或る側仕え

二、或る側仕え


 かなめ様はとりとめもない、学校でのお話をよく聞かれました。


 扇家は類稀たぐいまれな“神降ろし”の巫女の血筋で、その嫡流の娘が代々“かなめ”の名を継ぎます。神託を授かるのは当代でただ一人であり、齢十四の娘の前に、どのような権力者であれ額を付くのです。


 其処そこに至る修行は過酷を極め、またあらゆる穢れを避けなければなりません。私などがその全容を知ることはありませんが、肉魚を口にすることは勿論、湯で体を洗うこともなく、常から見聞きすることも限られておいででした。奥座敷の結界の内で寝食し、私が控えるのもその木格子の外側でした。


 ただおぐしに櫛を通すその僅かな間に、目を絹布で塞がれたかなめ様の側で密やかに言葉を交わすのです。その時はまるで年端の変わらない少女のひそひそ話をするようで、甘美な優越感を止めることができませんでした。


 それが毒だったかもしれないと、震えたのはかなめ様に異変が起こってからです。


 肌に傷痕がでたのです。幾つも幾つも爪で引っ掻かれたような傷痕が全身に。

 私が。

 私が俗世のことなどを吹き込んだ所為せいで、穢れに侵されてしまったのではないか。かなめ様の神力は人の身に余るほどで、邪鬼をも引き付けやすい、だから一切清浄にしていなければならなかったのに。

 けれど震える私にかなめ様は告げました。


 猫の呪い、、、、だと。


「扇」の起こりはその昔、天災の如き物の怪を討伐した際にその皮と骨をもって扇をつくり、鎮魂の舞を納めたことと云います。それが邪を祓う神器となり、神託の依代よりしろとなったと。


 そしてかなめ様の口から明かされたのが、扇の継承には物ノ怪、、、の血魂を捧ぐ、ということでした。それがいつから取って代わったのか。齢五歳の儀式の場にあったのは小刀と――籠に入った子猫、、だった、と。

 ぐにゃりと足元が歪んだようでした。


 神器? それはまるで、呪物


 知ってはいけないことを知ってしまったのでしょう。どうしてどうして。

 ただ目の前には座敷牢に閉じ込められた子供がいて、それよりか弱いものを殺生させた鬼畜が囲んでいる。

 

 ――私は、私の正気を確かめるために、逃げ出さずにはいられなかったのです。






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