D級→A級への大躍進!

 こうして外に出た俺は、義体に仕込まれた魔道具の一つである『自動道案内コンパス』を起動し、案内に従って冒険者協会に向かった。


 冒険者協会。中世イギリスの城みたいな建物を全国8箇所に建て、日本国籍こくせきの冒険者約50万人を手分けして管理する組織だ。


 今日も今日とて人でごった返してる冒険者協会の施設に入った俺は、順番待ちをした後に受付嬢に用件を伝える。


「――え、正気ですか?」


 それが、受付嬢の第一声だった。当たり前だが、正気の沙汰ではない。今日に限って言えば、こんな馬鹿げた案件を担当する事になった彼女以上に不憫ふびんな人は居ないだろう。


 そしてミツキに作って貰った身分証を出すと、受付嬢は頭を抱えながらバックヤードに行き、少ししてスーツを着た壮年の男を俺の前に連れてくる。


 ――俺は、その男の顔に見覚えがあった。


「……四ツ木さん?」


 四ツ木ケン。3年前までは毎日窓口に居た人で、よくお世話になった人だ。


 協会の施設内で他の冒険者に心ないことを言われ続けていた俺をなぐさめつつ、年々少なくなりつつあるD級ダンジョンの依頼を、俺のやる気に免じて優先的に回してくれた聖人だ。


 俺が5年間毎日ダンジョン配信をするというイカれた試みは、四ツ木さんの助力あってこそ出来たものだと言える。


「驚いたね。顔を見るなり僕の名前を言えるって事は、君は本当にあの柳葉やなぎばハル君ってワケだ」

「ええ、色々あってこの姿に。しかし、変わったのは俺だけでは無いようで」

「僕はただ平社員から管理職になっただけで、君ほどの変化は遂げちゃいないさ。しかし……」


 四ツ木はあごに手を当て、俺の全身を下から上へじっくりと舐めるように見ていく。


「な、なんです……?」

「その体、さては河野こうのミツキ氏の手で作られた魔道具で構成されてるね?」

「えっ、分かるんですか?」

「伊達に30年も窓口に立って、日に何千何万という魔道具に触れちゃいないよ。それで、実際の所どうなんだい?」


 俺は『協会にそれを知られたらミツキに迷惑が掛かりそう』と思い少し迷うも、上手い言い訳が思いつかなかったため正直に蘇生の経緯を話した。


「ふむ、なるほど。じゃあそんな高い性能を持つ体に生まれ変わった君を、以前と同じD級に置き続けるのは賢くないね。登録情報の変更と並行して、再度テストを行うとしよう」


 驚いて目を丸くする俺。


「え、今の四ツ木さんってそんな権限まで持ってるんです?」

「独断で変える権限はないよ。ただ、僕の記憶が正しければ今日は週に一度の一斉登録会があるはずだから、上に事情を話して合流させて貰えるよう掛け合ってみるよ」


 ――驚きの連続だ。俺としてはD級からちまちまやり直す覚悟があっただけに、こういう機会を貰えるのはとても有り難い。


「ああ待って。つい君の都合を聞くのを忘れちゃったけど、ちなみに今日予定大丈夫?」

「勿論です、是非受けさせて下さい」

「うんうん、相変わらずのやる気たっぷりだ。そこは変わってないようで安心したよ。じゃあちょっと待っててね、急いで準備してくるから」


 急いでその場を離れ、奥のデスクに座って慌ただしく電話やら書類作成やらをし始める四ツ木。


 ――これは良い。首尾良く行って新しいランクを手に入れられれば、変化したのは見た目だけじゃないって事をわかりやすく視聴者に伝えられる。


 俺は小さくガッツポーズをした後、背後にあったソファーに座って四ツ木の帰りを待つことにした。


「……ホント、人に恵まれてるな」


 ふとそう呟いた後、俺はテストに備えて5分間のスリープモードに入るのだった。


 ◇  ◇  ◇


 まず一般人が冒険者になるには、三つのテストを受ける必要がある。その二つとは体力テスト、危機予測テスト、魔力テストだ。


 これらのテストの結果を経て、新人冒険者はE~Aまでのいずれかのランクに配属される。


 冒険者のランク自体はE~SSまであるが、A以降のランクに新人が配属されることはない。なぜならSランク以降のダンジョンは……ゴロゴロ死人が出るからだ。


 それはともかく、Aランクスタートを切る冒険者は毎年数人いて、彼等は将来有望な新人として協会からも配信界隈からも一目買う存在となる。


 ――勿論、俺はA級を目指す。いま人気を博している配信者はみんなA級以上だし、最高ランクを取れないと義体の制作者であるミツキのメンツが潰れるからな。


 そして待つこと10分。戻ってきた四ツ木は、一斉登録会への参加許可が下りた事を嬉々として伝えてきた。


 ――今思ったが、これはバズりのチャンスでは? 大勢の新人が見てる中で成果を出せば、『ヤベー奴が混じってる』って彼等の中で話題になるはず。あわよくばネット掲示板に、その書き込みが載れば……!


 俺は内心ウキウキしながら、四ツ木の後について試験会場に向かった。


 ◇  ◇  ◇


 ……結論から言おう。確実にあの場には、俺をバズに導いてくれる要素はなかった。


 というのも、いざ試験場に着いてみると受験者は俺を除いてたったの5人しかおらず、その5人は全員若い女性だったのだ。


 ――恐らく彼女らは配信者希望だろう。そんな人達が、自分のライバルとなり得る他の試験者の事を自分のSNSで呟こうとは思わないはずだ。


 そんな状況だったんで少し落胆しつつも、俺は試験官の指示に従って試験を進めていった。以下は、テストにおいて叩き出した俺の成績だ。


 危機予測テスト:92点 体力テスト:100点。魔力テスト:95点。


 ――体力テストと魔力テストはまあ置いておくとして、危機予測で高得点を取れたのは嬉しかった。5年間ダンジョンに通い詰めなければ、この数字は出なかっただろうし。後で復習しないと。


 そしてこれだけの好成績を残した事で、俺は予定通りA級冒険者としての認定を貰う事に成功。今は窓口に戻り、四ツ木が情報を更新するまでの時間を使って休憩していた。


「……全力でテストに臨んだからか、全身が悲鳴を上げてるな。まあ無理もねえか、この義体はつい数時間前まで微動だにしない置物だったワケだし……」


 帰宅するまでの余力を確保するべくスリープモードに入ろうとするも、すぐに人の気配が近づいて来るのを感じてプロセスを中断する。


 そして気配のする方向を見ると、そこには白いワンピースに身を包んだ、金長髪の少女がいた。


 ――アイツ、確か試験会場にいた最年少の女の子か。あの場で二番目に高く、三番目を大きく離した好成績を取っていたもんだから、ちょっとだけ印象に残ってる。


 その女性は俺と目が合ったことを悟るや否や俺の傍に駆け寄り、無い胸を上下させながら荒い息を整える。


「あの! 確かテストで一位を取った人ですよね! もしかしてダンジョン配信者になる予定とかあったりします!?」

「ん? 予定ならもちろんあるぞ。もうチャンネルも作ってある」

「そうなんですね! アタシ、新神あらがみマイって言います。体力テストでの貴女の動き、すっごい感動したので! 機会が合えば是非、コラボしましょうね!」

「お、おう」


 マイは深々とお辞儀をし、慌ただしく廊下の向こう側へ走り去って行った。


 ――新人っぽいのに、もうコラボの事考えてるのか。向上心が高いのは嫌いじゃないぞ。


 密かに口角を上げ、俺は改めて5分のスリープモードに入る。


 しかし、この時の俺は知らなかった。この時チラッと顔合わせをしたマイという少女が……


 ――ダンジョン攻略が初心者だっただけの、超大物配信者だと言う事に。

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