第二話 【継接の女神】

 ランタンハンガーに掛けられた小型の無影灯の朧げな白光がテント内を照らす。

 その下では砂利に直置きした手術台に向かう一人の女による手術が行われていた。

 台に横たわるのは右腕を失い、頭蓋を酷く損傷し、ピンク髪が赤く血に染まった女が、切開された喉から伸びる管を通してか細い呼吸を繰り返していた。

 白衣を身に纏ったその女はその上に背負ったバッグパックから四足の様に生える四本の機械アームと、生身の両手を巧みに動かし、冗長した独り言を繰り返し呟きながら、たった一人で手術を補完していた。


「絶対救う絶対救う絶対救う…この子救ったら自己ベスト更新だぞ…!ざっと内臓破裂・右目破裂・左目失明・右腕欠損。全身複雑骨折・頭蓋陥没の重傷…そして生存と来た。こんな貴重なサンプルは初めてだ、絶対治してみせるからな!」


 その目はギラ付き両口端は吊り上がり、まさに正気では無いような光景だがその計六本になる手群は冷静に患部を扱い修復を続ける。

 集中力は凄まじく、既に目を覚ました彼女が目に入ったのは数分後だった。


「ん…?あぁ、意識が覚醒してしまったか。しかしもうすぐ終わる…あ、痛かったら言ってね」


「ゲ…ゲヒュッ…!ガヒュッ!」


 鈍くとも痛覚がある彼女は辛うじて動く左前腕を使い、血に濡れた手術台をノックするように動かし、スピーチバルブを通して喘ぎ訴える。


「痛い?しょうがないなぁ…麻酔打つってば。もう…特別製だからお高く付くよ、これ。はい10万~」


 必死の訴えに手術の邪魔になりそうだと思った女は不服そうな顔をしながら、台の高さ程度の小さな白い丸机に置かれた麻酔注射を使い彼女の左腕に薬を注入した。


「じゃあまた後でね」


 左腕の違和感が全身に広がり、瞼が重くなるのを感じた彼女はそれに身を任せて再度意識を手放した。

 再びブツブツと独り言となり垂れ流される言葉の源泉は、手術が終わるまで途切れることはなかった。



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「グッ…!?あぁ痛ッたアァい!」


 全身に満遍なく広がる針で刺した痛みを感じた彼女は、起き抜けの伸びも無く素早く上体を起こして一言叫んだ。


「うるっさいなぁ?!」


 隣に付き添っていた白衣の女はその声に驚いた様で、椅子の背もたれによさり掛かって寝ていたところを叩き起こされた。

 突如の覚醒に伴い彼女の脊髄から神経に繋げた四手のアームが、ガチャガチャとエラーを吐いたかの様に支離滅裂に動き出す。

 女は自身に絞殺される前に急いで暴走を止め、制御しながらベッドの上の彼女に向かって怒鳴った。


「ア、アンタ!麻酔無しって何考えてんのよ!」


 彼女からしてみては先程の出来事の様で、あの時言いたかったことを開口一番に目の前の女に突きつけた。

 それに対しての返答はあっけらかんとした表情で、病室に静寂が訪れる。


「はぁ?まず感謝よ感謝。信じられない…一に感謝で二に謝礼、常識が無い感じ?」


「患者に麻酔使わず手術する奴に常識に関してトヤカク言われたくないわよ!」


「君こそ痛みぐらい無視すれば良いじゃないか。そうすれば節約に」


 文句のぶつかり合いの末、ベッドの先のスライドドアがガラッと開け放たれ誰かが入ってくる。


「元気そうで何よりだ」


 開口一番そう放ったのは、緑のベレー帽に同色の制服、多色なバッジを大きく隆起した胸の左に沿う様に貼り付け、白髪を肩の位置でショートにした女性であった。


「ゲッ…ユピ軍隊長」


 整然とした所作が際立つ女性を見て、白衣の女は嫌そうに顔を引き攣らせた。


「はぁ、アスクレー…お前という奴は相も変わらず愛想を知らんな。帝国育ちの新兵共は私を見たら必ずニコッと一つ笑顔をくれるぞ。それに貧民や富裕層なんかもだな、とにかく素晴らしい!」


 そんな光景を瞼裏に焼き付けているのか、彼女は目を閉じ頬を赤らめながら自国の素晴らしさを悠々と語る。


「あはぁ、そりゃ帝国育ちだからでしょうなぁ…。それよりユピ軍た…あぁ長ったらしい…やれユピや、今回の治療額はどのくらいなの?」


「ここではユピ”軍隊長”と呼べと何度言ったら…。そうだな…ざっと3億5000万。その分しっかりと仕事をしてもらうぞ。そうだな折角だし何か名前を付けた方が……」


「…あ、え……嘘よね」


 突如耳に入るあの街ムーンアンドサンでも中々聞かない単位に、エリスは唖然とし縋るようにしてユピとアスクレーを交互に見る。


「ん?あぁ、確かに間違ってた。おほん、3億5002万だ、訂正ありがとう」


 彼女は左手を前にしながら咳払いをし訂正を行うも、その膨大な金額が減ることは無く、むしろ絶妙に上がってしまうのだった。


「ふざ……いで…」


「二万が嫌なら五万にしても良いよ、そっちの方がキリが良い」


 アスクレーはキィと音を立ててベッドの方を向いていた椅子を身体ごとユピに向けて冗談交じりにニヤケて軽口を零す。


「ふざけないで…」


 エリスに対してのコードネームを考える為、ユピは顎に手を当てて呻る。


「そうだな…君はあの砲撃を生き延び、更には腕の良い医者まで当てがってもらった。その上40度以上の高熱を一週間出し続け生還した。うむ、今日からお前はラッキードール幸運兵器と名乗れ」


「ふざけな――」


 エリスがそう言い終わる前にユピは扉横の壁を右の平手で叩いて続ける。


「ふざけてなどいない!そもそもあそこは私有地だ、それに境界線に10m間隔で置いた立て看板に”立ち入り禁止”だとの記入も怠ってはいなかった!こちらとしては帝国憲法範囲外のこの土地で貴様なんぞ無視をし、治療などせずに砂原の只中で乾き息絶え!更に砂に埋もれて人々に忘れ去れるまで放っておいても良かったのだ!」


「………」


 ユピの感情の爆発に呆気にとられるエリス、一方アスクレーはいつものとばかりにやれやれと呆れ顔を浮かべていた。


「おほん、すまない…つい激情に駆られてしまった」


 ユピはまた一つ咳払いをするとエリスに対して謝罪を一報し、口調を抑えてベッドに横たわる彼女の視線に合わせてしゃがみ込んだ。


「この性格を正さないととは思っているんだが如何せん…近日国境戦争が起こりそうだと帝国からの報告もあってな。いきなり怒鳴ってすまなかった。ラッキードールは暗号名コードネームとして使え。さて、あぁ紹介が遅れたな…私はユピ・ヴァンダルシアだ。こっちは――」


「ミルフィーナ・アスクレー。ミルフィーナは僕には似合わないからアスクレーで」


「私は…エ、エリス…オーガス。まだ9割方事態を飲み込めてないけれど、とにかく…んっと、アスクレー?」


「なんだいエリス」


「生かしてくれてありがとう。それとユピ軍隊長、私を救う様指示を出したのはきっと貴女でしょ?ありがとう」


「な、なぜ分かったんだ?」


 ユピは少しだけ声を上擦らせて、前髪を指でクルクルとさせて赤面し斜め下に目を背けた。


「生まれつき他人の表情を読むのは得意なの」


「ははっ、ユピは極端に考えていること感じていることが顔に出やすいからな」


「ま、まぁなんだ…とにかく現状不明な点はこれから知っていくと良い、アスクレーが施したエリスの体についてもな。そして飲み込めないこともゆっくりと磨り潰して飲んでいけ、無理にとは言わないが治療費分は何かしらで働いてもらうからな」


「しょ、精進するわ…」


 後の不安を脳裏に現状を噛み締めながらエリスは重々しく返答をした。

 元々事勿れ主義だった彼女はその後に少しの期待を胸に、病み上がりの身体を休ませるべく、再び眠りに就いたのだった。

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