第一章18:秘密
この時、前線ではすでに多くの冒険者たちがほぼ全滅状態にあった。だが、雛の街のS級冒険者――渟(しず)の加護により、彼らの負傷は手足がもげたり命を落とすほどではなく、せいぜい意識を失って倒れている程度にとどまっていた。
しかし、魔人の数は尽きることを知らず、王国の内部から次々と湧き出してくる。終わりなど見えない。たった一体の魔人を倒すのにさえS級冒険者一人が時間を費やすのだ。それが何列にもわたって現れるのだから、到底敵うものではない。
渟:「っ…げほ、げほっ……」
地獄のような数十分を経て、彼女の体はすでに汗に濡れ、底の知れない疲労に満ちていた。切り札も何度も使い果たし、さらにスキルの副作用によって四肢を動かすたびに痙攣するような痛みが走る。軽い症状なら力が入らない程度だが、重ければ意識を失うか、命を落とすことさえある。心身も心拍も限界を超えており、もはや動けているのは「ここを守る」という意志だけだった。
では、雛の街もう一人のS級冒険者――東方はどうしているのか? 彼もまた戦っていた。決して傍観してはいない。彼の協力があってこそ、魔人たちと拮抗できている現状がある。もし渟だけなら、とっくに前線は崩壊していただろう。
東方:「終わりがねぇな……」
渟:「げほっ、げほ……っ」
……
一方その頃、避難所の中では雛の街の住民たちが無事に避難しており、命の危険はなかった。
だが戦場の魔人たちは、まるで何者かに操られているかのように、一斉に五つの山を越えた先――避難所の方角を見据えた。
つまり、前線の冒険者たちが守っているものは、もはや街ではなく、そこに避難した人々の命だった。
……
場面は変わり、詩钦の視点。黒いローブを纏った彼女はすでに黎輝王国の内部へと潜入していた。
黎輝王国の建築様式は雛の街とは対照的だった。中世的な異世界風ではなく、むしろ魔石資源と冒険者の技術による軽度の“科学化”が進んでいる。防衛システムも技術水準も、小国のそれとは比べ物にならない。
今、黎輝王国の最終防衛線――つまり最後の戦力として、五人のS級冒険者が存在していた。彼らはそれぞれが卓越した能力を持ち、その脅威は計り知れない。
詩钦は最前線の調査に潜入していた。そこには科学施設も魔人の影もない。
詩钦:(魔人は王国の中央から瞬間的に転移してきている……? なら、向かうべきは中央……)
その時、金属音が響いた。兵士の一団がこちらへ歩いてくる。詩钦は慌てて身を隠した。
だが、違和感が走る。――この感覚は……!
詩钦:(これは、赐福者の気配……! さっきまではまるで感じなかった。今生まれたばかり……!)
詩钦は即座に追跡を開始した。新たに生まれた赐福者を自らの手で葬るために。
詩钦:(……消えた!?)
数歩進んだだけで、その気配はぷつりと途切れた。
気づけば、周囲はすでに槍を構えた兵士たちに囲まれていた。
詩钦:(まさか……この気配は誘いだったのか……!)
兵士:「両手を頭の上に! 抵抗するな!」
詩钦は素直に従い、両手を頭に置いた。
兵士:「よし、縛れ!」
――パチン。
指が鳴った瞬間、勝負は決していた。
一分後、詩钦は再び黒衣を羽織り、無表情のまま歩き出す。再び赐福者の気配を追って。
詩钦:(命令? 誘導? ふざけた真似を……)
……
一方、避難所に向かって歩む黒面の謀士。その歩みは緩やかだが、まるで一歩ごとに誰かの死を告げる鐘のようだった。
黒面の謀士:「砂にも劣る哀れな人間ども……せめて大人の礎となれ。」
――ズズッ。
草を掘るような音が響いた。異変を察した謀士がすぐに振り返る。
黒面の謀士:「……!」
ただの小さな兎が立てた音だった。
黒面の謀士:(くだらん……焼け死んだ砂粒一つに、なぜここまで警戒を覚える……実に不快だ……)
彼は再び冷静な“黒面の形態”に戻り、顔を覆う黒皮の仮面を締め直した。
……
二十数分後の戦況報告。
前線の冒険者たちは命こそ落としていないが、負傷者はすでに四分の三に達していた。雛の街の壊滅は避けられず、S級冒険者たちの奮闘も焼け石に水。
避難所も戦場の余波で崩壊寸前。前には魔人の群れ、後ろには黒面の謀士。死は、もはや確定事項のようだった。
さらに悪いことに、黎輝王国の五人のS級冒険者が動き出した。彼らの指揮の下、無数の冒険者が雛の防衛線を潰そうとしている。
渟と東方は、その光景を見つめながら、ただ無言で立ち尽くした。絶望の色が、瞳に深く宿る。筋肉の痛みなど、もはや問題ではない。生きていること自体が苦痛になり始めていた。
東方:「耐えろ……」
渟:「げほっ……げほ、げほ……」
汗が流れ、魔人が空を駆け抜ける。地上では、黎輝王国の軍と冒険団が姿を現し始めた。
渟:「っ……もし他国が……助けてくれたら……まだ望みは……」
東方:「頼れるのは、自分だけだ……」
前線は、崩壊寸前だった。
……
詩钦の視点。黎輝王国の地下室――そこに彼女は“知らぬままのほうが良かったもの”を見つけてしまった。
瞬歩を繰り返し、偶然たどり着いたその部屋の中では、何者かが密談している。
詩钦:(……魔人の発生源はここ……!? 科学ではなく、召喚術……? 雛を襲った理由は一体……)
詩钦:(人体実験でも、財宝でもない……なら、何のために……)
思考の途中、耳元で声が囁いた。
「何を考えている?」
詩钦は即座に瞬歩し、数百歩後方へ退いた。目の前に立っていたのは――新生の赐福者。
新生赐福者:「この秘密、守れるか? それとも……舌と耳を奪ってやろうか?」
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