第5話 脳筋女と鉄鋏

 ホムンクルス。

 それはエーテリスを生涯発電し続ける為だけの人工生命体。

 小石程度の大きさで寿命は、個体差はあれど三年持てば良いとされている。

 自己修復機能を持たない為、僅かな傷で死に至る。

 また空気にも弱く、培養液の中でしか生きられない、まさに「フラスコの中の小人」。

 ちっぽけな身体。僅かな脳。

 それ故、ホムンクルス一体に付き、覚えられる駆体ギミックは一機が限界。

 導機兵の技工士たちは、その小さな脳に可能な範囲で戦闘の行動パターンを植え付ける。

 培養液に漬かったホムンクルスをカートリッジで頑丈に補強し、駆体を動かす脳髄の役割を担う。

 そうして導機兵を動かすためだけに存在する、哀れな生命体。


 ――轟音と共に鉄の床が震えた。

 観客の怒号が抑えきれない熱を孕んで渦を巻き、酒と煙草と火薬、汗すら入り混じる独特の世界を形成していた。

 アウラ闘技場。

 そこは、帝国下層域の中でも一際異彩を放つ空間だった。

「出たぞ! 一撃脳筋女だ!」

「まーた外すに決まっている!」

「バオ! お前に全財産賭けてんだ! さっさとやっちまえ!」

「脳筋! 脳筋! 脳筋!」


 罵声や嘲笑に交じり、調整を行った技工士の顔写真と共にオッズが表示される。

 リーシャは技師席で掲示板に映る自らのオッズを確認する。

 自分の今までの戦績が6勝14敗。

 対してバオの戦績は12勝7敗。

 リーシャ:3.33倍。

 バオ:1.59倍。

 つまるところ、リーシャは人気薄・高配当。


 それを見て唇をペロリと舐める。

「なぁんだ。まあまあ穴狙いじゃん、私」


 自身に5千センズを賭けたリーシャが腕を組んだまま、視線の先で膝をつく導機兵を見据える。

 ガランツ社製の無骨で頑強なデザインの機体、アイアンボーン。

 だいぶ古くなった機体を、度重なる故障に泣かされながらも、どうにか戦場に立てるまで叩き直した。

 他の技工士同様、各所に自らの工夫を叩き込み、巷ではアイアンボーンの亡霊機などとも呼ばれている。

 分厚い鋼鉄を纏った導機兵が膝をついて待機している姿は、まるで姫と騎士を思わせる。

 開始十分前を告げるベルが鳴り響く。

 リーシャは銀のケースからホムンクルスが内包されたカートリッジを取り出し、駆体の後頭部に差し込む。

「おはよう「カタストロ」。気合は十分?」

 カタストロ。

 それがこのホムンクルスの名前。

 一撃で全てを破壊させるという意味の、リーシャらしい命名だ。

 青白いエーテリスが全身に巡り、ゆっくりと立ち上がる。

「さぁ、カタストロ! 武器を取り、バオのシザーキャニオンをやっつけなさい!」

 エーテリスの光が漏れる相貌そうぼうから了解の意識を受け取る。

 黒い鉄の騎士がリーシャの代名詞とも言えるパイルハンマーを手に取り、闘技場へと向かう。

 それに合わせてリーシャもモニターのある関係者席へと向かった。

 

 鐘の音が鳴った。

 この鐘が鳴る時、両者の導機兵は闘技場の指定された場所に居なくてはならない。

 カタストロはリーシャが学習させた通り、所定の位置でパイルハンマーを構えて、開始の合図を待つ。

 リーシャが関係者席のモニターで開始の時を今か今かと貧乏ゆすりをしながら待つ。

 そこに、同じく調整を終えたバオが入室してきた。


 バオ・アウラ。

 リーシャと同じくアウラ地区出身の中年技師。

 ビールで肥えた腹はどことなく死んだ祖父を彷彿とさせる。

 腕は良いが口が悪く、酒癖も悪い。

 女癖について以前に奥さんにこっぴどく叱られた後、ナリを潜めているが、結局酒までは断てなかったらしい。

「よう、リーシャ」

バオがリーシャの隣にどかんと座る。

「くさっ! さっけ臭っ! あんた、そんな調子で本当に調整できたの?」

 リーシャは鼻を摘まみながら一つ席を離れ、距離を取る。


「ぶわっはっは! お前のどんくさいアイアンボーンなんかに負けっこあるかよ」

「……カタストロだ。間違えんな」

「はっ。前も忠告しただろ? ホムンクルスは部品なんだ。あんまり入れ込み過ぎるなってな」

「そんなの私の勝手だろ。ってか、まだ臭うんだけど……」

リーシャは二つ席を離れ、距離を取る。



「それよりも、あんた、前のホムンクルスはどうしたのさ?」

「ああ? アイツはもう寿命だったよ。だから廃棄した。それよりもおめぇ、いい女に育ってきたじゃねぇか? どうだ、この後一杯付き合えよ。奢ってやるぜ?」

 リーシャは三つ席を離れ、距離を取る。




 廃棄という言葉に苛立いらだちを覚えるも、すぐに技工士としての顔に戻る。

「……ふん、今に見てろ。っていうか、その言葉そっくりそのまま……」

「なんだよ?」

「あんたの娘のダリアに言いつけてやる。幼馴染だって事、忘れるなよ!」

「ちょっ、おま……!」

 慌てふためいたバオを余所に、開始のゴングが鳴り響いた。

 観客席が地響きのように揺れる。

 怒号のような歓声に交じり、掛札を叩きつける音、鉄と油、火薬の臭気に充てられ興奮した群衆の熱気が天井を焦がすようだった。

 

「始まったぞ!」

「今日も脳筋の一撃必殺を見せてくれ!」

「どうせ空振りで終わるだけさ!」

 

 リーシャのカタストロが重々しく歩み出す。

 分厚い鋼鉄の脚が一歩ごとに鉄床を震わせるようだった。

 両手の巨大なパイルハンマーを携え、勇ましく敵へと向かう姿は、まさにリーシャの為に全て叩き潰す為だけに作られた鉄の騎士。

 その姿にリーシャは思わずにやりと口角を上げる。

「大丈夫、イケる。この駆体の防御力なら、どんな攻撃も防ぎきる……」

 対するバオのシザーキャニオンは四足歩行。

 鋼の巨体にしては驚くほど軽やかで、外見だけで軽量級と分かる機体だ。

 細い胴体に不釣り合いな右腕に搭載された巨大な鋏をぎちぎちと鳴らし、サソリのように身を低く揺らす。

「へっ。こいつで挟まれたら、いかにグランツ社製の頑強な装甲でもただじゃすまねぇ」

 バオが鼻で笑い、瓶ビールをあおり飲む。

 リーシャから見ても、その大きな鉄鋏てつばさみは異常に見えた。

 細い身体に肩から先は大型導機兵と見紛うような腕が生えているのだ。

 それを四つ足という特殊な下半身で、緻密に計算された重量バランスで成り立たせている。

 リーシャでは立ち行かぬ、経験から来る兵装の選択肢。

 自分ではまだ思いつかない一手。大胆な技巧をこの酒臭い親父は当然のように選んでくる。

 それが一目で理解でき、苛立ち、親指の爪を噛む。


 カタストロが先に動いた。

 外見からは想像もできない俊敏な動きでシザーキャニオンに迫る。

 巨大なパイルハンマーを横に振り回すも、空振り。

 予想外の速度に観客から驚嘆と、空振りによる嘲笑が入り混じる。

「へぇ、駆動系とサスペッションを変えたのか。あの加速は紅蓮工巧くぎょうの、……ジャンク品を積んだのか。……やるねぇ」 

 酒臭い親父の姿をしたバオ。

 だが、その目は一級の技工士の鋭さを宿していた。

 己の工夫を一目で見抜かれた喜びと、見抜かれた悔しさ。

 相反する感情がリーシャの胸に去来する。

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