安住の地を求める勇者とぬいぐるみ
第26話 勇者旅立 ①
異世界の湯……なかなかでした。ふうぅーっ。
ここで冷えたビールでも飲めたら最高なんだけど、と口には出さないが顔には出ている橘一家に、冷えたミルクを一気飲みした小次郎の不思議そうな視線が刺さる。ううっ、ダメな大人でごめんなさい。
ちなみにオタクな姉の知識だと、この世界でも「エール」というビールに似たアルコールはあるそうだ。でも……あんまり美味しくないのが異世界のあるあるらしく、私たちは挑戦することを諦めた。
だって、知らない世界で食べものだ冒険するのって危ないでしょ? ええ、ワイバーンの肉は食べるけどね。
シルビオさんが取ってくれた宿の部屋は、お金持ちが宿泊するような高級感溢れるラグジュアリーホテルとは違い、ちょっと広めなビジネスホテルってかんじ。
お風呂とトイレがあって、ミニキッチンもあるからお茶も飲める。ベッドが三つ並んでいて、寝室以外には、食事したり、ゆったりと寛ぐスペースはない。
「ベッドで眠れるだけでも嬉しい~っ」
ばっふんとベッドへダイビング! 兄が呆れた顔で見ているが、その隣のベッドへ姉がぴょんとジャンプすると、兄は笑って小次郎の体を抱っこしてベッドへ放り投げた。
「ほ~らっ」
「わあああっ」
ドスンとベッドへ落とされた小次郎が起き上がる前に、兄が飛び込んでいく。
「わはははっ。ベッドだーっ」
「ねー。固いけどベッドだーっ」
そこそこの値段の部屋だから、ベッドはふかふかで柔らかいなんてことは望まない。異世界テイストの固さで、朝起きたら体がギシギシするかもしれない。でも、ベッドで眠れるということが嬉しいの!
「お風呂……気持ちよかったわねぇ」
「パン……白パンだったし、野菜も新鮮だった」
保存食や黒パンの食生活から抜け出せたのも嬉しい。私たちは例の「魔法鞄」で出来立てホカホカのご飯が食べられるけど、他の乗客もいる前では食べることができなかった。なんとか兄がスープを作ってくれたが、こっちの世界で一番辛いのは食生活かもしれない。
……ジャンクなフードが懐かしい……。
「話し合いたいことがいっぱいあるのに……眠くなってきちゃった」
「そうだな……疲れたもんなぁ」
「スースー」
寝息を立てているのは姉である。小次郎も兄に抱き着かれたまま、いまにも眠りに落ちそうだ。
「やっとアーゲン国まで来たんだね。フュルト国へも移動できそうだし……」
まだまだ問題は山積みだけど、少しは気を緩めてもいいかな?
私は兄と話しながら寝てしまった。
橘一家が泊まっている宿の最高級スイートルーム。
近々冒険者パーティーのランクが上がるのでは? と注目されている「ライゼ」のメンバーが宿泊している。今は、リビングルームに集まり酒を飲みながら、新しく知り合った橘一家の話をしていた。
「しかし……ドラゴンが何の変哲もない少女を気に入るとは……」
テイマーであり、ドラゴンを従魔に持つシルビオが首を捻る。相方のヴィントは皿に注いだ酒をチビチビ飲んでいた。
「ヴィントはセーブができるけど、レーゲンはまだまだお子様だから、気に入らない奴には爪を立てるものね」
ピンク色の酒を片手に、ドーナツをむしゃむしゃと頬張るカルラの言葉に、オリビアもコクコクと頷く。
「……もしかして、あのキッカって子、テイマーの素質があるんじゃ?」
「それはない。本人も否定しているし、レーゲンからもそんな気配はない」
静かにお酒を飲んでいたレオンがカルラの推測を否定する。膝にのったレーゲンは「くわわわ」と欠伸をして、眠そうに目を小さな前足で擦る。
「あの人たちは、みな不思議な気をしています。兄のアオイも姉のサクラも……。でも、一番強い気はコジローという子どもですね」
ズズーッとお茶を啜るようにお酒を飲むオリビアの言葉に、シルビオたちは沈黙する。
「……気のいい奴らだと思う」
ドラゴンのヴィントたちが警戒しない人など、聖職者でも珍しい。純粋にイイ人である証だ。キッカを気に入っているのは間違いないが、アオイたちにもヴィントとレーゲンは気を許している。
「ワイバーンを倒してるのも謎よ?」
白くて細い指でチーズを摘まむとポンと口へ放り込むオリビアに、レオンは渋面を向けた。そのことは説明したはずだ。蒸し返すな! と言いたいが、酒が入ったオリビアに絡まれるとややこしいので黙っている。
「ま、フュルト国までは同行できる。それまでに判断すればいいだろう。ドラゴンに害を成す奴らなら、空から落とすだけだ」
「あら、怖い」
ふふふと柔らかく笑いながら目に剣呑な光を灯すオリビアに、ぶわっと尻尾の毛を膨らませたカルラがグイッとグラスの酒を煽った。
「そんな意地悪なことしないでもいいじゃん。どうせフュルト国に行く用事があるんだから、乗せていくってことで。大丈夫、大丈夫。キッカたちはいい人だよ~。ねぇ、レーゲン?」
カルラに呼ばれたレーゲンはクイッと伏せていた頭を上げて、「ぴゅい」とかわいく鳴いた。
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