第27話 勇者旅立 ②

「そうですか、フュルト国へ行く伝手がありましたか」


ニコニコ顔で私たち橘一家のフュルト国行きを喜んでくれるのは、モーリッツさんである。私たちはドラゴンの背に乗って移動する異世界ファンタジーらしい状況になったが、ふさふさもふもふもの耳と尻尾を持つ生きるファンタジーのモーリッツさん一家は、故郷まで貸馬車で移動するらしい。

私たちも馬車がよかった……借りるお金もないし信用もないけどね。


「それも、高ランク冒険者パーティーと同行なんて、安心安全ですね!」


優しいママのレオニーさんが手を叩いて喜んでくれるが、安心安全だろうか? そこは保障してもらっていない。

ウッツとロッツは友達になった小次郎と別れを惜しんでいるのか、三人で集まってわちゃわちゃしていて、私もそっちに交ざりたいなぁ。


「モーリッツさんは明日出発ですか?」


アーゲン国の北方にある犬獣人の集落が、モーリッツさんの故郷だ。そこでしばらく休んでから、開店資金を貯めるべく働くそうだ。なんでも希少な賞品を行商しているとか。希少な商品って例の「魔法鞄」のことかな?


「ええ。ちょうど親戚の奴が故郷に帰るっていうで、一緒に行くことにしました」


獣人差別がある国から離れたからか、モーリッツさんたちの顔が明るく見える。ここアーゲン国には獣人差別はないけど……力がすべての脳筋連中だから、弱い奴はバカにされる。さっきから、ダンジョンへ行こうとすれ違う冒険者たちが、兄のひょろりとした体形を鼻で笑っていくし……。


「慣れないところで、モーリッツさんたちにはお世話になりました。ありがとうございます。……また会えるかどうかわかりませんが、お体をお大事に……」


「ふふふ。そうですね、当初の予定どおりトリーア国を越えた地で店を開くなら、フュルト国へ渡るアオイさんたちとは会うことはないでしょうね」


悲しいことを伝えているのに、モーリッツさんたちは「ふふふ」と笑っている。どうした?


「実は……やっぱり獣人差別が激しい国を通るのはやめておこうって、モーリッツと話し合ったんです。子どもたちに何かあってからでは遅いですから」


レオニーさんの言葉に私と姉が何度も頷いて同意を示す。


「だから、俺たちは開店資金と商品が揃ったらフュルト国へ行くことにしました。フュルト国がダメでもその隣の国がありますし」


どうやら、獣人差別が激しいのはトリーア国で、ノイス国みたいに不平等な政策がある国も疎ら、ほとんどは種族関係なく過ごしているとのこと。だいたい、冒険者は能力次第で成り上がれる職業で、獣人を筆頭に人族以外の種族のほうが恵まれている能力を持っているのだ。


モーリッツさんだって優しいお父さんだけど、犬獣人としての能力は人族のそれを凌駕するとか。耳と尻尾以外にもちゃんと牙があったし爪も伸びるそう……こわっ。


「じゃあ、もしかしたらどこかで会えるかもしれませんね!」


姉の言葉に私たちもニッコリ笑顔になる。やっぱり、異世界で初めて仲良くできたモーリッツさん一家との縁は繋いでおきたい。これでお別れなんて寂しいもの。小次郎の初めてのお友達だし。


「……えっと、それではお元気で。ウッツ、ロッツ。そろそろ、行くぞ」


「「はぁ~い」」


たぶん、ウッツとロッツから、フュルト国行の話を聞いたのだろう、小次郎たちも笑顔で別れの挨拶を交わしたみたい。兄と姉と一緒に子どもたちの仲良しぶりをほわほわとした気持ちで眺めていたら、すすーっとモーリッツさんが私に近づいてきた。正しくいうと、私の布バッグを凝視している。あ、これモーリッツさんに貰ったバッグだけど……返せとか言わないよね?


「キッカさん……このバッグ……」


ゴクリ。


「渡したときは穴が開いたただのバッグだったのに……「魔法鞄」になってますね?」


耳元で囁かれた内容に、ビクッと反応してしまう私。バカバカ、そんなの認めているのと同じじゃないの!


「ど、どうして?」


「……コジローが持っていた剣も……ただの剣じゃないですね?」


ビックーン! なぜ、あの剣のことまでバレた? あの剣はワイバーンを倒したときしか出してないのにぃ。モーリッツさんの言葉にビクビクしていると、微笑んだモーリッツさんが自分の眼を指差す。


「この眼は特別の眼でしてね。スキル持ちなんですよ。だから……バッグのことも剣のこともしまったのです」


「そ、それは……」


「大丈夫です。キッカさんはウッツの命の恩人ですよ。黙っていますけど……どうかお気をつけて。絶対にバッグのことと剣のことは、人に知られていけません」


「あ、ハイ」


もう、バレちゃったけど……これからは気をつけます。


「では、みなさん。またお会いしましょう」


モーリッツさんたちは手を振りながら去っていく。これから、故郷へのお土産と旅に必要なものを買いに市場へ行くとか。市場と聞いて兄が羨ましがっていた。


「お兄ちゃん、市場はフュルト国でも行けるでしょ。ほら、そろそろ約束の時間よ」


「ああ、そうだな……」


さらばアーゲン国よ! 私たちはこれからフュルト国へと旅立つ……ドラゴンに乗って。

いやいや、馬車で行こうよ、馬車でさぁ。

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