第2話
創業100年の歴史を刻む蔵造りの酒屋、福富酒店。大正時代に建てられたその建物は、港町の風情を今に伝える静かな佇まいだった。かつては祖父母も健在で賑やかだったこの家も、今は店主の福富万次郎と、小学生の息子・波留、二人だけで慎ましく暮らしている。
「波留!起きろ!春休みだからって、いつまでも寝ていられないぞ!」
一階の酒屋のレジ台の横に立ち、商品の納品伝票をチェックしていた万次郎は、二階の自室で寝ている息子に向けて、酒屋の店内中に響き渡るほどの大きな声を出した。
「まだ、眠いよ・・・もうちょっと・・・うるさいなぁ、父さん・・・」
「ほら、波留の好きなアニメが始まるぞ!早く起きないと見逃すぞ!」
万次郎は、店の外にも響くほどの音量で、アニメの主題歌を大声で歌い始めた。
「万ちゃん、元気だね~」
近所の老人が、いつものように店にヒョイっと顔を出す。
「お!じいさん、おはよう。声を出さないと一日が始まらないからね。ははは!」
万次郎の豪快な笑声が、店中に響き渡る。
「ところで、万ちゃん、この店の前の空き家に小学校の新任の先生が引っ越してくるんだってね〜。」
「へ〜え、そうか。女の・・・先生か?」
「万ちゃん、早まるな。若い男の先生だよ。」
「なんだよ〜男か〜。」
「けどよ、女みたいにきれいだってさ。噂だぜ。」
「女みたいに?」
「ふほぉぉ。」
一階から聞こえる話し声に、波留は布団から飛び出した。生まれつき左足が悪く、慎重な動作が身についた波留だったが、彼の通う小学校に新任の教師が来ると聞き、慌てて、声の方へと向かったのだった。
「波留、おはよう。よく寝たね。」
老人が、寝癖のついた波留の頭を優しくさする。
「おっ、おはようございます。」
「ようやく、起きたか〜。この、ねぼすけが〜。」
「ねえ!父ちゃん!新しい先生って?どんな人なの?!」
春風が街を吹き抜け、梅の花の香りが漂う。新しい出会いが、もうすぐ、港町に訪れる。
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