第5話 勇者召喚 ⑤

レベルを上げないと持っているスキルが活かせない。

レベルを上げるって、どうやって?


「そうねぇ。そのスキルを使って使って使いまくる方法と、モンスターとかを倒して倒して無双して自分のレベルを上げる方法があったわ」


異世界モノを読破していた姉の知識によると、まずスキルを使いまくる又はモンスターを倒す……モンスター? 無理ゲーでしょ。


「俺の場合は生活魔法だから、火を燃やしたり、水を出したり、灯りを点けたりすればいいのか」


兄の場合は、前の世界で家事全般担っていて素地があって生えたスキルだから、今までどおり家事するときにスキルを使えばいいんだと思う。


「私は治癒魔法だから、怪我を治すのかしら?」


頬に片手を添えてコテンと首を傾げた姉に、見かけは少年の神様が「治癒魔法」について説明してくれた。


「怪我だけじゃなくて回復もできるから、疲れたときや体力がないときに使えばいいよ。最初はほんの少しだけど、レベルが上がれば病気も治せるし、欠けた四肢を戻せることもできる。さすがに死者蘇生は難しいけど」


「……すごっ」


思わず感想が口から洩れたわ。

それって、「聖女」とか周りからチヤホヤと敬われる人では?


「う~ん、そこまでレベルが上がればね。かすり傷が治せる程度の治癒魔法持ちは、けっこういるよ」


「あ、そう」


なんだよ……、やっぱりレベル上げしないとダメじゃないか……。


「菊華ちゃん、がんばりましょう」


むんっと両手握って気合を入れてる姉には悪いが、私の場合は手芸創作という役に立たないのが確定のスキルなので、使いようがありません。


「ねぇ? 君のスキル、おかしいよね?」


中身がとても胡散臭い神様に、マジマジと不思議そうに見られる私……。私だって欲しかったわよ、こんなところでも図太く生きていくのに必要なスキルがっ!


「ぐっ、苦しい~っ」


「あ、思わず」


しまった! 無意識に神様の胸倉掴んでギュ~ッと締め上げていたわ。


「ふぅっ。殺されるかと思った。もう、本当なら神罰案件だからね。今回は大目にみるけど」


「いや、そもそも神様が私たちをこの世界に転移させたのが……」


「ほ~ら、時間もないから移動しよう。ここからはもう手助けすることもできないからね」


パンパンッと両手を打ち鳴らして、兄たちの注意を引き付ける神様。ちっ、私の文句を聞く耳は持たないようだ。

























まず、転移してきたこの世界のことを知ることが重要。


でも、それは神様が知識として私たちに与えることはできない。なんて使えない決まりだと憤っても、神様のルールは変えられないから、そういうものだと理解することにする。


「君たちが召喚されたトリーア王国。本当ならこの国から遠く離れた場所へと移動させてあげたい。でも、召喚された国に紐づけられた君たちは、自身の足でこの国から出ていかなければ、その縁を切ることがてぎないんだ」


つまり、このクソ国から出ていくには自力で出ていく必要があるってこと。神様の力で移動しても、紐づけられた私たちはすぐにこの国へ連れ戻される運命なんだって。

……なんじゃその運命。めっちゃ、腹立つ。


「だから、この国の外れまで移動させるから、あとは自分たちの足で国境を越えてほしい」


あと、神様からの援助としては、疑われずにこの世界の知識を得るために適したシチュエーションを用意してくれるそう。

そこで得た知識から、住みたい場所や仕事を選び、寿命を全うしてほしいと。


ちなみに勇者である小次郎は病気にもならず、ちょっと人族としては長命になるそう。私たちは「おまけ」なのでこの世界の人族とほぼ同じ体の作りと寿命らしい。


「小次郎……学校に通わせることはできるかしら。だって、ランドセルも新しく買ったのに。体操着だって習字の道具だって……ソプラノ笛だって」


兄妹で小学校に通うのに必要なものを揃えたのだ。男の子に人気の新しいスニーカーだって買ってあげた。


「……これから、友達だっていっぱいできるはずだったのに」


小次郎の家族はもういないから、せめて友達はいっぱい作ってほしかった。そうしたら……そうしたら……。


「家に友達を連れてきたら、お菓子とジュースを用意して。流行りのゲーム機も用意して……」


そうして、小次郎が周りの子どもと変わらずに笑ってくれたらいいなって、そう願っていたのに。

ポロポロと涙が目から溢れて落ちていく。ぐうっと喉が苦しく鳴ってしまう。胸から何かが溢れて止めることができない。


「菊華」


兄が私の肩を抱く。姉が泣きじゃくる私を呆然と見つめる小次郎を抱きしめる。


「帰してよっ! 小次郎だけでも帰してあげてよ! あんた、神様なんでしょう? この子はこれから幸せになるはずだったの! 私たちが絶対に幸せにするはずだったの! だから帰して! あっちの世界に帰して! それができないなら、小次郎の両親を生き返らせなさいよっ! このバカ神!」


ぎゃあああっと泣き叫んで、私は神様の髪を引っ張り頬を叩きゲシゲシっと蹴った。


「わああっ、やめろ、やめろっ、菊華!」


兄が私を羽交い絞めにしても腕と足をバタバタと動かし、喚いた。

小次郎だけでもあっちに帰せ、と。


そうして泣き疲れてスンスンッと鼻を鳴らす私の横にピタリと小次郎が体を寄せて、小さな声で「ありがとう」と呟いた。


「ぼく……菊華ちゃんたちと一緒にいるよ」


「うん……。うん、そうだね」


ギュッと抱きしめた小次郎の体はまだ細くて、弱弱しかった。


「……本当は神に手を上げたら地獄行だからね? 許されないからね? 永劫地獄で苦しむからね? はああああっ、今回はこちらのミスだから不問にするけど」


ブツブツと文句を言いながら少年神様は私たちにそれぞれ巾着袋を渡すと、バイバイと手を振った。


「それでは、異世界を楽しんで」












一瞬、意識がなくなった。

そして、目覚めた場所は……。


「森の中じゃんよーっ!」

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