第4話 勇者召喚 ④

「やっほー」


やけに軽い声で、見知らぬ誰かに呼びかけられた。

眩しくて閉じていた目を開けると、真っ白な部屋。白い天井、白い壁、白い床……ここは部屋なの? ただ白いだけの空間にポツンと存在している私たち。


え? なにここ。やっぱり、死んじゃった?


「やだなぁ。死んでないよ」


フヨフヨと胡坐状態で空中に浮かんでいるのは黒髪の少年。少年? 浮かんでいる? あれ? 幽霊?


「だから違うって。ぼくは幽霊じゃないし、ここは死後の世界でないよ」


目の前で手を横に振り振り否定されても、正体不明なお前の存在が不安を駆り立てるのよっ。


「あ、お兄ちゃんたち」


左右を見回すと座り込んで頭を摩っている兄と、お互いを抱きしめ合った姉と小次郎の姿が確認できた。

よかった……怪しい場所だけど、家族はバラバラにならないで一緒だった。


「怪しい場所って、君は失礼な子だな」


空中に浮かんでいる少年は、口では文句を言いながら楽しそうに私の顔を眺めている。


「も、もしかして、神様ですか?」


姉が恐る恐る少年に話しかけたが、「神様」ってそんなわけないでしょ。


「やっぱり、君は異世界の知識があるから聡いね。そうだよ。僕がこの世界の神だよ」


……この子、頭大丈夫かしら?


私がそう心の中で呟くと、少年は頬をぷくっと膨らませて私へ抗議してきた。


「頭は正常だよ。僕は正真正銘、神様だよ。だから殺されそうになった君たちを、この部屋に隔離して助けてあげることができたんだよ。橘菊華ちゃん」


「私の名前……」


「神様だから、なんでも知っているのさ。橘葵、橘桜、そしてこの世界の勇者、右近小次郎くん」


ぜ、全部バレている……。


「大丈夫よ、菊華ちゃん。神様はねこの世界に召喚してしまったことを謝ってくれて、その世界でも問題なく暮らしていけるように、異世界転移者にチート能力を贈ってくれるのよ」


姉が上気した頬でやや興奮気味に喋りまくる。本当にそんな出過ぎた話があるのか? 私は当然疑いの目だ。


「あ、ごめん。それはムリ」


ほら、やっぱり。この世界の連中はろくでもない奴らしかいないんだっ!






























胡坐でフヨフヨと空中に浮いていた自称神様は、私から迸る害意に少しビビッてちょこんと地上に降りてきた。


「とりあえず。話をしよう」


パチンと指を鳴らすと何もなかった空間にテーブルと椅子。お茶とお菓子が用意された。


「わっ!」


突然の現象に後退って驚く常識人の兄と、魔法みたいな手品に大喜びの姉。私は呆然としている小次郎の手をしっかりと繋いだ。


促されるままに椅子に座り、姉がお茶をひと口飲んだのを確認してから、私もカップに口をつけた。

……美味しい。毒とかヤバい薬は入ってなさそう。上目がちに神様の顔を窺い見ると、こちらの思考は読まれているせいか、ニッコリと笑顔で返された。


「異世界の君たちにまずは謝罪を。僕の世界の住人が許されざる召喚魔法を使って世界を渡らされたこと、謝罪する」


ペコリと神様は頭を下げたあと、勢いよく顔を上げて真っ直ぐに小次郎を見つめる。


「この世界に誕生した勇者よ。君をこの世界の神である僕は歓迎するよ」


「それで……やっぱり私たちは元の世界には帰れないんですか?」


兄が恐々と質問すると、神様は重々しく頷いた。


「そう。君たちの世界と僕の世界は異質すぎる。行き来はできない。この世界で生きていってほしい」


……そうか。なんとなく覚悟はしていたが、悲しい。鼻の奥がツーンとしてきたが小次郎の手前、大人である私がみっともなく泣くわけにはいかない。

グッと堪えてる横で姉がグスグスと鼻を鳴らし始めた。


「それじゃあ、姉が言っていたチート能力は?」


ムリって言われても、こんな世界で家族が一緒に安穏と暮らす手立ては欲しい。


「能力は無理だよ。この世界に渡ったときに得たスキルを伸ばしていくしかない。小次郎は勇者だからチート能力だけど」


「「「……」」」


それって、あの国の白いズルズルした服を着たおっさんが鼻で笑った能力よね?


神様の調べてくれたら、兄には「生活魔法」が、姉には「治癒魔法」があった。


「わ、私は?」


「君はね……「手芸創作」ってあるけど、なんだろうね? あははは」


笑ってごまかすな! この世界の神様でもわからない能力ってなんなのよ!


「小次郎は勇者としての能力は歴代の勇者の中でもズバ抜けている。でも子どもだから、今は眠っている状態だ。成長する体に合わせて強くなっていくよ。それまでは「勇者」とはわからないように隠しておこう」


神様が小次郎の目を手で閉じさせる。一瞬、神様の手から光が放たれると、スウーッとその光が小次郎の体の中へと吸い込まれ消えていった。


「勇者であることは隠蔽したから、どんな魔道具でも鑑定スキルでも、見破ることはできない」


これで、この世界の人に小次郎が勇者だとバレる心配はなくなった。


「僕は異世界の者に個別にスキルを与えることはできない。僕はこの世界になるべく干渉しないとルールを決めてしまったから……」


へにょりと情けない顔になった神様。少年の姿をしているけど長い時間を生きているんだろう。でも、そんな幼気な少年姿でしょんぼりとされると心が痛むのよっ。決して神様の名に相応しい美少年だからではない。


「でも抜け道はあるんだ。それは、君たちが努力をしてスキルを極めることだ。わかるように言うとレベル上げかな?」


レベル上げ? なんか急にロールプレイングゲームみたいな話になってきたぞ。

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