魔剣使いとかバズるだろ
「ただいま~」
スマホで完了報告を行い、ミツキの家に帰って来た俺。扉を開け、目に飛び込んできたのは――
テーブルの上に正座で座り、左手でシャツをまくって腹部を出しながら、右手で包丁を持つ涙目のミツキの姿だった。
「あ、ハル……古参ファンの癖に復活配信を寝過ごした底なしのバカが死ぬとこみてて……」
「は? おいバカバカバカ!!」
俺は素早くミツキとの距離を詰め、肩をど突いて机の上に押し倒すと、上から覆い被さってミツキの右手から包丁を取り上げる。
「そういうネタにしづらい事すんのやめろマジで!」
「ネ、ネタじゃないもん! 私、本当に申し訳なくて……」
「それで死なれたら俺が困るっつの! 今の俺はお前がいないと生きていけないんだから」
「!!」
「とにかく今からアーカイブ鑑賞会するから、早く気持ち切り替えろよ」
ミツキの傍から離れ、包丁を部屋の奥にあるキッチンに戻しに行く俺。そんな俺の背中をミツキは、満足げに頷きつつ舌なめずりをして見ていた。
◇ ◇ ◇
こうして俺とミツキは、40分ほどある配信のアーカイブを見始めた。
三年ぶりに推しの配信を見られて嬉しいのか、ミツキは俺の隣で絶えず感情を爆発させてウネウネ動いていたが、俺は気にせずに己の立ち回りを評価する。
――ゴブリンの群れとの戦い、アレはダメだな。もっとこう、『新しい魔道具の機能を視聴者と開拓していく』っていう方向性を見せつける戦闘をするべきだった。
しかし、画面に黒いボスオークが出てくるとミツキの様子が一変。一気に静かになり、微動だにせず画面に釘付けになっていた。
――無理もない。推しを殺した敵と似た見た目を持つ魔物だ、そいつを俺がどう切り抜けたか気になって仕方が無いだろう。
そうしてる間にも画面の中の俺は
「ん~!! 私のハル最高! 私の魔道具改造技術の集大成をこうも有効活用してくれるなんて!」
「こんなもんで悶えてちゃ心が持たないぜ。まだ表に出してないModeはいくつもあるし、まだまだ上を目指せる」
「いいねえ……貴女ならそう言ってくれると信じてた。ところで――」
ミツキは眼鏡を掛け、エンジニアモードになる。
「配信の最後に拾い上げたあの魔道具、見せて頂けません?」
「勿論だ」
俺は左の手の平から真っ黒な剣を取り出し、ミツキに渡す。するとミツキは、白衣のポケットから出したカメラレンズ型の魔道具を眼鏡の右レンズに装着する。
「これは……」
マジマジと、無言で見続けるミツキ。そのあまりの気迫に、俺は何も言えずに居た。
それからしばらくして、ミツキはレンズを外してポケットに仕舞うと、首をかしげる。
「……おかしいですね。この魔道具、既存のどの魔道具カテゴリにも属さないという結果が出ました」
「それが妙なのか?」
「ええ。このレンズには10万種以上の魔道具のデータと、数十種の魔道具カテゴリが記録されています。どんな魔道具も、必ずどれかのカテゴリに当てはまるはずなんですが……」
「レンズが、カテゴライズを拒否した?」
溜息をつき、剣を俺に返すミツキ。
「まあ、レンズがこう言ってる以上は私が考えても無駄なことでしょう。一旦この剣のことは後回しにします」
「ところでコレ使ってていいか? 真っ黒い剣って視聴者の厨二心くすぐれるから、めっちゃ配信映えすると思うんだよ」
「……あまり勧めたくないのですが、そう言われたら止められませんね。明日からは配信中にリアルタイムで身体状態を監視しますので、安心して使ってください」
「分かった! 助かるぜミツキ!」
「いえいえ、お構いなく」
そう言ってミツキは眼鏡を外してポケットに入れ、代わりに自動車のキーとぜんそく薬らしきパイプを取り出して握り込む。
「もっと色々話してたい所だけど、私これから修理した魔道具を届けに行かないといけないんだよね」
「配達もやってるんだな」
「お客への親切心が売上に繋がるのは、配信者も同じでしょ? そういう訳だから、昼飯は冷蔵庫にあるジャージャー麺を食べてね。あと、疲れを
「うお、気遣いすげえな。ありがとう!」
ミツキは笑顔で俺に手を振りながら、玄関のドアを開けて外に出た。
そして一人になった俺はジャケットを脱ぎ捨て、床に座布団を敷いてそれを背に寝転んだ。
「……疲れた」
最終的な配信の同時接続視聴者数は、7000人となっていた。そんな大人数の前でしゃべったり動いたりするともなれば、精神的な疲れは相当な物だ。
――大物配信者は、この数を相手に高い頻度で配信をしているのか。凄まじいバイタリティだなと、尊敬せざるを得ない。
「明日も配信するって言ったけど……さすがに休むか。明日は一日好きなことをして、次の配信ではしっかり笑えるようにしとかないと」
俺は唸りながら立ち上がり、冷蔵庫からジャージャー麺が入った皿を出してレンジに入れると、風呂場に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
着ていた服を脱いで風呂場に入り、鏡に前に立つ俺。鏡には、理想的なモデル的スタイルを持つ赤髪ショートウルフの少女が映っている。
――この女が俺自身だとは、やはり信じられない。だがこれが魔道具で無い限りは、コイツは間違い無く俺なのだろう。
それから俺はシャワーを浴び、シャンプーやボディソープを使って髪や体を洗ってから浴槽に浸かる。
この体は湯の温かさを感じられるかが不安だったが、いざ入って見ると心地よい温もりに全身が包まれるのを確かに感じられた。
「最ッ高……」
――多くの壁を乗り越えた後の風呂は染みる。前世でも、コレを楽しみに生きてきたまである。
(……そういや俺、配信の中で何度か風呂が好きって言ってたっけな。だからアイツ、風呂を沸かしておいてくれたのか?)
ミツキの有能っぷりに心の中で舌を巻きつつ、俺は持って来たスマートフォンでSNSをチェックする。
すると、午前中は400人程度だったフォロワーが、気がつけば2万人ほどに増えている事に気づく。
――妙だな、と思った。俺はチャンネル登録をしろとは言ったが、SNSのフォローをしてくれとは言ってなかった。
なにより、俺はまだあのSNSアカウントで投稿をしていない。
「……まさか」
俺は次に、動画投稿サイトのアカウントページを開く。そして俺は――
登録者が、5万人から16万人に増えていることに気づく。
「はあ!?」
――おかしい。このバズは
となれば、何故かは知らないが別媒体から大量に流れてきた、と考えるのが無難だ。
「考えられる流入先はまあ……あのスレッドだろうな。そこで俺の話題が出て、興味を持ったスレ民が流れてきたと考えるのが妥当だ」
そこで俺は、ネット掲示板の中で最もアクティブユーザーの多い『冒険者を語るスレ』を覗いてみることに。するとそこには――
予想だにしない形で、確かに俺の話題が出されていたのだった。
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