第29話【託された熱】



(EAF母艦・会議室)


「死者42名、負傷者577名。

そのうちおよそ320名が、呼吸・心拍ともに安定したまま謎に昏睡状態。

今どき、これほどに人的被害が出る現場なんて珍しいわ。

そして――現地一帯では、未確認の植物が繁殖中。

街の地表が、まるで苔のような緑色の層に覆われ始めている。現在も調査中。」


淡々と報告書を読み上げるジェシカ。

ケイトとササナを除くテブンズの面々は、

その声を黙って聞き続けていた。


淡々と報告書を読み上げるジェシカ。

ケイトとササナを除くテブンズの面々は、

その声を黙って聞き続けていた。


「……凄いわね。

大人しく奪われていた方が、むしろ被害は少なく済んだかもしれないわ。」


静寂の中、ジェシカの皮肉が落ちた。


「……すいません……でした。」


意を決してタクシが口を開く。

ギギギッ、と奥歯を噛み締める音が響いた。

“謝罪”という言葉を口にするのは、彼にとってほとんど初めてのことだった。


「謝罪なんて、何の意味もないわ。

そもそも私はあなた達に期待なんてしていないもの。

EAFも、いっそAIテブンズの導入を検討したら?

“人間の限界”を、まだ学ばないのかしら。」


「ジェシカ殿。しかし、ゾリウム回収を阻止した功績は、讃えられて然るべきにも思いますぞ。」


見兼ねて口を挟んだモーガンに、ジェシカは僅かに視線を向けた。


「そうね。――人間なのに、凄い功績だわ。

それで満足?」


ジェシカの言葉に、モーガンは沈黙する。

少し間を置いて、ジェシカは静かに立ち上がった。


「……あなた達の何に期待していたのかしら、マイクは。」


その一言だけを残し、ジェシカは会議室を後にした。



木々が炎に包まれていた。

その中から、幼い悲痛な声が漏れてくる。


『あああ! ササナァァァ!』


(EAF母艦・医務室)


「ッ!!」


ササナの目が見開かれた。

顔に大量の汗が吹き出している。


「エリカさん! ササナくんが!」


ケイトの声が響く。


「俺は……」


ササナの思考は、まだ現実か夢か定まらない。


「……凄い。暴徒化した人間が正気に戻るなんて。」


エリカが感嘆したように呟いた。


「何が……あったのか、なん……」


「あなたは先住区で暴徒化したの。戻ってこれて良かったわね。」


「暴徒……森は! 人は!?」


ササナが飛び起きる。


「落ち着いて。火は鎮火してるし、人も……とにかく最小限の被害だったと言えるわよ。」


「……ああ、うあああんっが! あああああ!」


ササナの泣き声が、医務室に響き渡った。



(EAF母艦・マイクの個室)


必死の形相で、何かを探すジェシカの姿があった。


「どこ……どこにあるのよ……!?」


その声は震え、こめかみから静かに汗が浮かんでいる。



(EAF母艦・会議室)


「なんか、やたらマイク副官の名前を出すな、あの人。」


静まり返った会議室で、リョウが口を開いた。


「……うむ。マイク殿は元々NCFの人間、面識があっても不思議ではないな。」


モーガンが応じる。


「モーガン……何か知ってんの? マイク副官のこと。」


モーガンは少し沈黙してから、ゆっくりと語り始めた。


「あれから、もう二十年近くになる……。」



(十数年前・NKU歴史保護区)


吾輩の国は、歴史を守るために武器を捨てた国――

国際文化保護連盟(NKU)。

世界各国より文化遺産を預かり、戦火から遠ざける役割を担っておった。


しかし、ある日。

我が国は暴走したAI兵器によって焼かれたのだ。


当時、吾輩は施設管理の任に就いておった。

必死で世界の歴史ある遺産を運び出し、炎の中を駆けずり回った。

だが遂に、四方を火に囲まれ、万事休すと覚悟したその時――


「おいお前! 大丈夫か!」


現れたのは、若き日のマイク殿であった。


絶体絶命の中、助けられたにも関わらず、吾輩は失った遺産の数々を嘆き、

感謝の言葉すら出なかった。

むしろ、あのまま歴史と共に命を落としたかったとさえ思い耽っておった。


そんな吾輩を察してか、マイク殿はこう投げかけた。


『お前が生きている限り、歴史を語り継ぐことは出来るじゃないか。』


その時、吾輩は気付かされたのだ。

歴史を紡ぐのは“物”ではなく、他ならぬ“人間”なのだということを。


以来、吾輩はマイク殿に救われたこの恩を返すべく生きてきた。


「吾輩にとって、それが“今”なのだ。」


モーガンの瞳は、燃え上がるように強く、真っ直ぐ前を見据えていた。

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