから、左腕のスピアに気づかない。
後方に跳躍したシザーキャニオンが重々しく着地をする。
「ひ、左腕だぁぁああ!!」
一人が叫び、直後に灼熱の怒号が全体を包む。
そこには左腕本体に内蔵され「左手に偽装されていた」射出型のスピアが、血のような潤滑油を滴らせ、赤黒く煌めきながら闘技場の鉄床に突き刺さっていた
突進と鋭い一突きがカタストロの頑強な左の装甲ごともぎ取り、その機構を完全に破壊していた。
闘技場を割らんばかりの歓声。
その後、観客席から歓声と失望が混ざり合う。
「見たか! 鉄鋏だけじゃねぇ、隠し牙まであったぞ!」
「やっぱり脳筋女じゃ勝てねぇ!」
「こりゃバオの完勝だ!」
嘲笑が己の未熟さを突き刺すような感覚を覚え、リーシャは歯を食いしばった。
左頬に冷や汗が伝う。
想定外の兵装、その一撃でカタストロは左腕を失った。
二発目も空を切った。
――でも。
確かにカタストロは左腕を失ったけど、それは向こうも同じだ。
――まだ終わっちゃいない。
カタストロは膝をついた体勢からゆっくりと立ち上がる。
パイルハンマーを片手で握り直す動作は、騎士が折れた剣を拾い、再び戦場に挑まんとする姿に見えた。
その光景に、リーシャの瞳に熱がこみ上げる。
もはや呑気にモニター越しに観戦している場合じゃない。
関係者席を飛び出し、観客席へ。
怒号と熱は一歩ごとに強くなる。
酒と煙草と火薬、汗の臭いが充満する空間を突き抜け、最前列まで観客を押し分ける。
「そこをどいて!」
殺気すら帯びた目に、観客たちも思わず身を引いた。
鉄檻の向こう、闘技場に響き渡るよう叫ぶ。
「カタストロ! 頑張んなさい!」
その声に応えるように、カタストロの双眸からエーテリスが迸る。
青白い光が炎のように漏れ出す。
一瞬、観客席は息を呑み、沈黙が場を支配する。
片腕を失い、満身創痍の躯体。
それをなお奮い立たせる一喝。
鉄と油に塗れた騎士は、「折れた剣」を片手に再び立ち上がった。
「……立った!」
「脳筋が立ちやがった!」
「いいぞぉ! やっちまえぇ!」
誰が見ても燃え上がるような状況。
先ほどまで嘲笑していた群衆が、今やリーシャへ喝采を送っている。
嘲りが一転、巨大な歓声となり、闘技場全体が彼女とカタストロを後押しする熱に包まれた。
観客の声援が、熱が、渦を巻く。
リーシャの喉は渇き、心臓が爆ぜるように鳴り響く。
(……最後の一発。……これで、決める)
パイルの残弾数、残り一。
片腕で重い武器を引きずるように構え、カタストロは膝を沈めた。
鉄檻を握るリーシャの手には血がにじむ。
緊張する両者。
拮抗する互いの領域を見計らい、最後の一撃を繰り出そうとしているのが、この場全員に伝わる。
気づけば、この場の誰一人、声を上げていない静寂が支配していた。
飲んだくれの観客ですら息を止め、空気は薄くなる。
一秒が一分にも感じられる感覚を闘技場全体が共有していたのかもしれない。
誰かの落とした酒瓶の音が、合図になった。
極限まで高められたお互いの気迫が正面切ってぶつかり合う。
シザーキャニオンが大地を蹴り、砂煙を巻き上げながら疾駆。
鋼鉄を断つ鉄鋏がぎちぎちと獰猛な唸り声を上げる。
(まだだ。……まだ引きつけろ)
リーシャが祈るように、両手を重ねる。
シザーキャニオンの右腕がカタストロを喰らわんと伸びきる直前――。
(……もう、少し)
狙うはシザーキャニオンの右腕。
すなわち武器破壊。
下から振り抜くように、パイルハンマーを突き上げる。
完璧なタイミング。
「今だ! 撃てぇ!」
シザーキャニオンの鉄鋏とパイルハンマーの軌道がぶつかる。
――はずだった。
がしゃりと不気味な音を立てて、シザーキャニオンは自ら右の鉄鋏を手放した。
重量物が鉄床に転がり、同時にパイルハンマーの炸薬が轟音を上げ、闘技場を震わせる。
「――嘘っ!?」
リーシャの目が見開かれる。
杭は空振り。虚しく空を切る。
すでにシザーキャニオンは後方へ跳躍。
ワイヤーを一息で手繰り寄せると、即座に次の一撃へと移る。
砲弾のように飛ぶ鉄鋏。
観客が一斉に悲鳴が爆ぜる。
「うわあああ!」
「避けろ!」
「脳筋じゃ無理だ!」
鈍い破壊音が響き渡り、鉄鋏がカタストロの頭部を抉り、内部の機構が火花を散らしながら弾け飛ばす。
ギラギラと散る破片の一部が、後方のリーシャの左頬をかすめ、真っ赤な血が飛び散った。
「カタストロ!!」
叫びもむなしく、鉄の騎士は膝を折り、轟音と共に崩れ落ちる。
試合終了のゴングが鳴り響く。
観客の歓喜と嘲笑が爆発したかのように、闘技場全体を染め上げた。
「見たか! やっぱりバオだ!」
「脳筋女、またやられたな!」
「脳筋! 脳筋!」
「クソッ、穴狙いに全部突っ込んだのによぉ!」
雑多な欲望が四方から叩きつけられ、リーシャの耳に刃物のように突き刺さる。
歓声と喝采、怒号が入り混じる中、リーシャは頬の血を拭いもせず、必死に立ち尽くす。
カタストロの右目から青白い光が消えていく。
頭部からガシャリと、カートリッジが砕け落ちた。
培養液が零れ、中のホムンクルスは無惨に干からびた肉片となっていた。
それを見てリーシャの視界が歪む。
(ごめん、カタストロ。……勝たせてあげられなくて、……ごめん)
頑丈な
頬の血を拭うことも忘れ、鉄檻を何度も叩き続ける。
回収されていくホムンクルスと駆体。
その亡骸を睨む瞳は、涙と血で赤く燃えていた。
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