第二十五話 焔哭の鬼王―護りの炎―④

 ひかりは構えた。

 斬撃ではなく、糸を掬(すく)う構え。


 刀を横に滑らせる。


「――《土織》!」


 大地の光が走り、

 サカキの炎を優しく“抱く”ように絡む。


 燃えさせるためではない。

 火が“燃える位置”を取り戻すための織り。


『……ア……ッ……イタク……ナイ……?』


「うん……燃えたい火が、燃えられるように――」


 だが、影が怒り狂う。


『名ハ……渡サン……!!

 名ハ……ワレノ……!!』


 黒い炎が名の核を覆い隠す。


「名を……繋がなきゃ……!」


 ひかりは〈地暁〉を掲げ、刃に意識を集中させる。


「――《名綴り》!」


 刃先から銀の糸が生まれ、

 サカキの胸の“名の断面”へ触れる。


『……ア……

 名ノ……音……ダ……』

「あと少し……

 綴り切れば……!」


 影が糸を千切ろうと牙を剥く。


『ヤメロォォォ!!

 名ハ……ワレノ……!!』


 ひかりは深呼吸し、名を呼ぶ。


「――サ」


 炎が震える。


「――カ」


 地脈が震え、土の理が呼応する。


「――キ!」


 洞穴全体に響き、

 銀の糸が名の中心へ深く突き刺さる。


『――――ッ!!』

「返すよ!」


 ひかりは刃を前へ押し出す。


「名は灯。

 灯は道。

 道は輪。

 輪は理を繋ぎ――

 理は名を呼ぶ!」


「――《返名・土織》!!」


 褐色の光が名喰らいの影を切り裂く。

 黒い炎が崩壊し、闇が霧散する。


『……ア……

 アアアアアアアァァァ――ッ!!』


 影が消え――

 そこに浮かぶのは三つの音。


『オレハ……鬼王……サカキ……

 火ヲ護ル者……!』


 鬼王サカキ――かつては「火守りの一族」に生まれた青年だった。

 火は破壊ではなく、灯し、護るものと信じ、村と人々を温める焔の祭礼を司っていた。

 その心は穏やかで、誰よりも炎に祈りを捧げる優しき守人だった。


 サカキの炎が深紅へと戻った。

 暴走が止まり、ただ静かな火が残る。


「……サカキ……」

『……オレ……戻レタノカ……?

 火ガ……呼吸シテル……』


 炎で形作られたサカキは、

 安堵するようにひかりを見る。


『名ヲ……返シテクレタノハ……

 オマエ、ナノカ……』

「うん……」

『……アリガトウ……』


 炎が温かく揺れた。


『……身体ハ……トウニ滅ビタ……

 ダガ、名ト理ガ残レバ……火ハ蘇ル……』


 サカキの炎が大地へ溶け、

 再び形を得る。


 炎の鎧、燃える角、黄金の瞳。

 静かな守人の姿。


『……火ヲ……守ル者トシテ……

 最後ニ立チ戻レタ……』

『主――!!』


 紅蓮が駆け寄り、涙のような火花が落ちる。


『主……!

 我ハ……ズット……!』

『紅蓮……泣クナ……』


 サカキは紅蓮へ炎の手を伸ばす。

 触れられない。

 でも、想いだけは触れられる。


『オレハ……火ノ輪ニ還ル……

 オマエハ……次ヲ守レ……』

『主……!

 我……まだ一緒ニ……!』

『……ヒトリデモ、大丈夫ダ。

 火ハ……消エナイ……』


 サカキは最後に、ひかりへ振り返る。


『ヒカリ……

 火ガ泣イタラ……マタ来テクレ……

 オマエナラ……火ヲ救エル……』


 ひかりは頷く。


「また来るよ。

 火が泣いたら……必ず」


 サカキは炎の姿を崩し――

 焔ノ峰の中心へ静かに落ちていった。


 火種ひとつとなって、眠りについた。


 紅蓮は膝をつき、震える声で呟く。


『……主……

 名ヲ取リ戻シ……クレテ……

 アリガトウ……ヒカリ……』


 ひかりは静かに〈地暁〉を納めた。

 理は完全に静まり、焔ノ峰は“正しい火の国”の息を取り戻していく。

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黎命詩―異世界勇者は、名を取り戻す旅に出る― 水野 ナオ @naomizuno

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