バズる服装と有能すぎる助手
ミツキと固い握手を交わした俺はその後、ミツキから一個の紙袋を渡される。
そしてミツキが部屋を出た後で紙袋を逆さにし、ベッドの上に中身を広げる。するとその中にはミツキが選んだであろうコーデ一式が入っていた。
「……ふむ、見た感じクール系か。さすが、センスいいな」
紙袋に入っていたのはカーキ色のジャケットと白のスポーツブラ、デニムの黒ショートパンツに黒ソックス、そして黒キャップの五つだった。
個人的には大満足だ。強いて言えば、全体的に露出度が高いのが気になる所か。
――まあ、お
◇ ◇ ◇
服を着て階段を登った俺の視界には、会社の
赤いカーペットが敷かれた、部屋の中央には大きなダークウッド製のテーブルがあり、部屋の所々には家具やらソファやらが点在している。
そんな部屋の中をミツキは腕を組みながら歩き回っていたが、俺が声を掛け、それに応じて俺の方を振り向くと――
……ミツキは、目を丸くしたまま固まって動かなくなってしまった。
「お、おーい。大丈夫か?」
駆け足で近づき、肩や頭を軽く叩いてもまるで反応がない。本当にこのまま、永遠に固まっていそうだ。
――困ったな。これからどうやって活動を再開していこうか、話し合おうと思ってたのに……あ、良い事思いついた。
俺はミツキの白衣のポケットに優しく手を突っ込み、メガネを取り出してはそっと掛けさせる。するとミツキはハッと我に返り、メガネをくいっと上げて深く息を吐く。
「失礼。貴女の服装があまりにも似合いすぎて、ついフリーズしてしまいました。あのままだと恐らく私は、尊みのあまり呼吸困難で死んでいたでしょう」
――よく見たら耳が青白くなってる。マジで死にかけてんじゃん、情緒どうなってんだ。
「確か、これから話し合いをするんでしたよね。では好きなところに座って下さい、楽な姿勢で構いませんよ」
ミツキはそう言い、テーブルの前に座布団を持ってくると膝を抱えて座った。それに続き、俺もミツキの対面にあぐらを掻いて座る。
「話し合いと言っても、私は配信者の活動方針に口出し出来るほどの知識はありません。しかし貴女には
――妙案って程じゃないが、今後のプランは俺の中で固まってる。ひとまずそれを言って、視聴者目線でのアドバイスを貰おう。
「まず俺は、早く活動に復帰したい。だから既にある物をなるべく再利用して準備を進めていく。だから、配信活動には前まで使ってたアカウントを引き続き使う事にした」
「アカウントを新調して、別名義で活動を開始するという選択肢はないのですね」
「第一に、活動者は属性が多くて話題に事欠かない方が良い。なら3年ぶりにTS義体化して帰って来た配信者、っていう強烈な属性が使えるアカウント流用は率先して取るべき行動と言える」
――前のアカウントを使うだけで付いてくる属性だ、簡単に手に入られる物は活用するに限る。
「なるほど、良い作戦ですね」
「だろ? まあ、さすがにSNSアカウントは消して新しいのを作るがな。昔の問題発言を掘り起こされて、炎上しちまったら世話ないし」
「そう言うと思って、既に新しいのを作っておきましたよ。後でアイコン画とヘッダー画を撮影しましょうね」
自慢げに口角を上げてこちらをじっと見つめるミツキ。
――仕事が早いな。長年活動を追ってきたファンとして、俺の思考はある程度予測できるってわけか。有り難い限りだ。
「助かるぜ。これで一応、配信
「……冒険者資格の引き継ぎですか」
「その通り。ネットには今の俺と前の俺が同一だって事を示す証拠がある一方、現実にそれはない。かといって別人として再度登録に向かうのは――」
「というより、今のハルさんには戸籍がないので新規入会の手続きはできませんね」
「だよなあ」
「――ですがそれなら、既存の戸籍を持ってくれば良いだけの話です」
ミツキは机の下から1枚の封筒を取り出し、中にあったマイナンバーカードと保険資格確認書を机の上に置く。
「……嘘だろ?」
「最近とある訳ありベテラン
「いやいや! これ大問題だろ! 本人の確認なしに公的書類を偽造するって……」
「ですね。なので私は、この件で彼に返しても返しきれない大きな借りを作った事になります。ああ恐ろしい、これから私は何をさせられるんでしょうね」
そう言うと、ミツキは肘を抱えて短く体を震わせる。
――これが、東京一の魔道具エンジニアが持つコネか……恐ろしくも頼もしいファンを持ったようだな、俺は。
「ともかく、この身分証を持って冒険者協会に行けば登録情報の変更が出来るはずです。まあ窓口でめっちゃ怪しまれそうですが、そこはアドリブで突破して頂けると」
「あ、ありがとう。じゃあ、早速行ってくる」
俺は机に手を突いて立ち上がり、玄関に向かう。すると、ミツキも立ち上がってメガネを外す。
「待って、その前に一つ」
「?」
「もし再登録の時に実力を試すって言われて、もう一度登録テストをする流れになっても臆せずそれに臨んで欲しい。義体に搭載された魔術兵装の使い方は、貴女の体がバッチリ覚えてるから」
「……つまり、戦闘する時は体が勝手に動くのか」
「違うよ。必要な時に必要な兵装の情報がロードされるだけで、実際に体を動かすのは貴女自身で出来るの」
「おお、それは良かった。自動戦闘じゃ、バズりを意識した立ち回りなんかできないからな」
深呼吸をするミツキ。胸の前でギュッと手を握り、真っ直ぐな目でこちらを見る。
「あと、これだけは忘れないで欲しい。貴女はこれからドンドン成り上がっていくだろうけど、それは私のお陰じゃなくて、貴女が地道に積み上げてきた経験のお陰だって事を」
「!」
「他人に何を言われても胸を張り続けて。私は何度でも、いつまでも、貴女の実力を保証し続けるから」
俺はつい驚くあまり目を丸くするが、すぐに微笑んで振り返り、ミツキの頭をなでて見せる。
「ありがとうな。お前みたいなファンを持てて、俺は幸せ者だ」
「っ~~~~!!」
顔を真っ赤にし、口を結んで唸りながらフリーズするミツキ。このままじゃまた窒息すると考えた俺は、ミツキにメガネを掛けさせてから靴を履いてドアの取っ手に手を掛ける。
――さあ踏み出そう、俺! 日本を、世界を驚かせる偉大な一歩を!
そう心の中で呟きながら、ドアを開けて外に出るのだった。
一方、見送りを終えたミツキは床に力なく座り込み、大きく息を吐く。
「……い、言えた。ずっと言いたかった言葉、言えなかったことを3年もの間悔い続けた言葉。やっと、やっと胸の支えが降りたよ、ハル……」
ミツキはそう呟き、一粒の涙を流すのだった。
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