第7話 勇者逃亡 ②

それから歩くこと体感時間で三時間ぐらい。学生時代にスポーツをしていて、最近ではスーパーのタイムセールをハシゴしている兄と、まだまだ大学生で若い私はなんとか歩き続けられた。小次郎は途中で涙目になっていて、無理やり靴を脱がしたら足の裏が真っ赤だったので、兄が負ぶっている。


姉は……あの人ね……、やっぱり体力なかった。フラフラと倒れこみグシグシと泣き出した。

泣いても空が飛べるわけもなく、この異世界にタクシーが来ることもない。黙って歩けと告げた私に恨みがましい目を向けた姉には、なぜか手が差し伸べられる。


美人ってお得……。本来はお年寄りや怪我人、病人しか乗せられない馬車に乗っけてもらって移動することになったのだ。

この集団のリーダーであるおっさんが、許可してくれたからね。姉の美貌に鼻の下をみっともなく伸ばしていたけど。


こうして、私たちは無事に勇者召喚なんてしやがったトーリア王国を脱出し、隣国ノイス国へと渡ることができたのでした!



























ノイス国といっても、異世界人である私たちには、トーリア王国とどう違うのかはわからない。もっと言えば、こっちの世界の常識も生活様式もわからない。


このスタンピードで村を追われた人たちに紛れて生活しながら、情報を仕入れなきゃ!


でも、なんでこの難民キャンプの端っこに私たちは追いやられてしまったのだろう……。怪しい人認定されるほど何もしてないし、会話もしてないのに。


「そりゃ、余所者だからだろう?」


渡された支給品のひとつ、テントをせっせっと立てる兄の言葉に納得。姉のオタク知識によれば、この世界の人の命はとっても軽く、平民は病気になっても、薬が買えず医者にも診てらえない。強盗が多く村や町の外に出て運が悪ければ死ぬし、村や町の中にいても運が悪ければ死ぬ。


だから、余所者に対して警戒心が高いのは当たり前。それは、同じスタンピードに遭い逃げてきた境遇でも、油断はできない。

理解はしたわ。私たちがこの難民キャンプの端っこに割り当てられた理由は。


「じゃあ、なんで私たちよりも端っこにいる家族がいるの?」


それって、異世界人の私たちより怪しい人たちってことでしょう?


「……本当だな」


テント……といってもターフテントみたいな仕様で四角の木の支柱に布をかけ、風などで捲れないように、ペグじゃないな……木の杭を打ちこむ。

その杭を手に持ったまま、兄も私たちのテントより外に張られたテントを見つめる。

しかし、そのテントの住人はピッチリとテントの布を閉めていて、どんな人たちのなのかわからない。


「とにかく、今は長い距離を移動してきてみんなが疲れている。俺たちも早く休んで、明日からいろいろと動こう」


「そうね」


カーンカーンと木の杭を打つ音があちこちから響いてくる。

そのうち、この難民キャンプを開いてくれたノイス国の辺境伯様、その辺境伯様から責任者に任命されたマノロさんがお湯を持って挨拶にきてくれた。


「大丈夫か? 怪我とかはしていないか? むむむ、子どもがいるな。甘い菓子をやろう」


どうも、到着当日にせめて清拭だけでもと、お湯がでるポットを抱えてテントを回っているらしい。責任者として怪しい人がいなかの検分も兼ねているだろう。


テントと一緒に支給された大き目な盥の中に、ポットからお湯が注がれる。注がれる。注がれる?

え? 花瓶ぐらいの大きさのポットからなみなみとお湯が注がれるんだけども?


「ん? どうした」


私たちがびっくり眼で盥とポットを見ているので、マノロさんが怪訝な顔をした。


「いっ、いいえ。ありがとうございます」


清拭用のタオルもあるし。一応、夕食用に干し肉とパンも分けてもらった。ものすごく固いけど。


「すまないが、明日からは、手分けしてここを運営していかないといけない。君たちも手伝ってくれ」


「はい」


兄が代表して答える。ここの責任者はこのマノロさん。五〇代前半の体格のいいおじさんだ。こっちの代表はドナトさんで、魔獣に襲われた村の村長さんらしい。

マノロさんが隣のテントへ行ってしまうと、私たちはテントの中で姉と私。外では兄と小次郎で体を拭き、分けてもらったお湯でお茶を淹れて飲んだ。


「ふわわわ」


「あー、生き返る」


「……あちっ」


小次郎は猫舌かもしれない。


「明日からどうしよう」


「とにかく、ここにいる間に生活に必要な知識を集めよう」


兄の言う通りだ。私たちはここの世界の人が朝起きたら何をして、何を食べて、何をして賃金を得ているのか知らない。お金の種類も知らないし、食べられるものもわからない。文字も読めないし書けない……かもしれない。


「……ちょっとハードモードね」


小次郎はきょとんとした顔をして、項垂れる私たちを見ていた。


だって、この歳で幼児レベルから勉強し直しって……ツライ。

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