白虹

@kodohura

 阿久津あくつ君はヘンな人だ。

 阿久津君は、昼休みになっても、本を読むことを止めたりしない。しかも、それが小説とかなら、不思議なことはないけれども、読んでいるのは難しそうな厚い本。「そんなの小学生は読まないよ、私たち六年生だよ」なんて言いたくなるくらいクラクラする本を読んでいる。

 それが昼休みだけなら、まだ許せるかもしれない。でも、先生が授業を開始して、黒板からカリカリした音が聞こえてきても、本を閉じることをしない。いつもはそうじゃないのに。反抗期が早めに来たのだろうか。

「ねぇ、やっぱりさ、そういうのはズルいんじゃないの」

 結局、授業中に阿久津君は本を読むのをやめなかった。しかも授業が終わった今でさえも読むのをやめない。勤勉なんて言葉があるけれども、逆勤勉と呼ぶべきものなのだろう。

 それに対して、なんとも言えないような感覚の味がしたから、授業が終わった後にそんなことを告げてみたのだった。

「そうだね。うん、それはとても分かるよ」

「じゃあ、なんでやめないの。悪いことをするのもダメだけど、悪いと分かって悪いことをするのはもっとダメだよ」

 私は最近お母さんから聞いた言葉をそのまま口にしてみたのだった。よく知らないけれども、本質や真理という言葉が似合っているような気がしているのだ。とにかく、お気に入りなのである。しかし、阿久津君は本から目を離さないで、眼鏡を少しだけ上げて、

「もちろん、僕はたいへん賢いと自覚している。でも、先生にも先生のメンツとか体裁とかを守らないといけないのも理解できる。でも、そんなことよりも優先しないといけないことがあるんだ」

 と、早口でべらべら。私の方はいきなり大量の言葉を浴びせられてガックシとする。そんなことを言われてしまったら言い返せないじゃないか。言葉を編もうと考えていたら、いつの間にかチャイムが鳴った。

「早く、座りなよ。君が怒られたら、僕も嫌なんだから」

 阿久津君は顔を上げて、私の方を見た。まっすぐな目をしていた。そういう風な目をされると、私だって言い返そうと強い言葉なんか使えない。

 なんてズルいんだ。まったくもう。


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