第二章31:森の奥

  柴をそっと灼ける焚き火へ置き、火が移ったのを確認してから放り込み、馬車隊全員が調理・団欒・照明に使えるよう、絶やさぬように保つ。


  冒険者たちは焚き火を囲み、先ほど川で捕まえた小魚を焼きつつ、雛城がほぼ滅びかけたあの戦いを共に経験したおかげで、すでに互いをよく知る仲になっており、和気あいあいとしていた。


  年老いた城主も家族を連れて冒険者たちの元へ足を運び、遠路はるばる護衛に来てくれたことへ深く感謝を述べた。


  しかし城主家以外の貴族たちは、というと、ただ馬車の中に籠り、魚が焼けても一口も食べないまま、空腹を選んででも外へ出ようとしなかった。


  視線を永碎玻璃へ戻すと――


  彼方は持参してきた茶を静かに飲み、隣では詩钦も腰を下ろしていた。彼らはどうにも冒険者の輪に入りづらく、話題も噛み合う気がしなかった。


  彼方は茶をすすりながら:「……」


  詩钦:「ちょっと気まずい……私にも一杯……」


  彼方が茶を注いで渡す:「いいよ。」


  すでに冒険者仲間と打ち解け、賑やかに談笑している千层とは対照的に、彼方と詩钦は少しばかり孤立したような雰囲気をまとっていた。


  彼方:「千层は、僕らと会う前から色んなパーティに参加してたから、友達が多いんだよ……」


  詩钦が茶を飲みながら:「はぁ……存在感が薄いくらいがちょうどいい……偽装がバレないためにも……」


  彼方:「ん……?杏糕は?」


  その言葉で、二人は異変に気づき、左右を見回して杏糕の姿を探した。


  彼方が立ち上がる:「君はここでお茶飲んでて、僕がちょっと歩いて探してくる。」


  そう言い残し、彼方は詩钦から離れ、森の奥へと歩き出した。


  ……


  杏糕を探す途中、彼方は幾重もの茨に腕を刺されていた。しかし次の瞬間――


  『バン! ボン! ドン!』


  反撃の指輪の影響で、彼方の左手は無意識のまま茨を次々と叩き折っていき、進む道全てが勝手に切り拓かれていく。


  彼方はピリつく痛みに耐えつつ:「やっぱりこの指輪はすごい……反撃するなって命令するのが難しい……」


  そのまま茨地帯を一気に駆け抜ける。


  反撃の発動は続いており、左手はほとんど光速の軌跡で四方に反撃し、他者から見ればもはや武術のようにしか映らなかった。


彼方:(怪我しないのは助かるけど……肩と拳がめちゃくちゃ痛い……)


  仕方なく、彼方は指輪の宝石をひねり、無意識反撃の機能を一度止めた。


  『ぽちゃん……』


  遠くから、水の音が聞こえる。


  彼方:(魔物……?)


  草を静かにかき分け、そっと覗き込む。


  そこにいたのは、池で身体を洗っている杏糕だった。


  杏糕:「!!!!!!」


  彼方は平然:「あ、やっと見つけた。なんでこんな遠くまで? すぐ近くにも池あったよね?」


  杏糕は何を気にしたらいいのか分からず混乱:「わ、わたし……あっちの……池……人が……たくさん……」


  彼方は草むらから姿を見せる:「まあ、一人のほうが気楽だよね。」


  杏糕はさらに混乱:「彼方……わたし……あとで……戻るから……先に戻って……」


  彼方:「うん。僕はもうちょっと奥を散歩してくるよ。迷わないように戻ってね!」


  そう手を振って彼方はその場を去った。


  ぽつんと取り残された杏糕。


  杏糕:「か、彼方……落ち着きすぎ……」


  ……


  彼方視点へ戻る。さらに五分ほど歩いた頃、彼の歩調は次第に速くなった。


  彼方:(森が広すぎる……どこ歩いても同じに見える……日が暮れる前に戻ったほうがいいな。)


  そう考え、彼方は元来た方向へ引き返した。


  彼方は伸びをしながら:(まあ、今日の運動は十分だな。)


  そして反撃の指輪を再度起動する:(戻る間に訓練しとこう。左肩の痛みを軽くしたいし。)


  『バサッ……』


  反撃を起動した途端、草むらが揺れる。


  彼方:「ん?」


  『シュッ!!』


  次の瞬間、一矢が草の中から放たれ、彼方の片目へ一直線に飛ぶ。


  『パキン!』


  反撃指輪が即座に反応し、彼方の左手は無意識のまま矢を粉砕。木片一つすら彼方に届かなかった。


  だが代償として、左肩に激痛が走る。反撃が速すぎて、人間の肩がついていけないのだ。


  彼方:「なんで矢なんて……」


  そう呟いた瞬間、不意に斧が振り下ろされ――


  『ガンッ!!』


  無意識反撃で斧は真っ二つに折れた。


  彼方:(え……何?)


  よく見ると、彼に襲いかかったのは成体の野人だった。


  彼方:(え、ここ野人いるの!?)


  彼方はぎこちなく手を動かし:「あ、ど、どうも……」


  野人:「お前……つよい!!」


  彼方は急に会話が通じたことに感動:「おお、話せるんだ!」


  野人:「お前……何者……?」


  彼方:「通りがかりです。敵意なし。通してくれたら帰ります。」


  野人は首を横に振る:「だめ……」


  『ザザザッ……』


  数名の野人が警戒しながら現れる。中の一人の子供は彼方のズボンを引っ張って遊んでいた。


  そして、年老いた野人――おそらく族長が姿を見せる。


  野人族長:「なぜ……ここ……来た……」


  彼方:「ただの散歩です。」


  族長が隣の少女に何かを囁く:「ハキハレミン……カハル……」


  少女はうなずき、彼方の前へ進む。


  野人少女:「族長が言ってるのは……あなた、ここへ来るのは初めてじゃない。近いうちに……また必ず来る、って。」


  彼方は目をぱちぱちさせた:「翻訳ミス……じゃない?」


  野人少女:「違います。それが族長の言葉です。あなたを通す、と。」


  意味は分からないが、通れるなら十分だ。


  彼方:「了解。ありがとう。じゃ、帰るよ。」


  ……


  十分歩き、野人たちの気配が完全に遠のいた頃。


  彼方はようやく息を吐いた。


  彼方:(もう絶対……森を適当に歩き回ったりしない……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る