呪いのタネ
彩紋銅
第1話 虐め
淵辺アユミ・舞浜エリコの場合。
◯
いつからだろうか、学校へ行くのが嫌になったのは。
「……」
目の前の自分の机には、いつものようにゴミがぶちまけられ、ご丁寧に机の中にもギッチリと詰められている。
このままでは座れないので、片付けるしかない。
こうなるようになってから、自分のものは全て持ち帰るようになったので、教科書などには被害はないが、憂鬱な事この上ない。
机や椅子に落書きがないのは、私が必ず片付けることを見越しているからだ。そうしてしまえば証拠は無くなるから。実に小賢しい。
クラスでは、私が片付ける様を笑いながら眺めている一団がいる。
舞浜エリコとその彼氏の小粥タカユキを中心とした、一軍グループだ。
どういうわけか、私はエリコに目をつけられ、虐められる様になってしまった。
私からすると、彼女の機嫌を損ねる様なことをした記憶はないのだが、ある日突然ターゲットになってしまったのだ。
教師は完全に無視。
理由はエリコの親が、会社の社長だか専務だかで、教師の一人くらい簡単に潰せるからだ。
だから、助けは期待できない。
親には悪いが、もう高校をやめた方が良いのかもしれない。
このご時世、高校卒業資格なんていくらでも取りようがあるのだから。
◯
「アユミ〜、ちょっと来て〜」
そしてこの日は、最悪にもエリコの取り巻きに呼び出されてしまった。
朝の机ゴミ以外と悪口以外何もなかったから、油断した。
ついていっても行かなくても酷い目に遭うので、仕方なくついていく。
ちなみに、放課後なので通学鞄にしているリュックサックも持っていく。
案内された先は、人のあまり来ない特別棟(理科実験室や図書室、音楽室等がある棟)の女子トイレだった。
そこには、エリコとその取り巻きの女子数人が待っていた。
その足元には、不自然に置かれたバケツ。
嫌な予感しかしない。
「連れてきたよ〜」
「おっそ〜い。待ちくたびれたじゃ〜ん!」
「ごめん、ごめん」
「……」
自分のネイルをいじっていたエリコは、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見る。
「タカユキがさ〜、今日は一緒に帰れないっていうの〜。久しぶりに一緒にカラオケ行こうって思ってたのに、あり得なくな〜い?」
それが、私が呼び出された理由らしい。
「その寂しさを埋めるために、アユミちゃんには協力して欲しいの〜」
そう言って、エリコは私をトイレの個室へと突き飛ばす。
「はい、ざっぶ〜ん!」
エリコの掛け声で、取り巻き達は足元にあったバケツを手に取り、中に入っていた水を私にかけてくる。
「──っ」
「アユミちゃん、少しは綺麗になったんじゃない?」
「……」
「それでね、今日はスペシャルゲストを呼んでいるの二人とも、来て〜」
エリコの声に呼ばれてきたのは、エリコの彼氏の取り巻きの男子二人。
「お〜っす」
「呼ばれたから来たけど、何?」
髪をそれぞれ金髪と茶色に染めた二人で、所謂不良と呼ばれる部類の人種だ。
まあ、この高校に合格するくらいには、勉強はできるらしいが。
「エリコね〜。アユミちゃんに彼氏がいないの可哀想だと思って〜。せっかくだから処女を卒業させてあげようと思うの〜」
「──っ!?」
「は? 何? オレ達で卒業さる気なの?」
「え〜、なんかびしょびしょだし、嫌なんだけど〜。それに、黒髪ブス陰キャとなんて、ヤりたくね〜んだけど〜?」
「はあ!? まあ、びしょびしょにしたのはアレだけど。あ、でも、ヤッてくれたらお小遣いあげるわよ!?」
「それなら、まあ……」
「しゃ〜ねぇな」
これはまずい。流石にまずい!
私は密かに周りを見る。そして瞬時に頭を働かせる。
今私はトイレの個室にいる状態だ。
取り巻き達は皆、個室から出ている。
そして、個室には窓がある。
ここは一階。
私は、迷うことなく個室のドアを閉め、鍵をかける。
「あ、ちょっと!」
「開けなさいよ!」
取り巻き達が騒ぐが、無視して窓を開ける。
まずはリュックサックをなるべく遠くに投げ、私も窓から逃亡。
リュックも持ってきておいて、良かった!
痩せてて良かった!!
リュックサックを回収しつつ、なんとか学校の敷地から、出ることができた。
まさか、エリカがあんなことまでする様になるなんて……。
足元を見ると、上履きのままだった。
今から靴に取り替えに戻る勇気はないので、そのまま帰る。
リュックサックの中身は無事だったので、そこから無事なタオルを取り出して体を拭く。安かったから買った防水仕様のリュックサックが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
ふと、帰宅路の途中にある商店街が騒がしいことに気づく。
アーケード街となっているそこでは、本日、仮装大会が開かれているらしい。
カボチャのあの特徴的な飾りを見て、そこで初めて今日がハロウィンなのだと気付いた。
せっかくなので、アーケード街に向かう。
アーケード街では仮装をした子供たちがお菓子をもらい歩いたり、学校帰りらしい、別の学校の子達が友達と一緒にハロウィンを楽しんでいる。
それを見ると、そうではない私の状態が、ひどく惨めで悲しくなった。
どうして私はこんななのだろう。
居た堪れなくなった私は、もう帰ることにした。
帰宅路に戻るために、脇道に入る。
アーケード街を引き返しても良かったが、あの空間にいることが耐えられないので、脇道から下の道に戻ることにした。
ふと前方の道の脇で、誰かが座り込んでいることに気づいた。
黒髪で、高そうな紫のジャージを着ている男性。
耳にはバチバチにピアスが空いている。
なんというか、半グレという言葉が頭に浮かんだ。
関わると、碌なことにならないヤカラだ。
だが、こんなところに座り込んでいるということは、体調が悪いのかもしれない。ただ座って休んでいるだけ、というわけでもなさそうだった。
多分、その時の私は少し、おかしかったのだ。
貞操の危機から命からがら逃げ出して、ゾンビの群れから逃げ出したような高揚感があった。
だからその男性にも、声をかける気になったのだろう。
「大丈夫ですか?」
「……」
男性は無言で私を見てきた。
暗い瞳をしており、目の下にはクマがある。
不健康そうというかなんというか、流行りの言葉で言うなら、女殴ってそうという言葉がしっくりくる男性だった。
整った顔立ちはしているが、あまりお近づきにはならない方がいいだろう。
「平気。ちょっと嫌なことを思い出して、落ち込んでただけ……」
「えーと……」
「むしろ、君の方が心配だ。雨も降っていないのに、どうしてそんなにびしょ濡れなんだ?」
「……ですよね〜」
暗い色の制服なので分かりずらいが、私は現在進行形で湿っぽいままだ。
タオルで拭いてはいるが、完全に乾いてはいない。
声をかけた事を少〜し、後悔したが、次にどうすれば良いかを考える。
そして、近くに自動販売機があったのでそちらに向かう。
リュックサックから財布を出して、ミルクティーを購入。ペットボトルに入った暖かいやつだ。
ちなみにリュックサックの中身は浸水していなかったので、財布もスマホも無事だった。
私は、買ったホットのミルクティーを、座り込んでいた男性に差し出した。
「え?」
「何があったのかは知りませんが、生きていれば良いことがありますよ」
なんて、虐められていて人生に絶望している私が言う様な言葉ではないけど。
「……そうだね。生きていれば、やり直すことも、復讐することもできるか」
男性は、私からミルクティーのペットボトルを受け取ると、一気に飲み干した。
暑くないのかな?
「ありがとう。少し元気になった」
「それは良かった」
「君は? 高校生?」
「淵辺アユミと申します。高校二年生です」
「そうか。お礼に、そうだな……。これをあげよう」
そう言って、男性はジャージのポケットから何かを取り出した。
小さく折りたたんだ、紙?
「これは?」
「薬包紙って知ってる? 粉薬を包んでるやつ。時代劇とかで見たことない?」
「ないですね。でも、知ってるかも?」
昔、漫画かアニメで、そういう描写を見たことがあるかもしれない。
「中には特別な薬が入っている」
「特別? まさか違法な……?」
「違う違う。そういう薬じゃない。これは『呪いのタネ』っていう、
「じゅやく?」
「呪いの薬と書く。これを飲んだ者は、それまで自身が買ってきたすべての恨みの報いを、一気に受ける事になる。つまりは恨みを晴らされるということかな」
「恨みを……」
私は、『呪いのタネ』の入った薬包紙を受け取った。
「恨みをさほど買っていない者には大したことは起こらないけど、そうでない者は
どうなるかはわからない。どういったことで、恨みを晴らされるかも、ね」
「貴方は一体……」
「平仲キョウヤ。呪薬師だよ」
◯
月曜日、私は休む事なく学校に行った。
今休んでしまうと、もう二度と学校へは行けない様な気がするからだ。
だが、一応自己防衛の為に、一時限目から体調不良を理由に保健室へ向かうことにした。
私が虐められている事を知っている教師達は特に咎めない。
この日は、四時限目に体育がある。
それがチャンスだ。
三時限目までたっぷりと眠り、四時限目が始まるのを待つ。
そして、生徒達が全員、校庭に向かった頃。私はトイレに行くふりをして、教室へと戻った。
幸い誰もいない。
エリコの机に近づくと、カバンからマグボトルを取り出す。
ピンク色で、ゴテゴテにデコレーションをされてるやつだ。
彼女はよく、美容に良いお茶をマグボトルに入れて、自宅から持った来ているのを知っている。
ボトルの蓋を開けると、少し減ったお茶が入っている。
そこへ、キョウからもらった『呪いのタネ』を入れる。
『呪いのタネ』はシナモンみたいな色で、それよりも粒子が細かい粉末だった。
香りはほとんどしない。
それを入れて、ボトルを軽く振るとすぐに溶けた。
私は蓋をし、エリコのカバンに戻した。
私自身も保健師へと戻る。
今になって心臓がバクバクしてきた。もう後には引けない。
そして、体育の授業が終わると、私は教室へと戻った。
エリコの様子を観察する為に。
◯
体育の授業後、更衣室での着替えが済んだエリコ達は教室へと戻ってきた。
今まで保健室にいた私がいたことで、ニヤニヤしていたが、まずは喉の渇きを潤すことにしたらしい。
持ってきたマグボトルに口をつける。
私はそれを横目で観察する。私の席は窓際の後ろの方で、エリコは真ん中の中程の席なので、その様子はよく見える。
心臓はバクバクだ。
万が一バレれば貞操どころか、私の命はないだろう。
だが、それは杞憂に終わり、エリコは特に気にする風もなく、取り巻きと会話をしている。
そして、昼食の時間になりエリコはマグボトルを持って、取り巻き達と食堂へと向かったのだった。
私は教室で、弁当を広げる。
といっても、コンビニで買ってきたプロテインバーだ。
どうせ食欲がないので、そうなった。
◯
昼食が終わり、午後の授業が始まる。
どうやら、バレてはいない様だった。ここまできてようやく私はホッとした。
しかし、同時に異変らしい異変もない。
もしかして、騙されたのだろうか?
もしそうだとしても、彼女の飲み物に密かに変な物を仕込むという偉業を成し遂げたことは、私にとってもプラスになったから。よしとしよう。
もうなんでもできる。これで心置きなく、学校を辞められる。
まあ、薬になんの効果も無かった事は少し残念だけど。
そう思っていた時に、それは起きた。
「ギィイイイ────ッ!!」
「!?」
異様な怪音が響き、教室内は一瞬、静まり返った。
だが、それが叫び声だと気づいたのは、エリコに起きた異変を目にしたからだ。
エリコは凄まじい形相をして、自分の胸元の制服を掴んでいる。
口の端からは泡を拭き、目は白目を剥いている。
先ほどの異音は、彼女の口から発せられていた。
「やめ、ヒギィッ、ヒグッ、ア゛──ッ!!」
エリコは何かを追い払う仕草をしながら、奇怪な声をあげている。
そして、席から転がり落ちたかと思うと、足を広げ体をのけぞらせながらビクビクと体を痙攣させている。
席の位置によっては下着が丸見えだろう。
エリコの声は次第に熱を帯び始め、なんと言うか、体調不良というよりは、まるでエリコが見えない何者かに犯されている様を見せ付けられているようで、微妙な空気が教室内には流れていた。
「あぐっ!?」
より一層、大きく痙攣したかと思うと、エリコは失禁して動かなくなった。
「舞浜さん? どうしました!? 舞浜さん!?」
授業をしていた担任が、エリコに近づいた。
「──っ!?」
ハッとした様子のエリコは、周りを見る。そして酷く怯えた様子になり、助け起こそうとした担任を突き飛ばして教室の外へと走り出した。
「舞浜さん!?」
担任が後を追う。
「エリコ!」
それを、エリコの彼氏のタカユキが追う。
クラス内はあまりの事にシンと静まり返っている。
二人が出て行った後、廊下から悲痛な叫び声が聞こえてきた。
クラスメイトが様子を見に出て行ったので、どさくさに紛れて私もそれに続く。
どうやらエリコは、階段から落ちてしまったらしい。
エリコは呼ばれた救急車によって、病院へと運ばれた。
◯
後日聞いた噂では、エリコは腕の骨にヒビは入っていたが、その他は擦り傷と打撲程度で、命に別状はなかったようだ。
しかしその後、彼女が再び登校してくることはなかった。
病院の検査で、何か出るのではないかとビクビクしていたが、特にそういう事も無かったらしい。
私は胸を撫で下ろした。
エリコが登校して来なくなると、彼女の取り巻き達も自然に解体していき、私にちょっかいをかけてくる事はなくなった。
友達と呼べる存在はまだいないが、クラスメイト達とも普通に話ができるようになったので、これなら学校を辞めずに済みそうだった。
今だにエリコの身に何が起きたのかはわからない。だが、どうやら『呪いのタネ』には本当に恨みを晴らす効果があったらしい。
もし今後、呪薬をくれた彼に会うことがあるなら、お礼をしたい。
今度は、もっと良いものを奢ってあげようと思った。
◉
「ふ〜ん、『呪いのタネ』、役に立ったみたいだねぇ。良かった良かった」
呪薬師のキョウは左腕に止まらせたカラスに、そう話しかける。
「カカァ?」
カラスは、疑問を口にしたかのように鳴いて、首を傾げる。
「彼女は何を見たのかって? そうだな〜。『呪いのタネ』で返ってくる恨みは、大体、人為的、心霊的、不運的なモノなどで返ってくる。
あの様子だと、何か良くないモノでも見えたんじゃないかな?
まさか、肉体に直接影響を受けるなんて、彼女、もしかしたら呪薬師に向いていたんじゃないかな〜。まあ、スカウトはしないけど」
「カア!」
「まぁ、本当の所。何が見えたのかは、本人にしかわからないけどね……」
◉
階段から落ちた後、エリコは部屋の外へ出られなくなっていた。
怪我は大したことはなかったが、それよりも深刻なことが彼女の体には起きていたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。お願い、もうやめて……」
彼女の目には、常にソレが見える様になった。
ソレはかろうじて人の形はしているが、赤黒く表面は腐って溶けているようにも、火傷で爛れているようにも見える。そんなモノがいつでも彼女の目には見えるようになった。
顔の判別はつかないほど崩れており、それらはエリコが一人になると所構わず、彼女を犯すのだ。
既に男を知っているエリコの体は、悍ましいモノに犯されているというのに絶頂してしまう。それがまた嫌悪感を湧き上がらせる。
あの日、教室内で晒した痴態など、どうでもよくなるくらいにエリコの体は穢されていた。しかしその異形のモノ達は他の人間には見えず、されている事が事なので誰かに相談することもできない。
神社や寺でお祓いをしてもらったりもしたが効果はなく、名高い霊能力者にも相談したが、その異形たちを認識することすらできなかった。
エリコの心は次第に疲弊し、擦り減っていった。
最近では、その異形たちが発する怨嗟も聞こえるようになった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
それをかき消すように、謝り続けるエリコ。
それで、呪詛が消えるわけもなく、彼らが許すはずもない。
エリコの目に、ペン立てにあるカッターが映る。
こうなる前に丁度刃を取り替えたので、切れ味はいいだろう。
「……」
エリコはそれに手を伸ばす。
そうして、エリコが自室から出ることは、永遠になくなった──。
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