第4話 助手の初恋事件
「黒田さん、俺…たぶん、恋しました!」
朝イチでそう告げた俺に、
黒田さんはコーヒーを吹いた。
「報告のトーンが重犯罪じゃないか」
「いや、事件ですよ。俺にとっては」
「ほぉ…現場はどこだ?」
「現場って言い方やめてください!」
黒田さんは顎に手を当て、探偵モードに入る。
「まず、被害者──いや、対象の特徴を言え」
(ん?今こいつ被害者って言った?!)
「え、えっと…カフェの店員さんで、
笑うと目尻にえくぼができるんです」
「えくぼ、か…愛の陥没事故だな」
(たとえがヘタすぎる!)
⸻
昼休み。
黒田さんは俺のスマホを覗き込みながら言った。
「で、その子の名前は?」
「ミサキさんです。今日もお昼に会う予定で」
「ふむ…会う、とは?」
「普通にコーヒー買いに行くだけです」
「恋の現場確認だな」
「もうその言い方やめてくれません?」
⸻
カフェ「SOFIA COFFEE」。
俺がトレーを受け取る瞬間、
ミサキさんが言った。
「今日も来てくれたんですね」
「そ、そりゃあ……ここのコーヒーが好きで」
(※ほんとはあなたの声が好きで)
「うれしいです。また来てくださいね」
笑顔、えくぼ、反則。
店を出た瞬間、
黒田さんが植え込みの陰から出てきた。
「現場確認完了」
「ストーカーですよ!」
「いや、恋の実況見分だ」
「…」
⸻
事務所に戻ると、黒田さんがホワイトボードに
“恋愛調査報告書”と書いていた。
1️⃣ 初期接触成功(会話あり)
2️⃣ 対象は笑顔が多く、社交的
3️⃣ 助手の心拍数:120
「心拍数っていつの間に測ったんですか?」
「目視だ」
「目視でわかるか!」
黒田さんは真顔でマーカーを置いた。
「ハルトくん、恋は捜査と同じだ」
「いや、違うと思います」
「対象を追い詰めたら終わりだ。
逃げ道を残して、距離を測れ」
…たまに名言を混ぜるから
腹立つんだよな、この人。
⸻
夕方、黒田さんが言った。
「よし、明日もそのカフェに行け」
「いや、毎日は怪しいでしょ」
「恋とは“張り込み”だ」
「張るな!」
「俺も行く」
「なんでですか」
「助手の初恋は、探偵として見届けねばならん」
(もう帰ってくれよ…)
⸻
翌日。
カフェの外。
俺が中でミサキさんと話してる横で、
黒田さんは外のベンチに座り、
手帳に何かをメモしていた。
「……対象、笑顔。助手、噛んだ。距離1.2m」
(やめろ実況するな!!)
⸻
夜。
閉店後のカフェを出て、黒田さんと歩く。
「で、どうだった?」
「…少し話せました。苗字も聞けたし」
「進展じゃないか」
「でも、“また来てください”って
言われたけど…お客さんとして、ですよね」
黒田さんはしばらく黙って歩いた。
「ハルトくん。恋ってのは、
“また来てください”って言葉の中に、
本気が1パーでも混ざってるかどうか…
その真実を探す仕事だ」
「…それ、ちょっといいこと言いましたね」
「だろ? 今の録音しておけ」
「いや、自分で言いましたよね」
⸻
事務所に戻ると、黒田さんは満足げに言った。
「助手、初恋認定」
「そんな認定いりません!」
「報酬は…気持ちでいい」
「給料のほうがいいです!」
⸻
──恋愛探偵・黒田ジョージ。
今夜の事件は、助手の心の中で進行中。
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