第5話

 怪我人を家まで運ぶと、

「この人、かなり傷が深いみたいだけど、ユーリの力でどうにかならないか?」

 シュウに言われて、僕はあの珠を握りしめ、傷の上を軽く触れてみた。男の人は微かに息をしているが、回復はみられなかった。傷口からは、どんどん血があふれ出て止まらない。どうしようもない。その時突然、誰かが飛び込んできて医者を連れてきた。あとは医者に任せることにした。僕の力はなぜ傷を治さなかったのか?

「ユーリ。気にするな。力がいつでも使えるとは限らない」

「そうなの? ダイは何か力を持っているんだよね。使えなくなる時ってあるの?」

「もちろん。そんな時は、心が死んでいるんだ」

 どんな時だろう? 落ち込んでいる時ということだろうか。

「ゴウは? 魔物を退治しに行ったの?」

 僕が聞くと、二人は頷いて答えた。


 医者の手当ての甲斐あって、一命は取り留めることができたらしい。再び担架に乗せられ、医者の家まで運ばれていった。それを見送っていると、ヒューンという、音が聞こえた。魔物を倒した合図だ。

「早かったな。たいした奴じゃなかったんだろう」

 『力を持たないもの』との大きな違いが、そこにはあった。担架の男の人の傷は、どう見ても『たいした奴じゃない』なんて思えない。この世界には、魔物、力を持つ者、そして、力を持たない者がいる。なぜ戦わなければならないのか? 魔物はなぜ人間を襲うのか? すべての者が平和に暮らす事はできないのか? そんな疑問が涌いてきて、魔物というものを僕はこの目で見てみたくなった。

「ユーリ。その珠、貸してみて」

 シュウは珠を手に取ると、首から提げているペンダントの真ん中にはめ込んだ。

「思ったとおりだ。これ、ぴったりだよ」

 そう言って、ペンダントを首からはずし、僕の首に掛けてくれた。

「君の物だ。飾りっけのないこんな物が、ボクの家で大事にされてきたんだ。不思議に思うだろ?」

 ペンダントを手に乗せてみると、鉛のような、くすんだ色をしている。宝石もついていないペンダント。確かに家宝とはいいがたい代物だ。

「僕がもらっていいの?」

「もちろん。もともと君の物なんだよきっと。見てごらん。ペンダントも喜んでいるよ」

 見ると鉛色のペンダントは、白銀に輝き始めた。それを見ていたダイも、驚きの表情を浮かべ、

「なんか、よく分かんないけど、すごいな!」

 と笑顔で言った。

 このペンダントは僕が分かるのかな? それとも、この珠と共鳴しているのかも。


 暫くして、ゴウとホクトが帰ってきた。

「……このところ、様子が違う」

 ホクトがゴウに何か話している。様子ってなんだろう? ゴウも何か考えているようだ。

「何の話をしているの?」

 僕が聞くと、

「魔物の事だ」

 とホクトが答えた。僕が知りたい事は、何がどう違うのかだ。

「魔物がどうしたんだ?」

 ダイが僕の代わりに聞いてくれた。

「力は弱いが、昼間に出てくる奴がいる。夜は魔力の強い奴。倒しても倒しても、次から次へと出てくる。昔の魔物と違う」

 ホクトが答えた。

「昔って、いつ頃の事だ?」

 ホクトの歳からしても、昔なんて言っても、十年とか、そのくらいなのだろう。

「千年前」

 ホクトがぽつりと言った。千年? そんな前の魔物を、ホクトが知るはずもない。

「ホクト、お前は何を知っているんだ。あの時の事は、誰もお前には聞けなかった。だが、あえて聞く、何があったんだあの時。お前が抱えているものは何だ?」

 ダイの言っている『あの時』と言うのは? みんなは分かっているみたいだ。ホクトが何を言うのか、じっと待った。

「知りたいのか?」

 『あの時』の事をみんな知りたがっている。

「ああ」

 ダイが短く返事をした。そのダイの目には、覚悟のようなものが感じられた。

「あの時、ホクトは死んだ。両親と兄と共に」

 何を言っているんだろう。ホクトはここに、こうして生きている。ダイの顔を見ると、先ほどの厳しい表情のまま。ゴウとシュウは、何かを悟ったのか、驚いている様子はなかった。

「ホクトの中に居るお前は誰だ?」

 中に居る、ゴウは今そう言った。魂のことだろうか?

「五年前、封印が解けたとき、僕も解放された。ホクトたちは、魔物を復活させないように力を尽くした。僕も魔物の力を押さえ込むことができなかった。済まない……」

 彼らには、ホクトの言っていることが、分かっているようだ。

「まさかな。昔話だと思っていた」

「昔話、伝説、それが今では現実なんだろうな」

 シュウがそう言って僕を見た。

「ホクトの中に居るのが誰であろうとかまわない。僕にとって君は、出会った時から変わっていない。でも教えてほしいことがある。すべての魔物を退治するにはどうしたらいいの?」

「……分からない」

 僕の質問が悪かったのか?

「魔物の数はどのくらい?」

 少し考えているような間があって、

「分からない」

 そう答えた。

「ホクト。君の考えを話してくれない? 僕の質問は的を射ていないようだから」

 僕は要点をまとめて質問するのが得意じゃない事を、今はっきりと自覚した。

「魔物は進化しているように思う。魔力が強くなったり、昼間でも動き回ることができる奴も出てきた。何処かに魔力の源があるのかもしれない」

「だとすれば、元を断ってしまえば、こちらに勝機があるということだね」

「しかし、これは、あくまでも仮説」

 仮説でもいい、それが大きな手がかりになるのだから。

「確かめたい。僕のこの目で」

「何を?」

 ホクトにはうまく伝わっていないようだ。

「僕も魔物を見に行くよ」

 周りの反応はホクトの告白の時と違い、驚きに満ちていた。

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