宿にて(1)

 どうにかこうにか宿の部屋まで辿り着いた俺は、改めて奴隷魔法の解除法が書かれた紙を見返した。


「これ、本当にやるのかよ……」


 正直、思春期男子の俺が行うのは、かなり(いろんな意味で)難易度の高い解除方法だった。


 解除方法は、ざっくり説明すると、少女の背中と腹部に描かれた魔法陣に直接触れて呪文を唱える、というもので、買い手の俺がやらないと効果がないらしい。

 せめて、宿の女性に補助を頼めれば良かったのだが、残念ながら、現在、宿に手の空いている女性はいないそうだ。


「暫く様子を見てから、とも考えたけど……」


 ご丁寧に、一定の時間が経過すると解除が出来なくなる、時間制限(タイムリミット)まであるようで。


「俺が、一人でやるしかないみたいだな(それと、ここまで長々と言い訳を聞かせてしまって、申し訳ないです)」


 俺は、呟くと、少女を椅子に座らせた。


「今から奴隷魔法を解除するけど……危ないから、出来るだけ、じっとしていて欲しい……」

「ファ、ファヒ」(意訳:は、はい)


 俺は覚悟を決めると、両手で自分の顔をパンパンと叩いて気合を入れた。


 さて、少女は現在、両手を手枷で拘束されている状態だ。なので、自分から背中とお腹を出すというのは……まあ、無理だろう。

 そして少女が来ている貫頭衣は、上下が分かれておらず、側面に隙間もない。

 要は、ワンピースのような構造になっている訳だが、そのせいでトップスだけ上に捲って背中とお腹を出すといった事も出来ない。

 普通サイズの人間であれば、刃物で切るなり、ビリビリに破くなり、といった選択肢もあるのだろうが、今の俺には、到底、無理な話。


「……では、どうするか?」


 下から……は、どう考えてもコンプライアンス的にアウトなので、必然、服の首元から背中に侵入する事になる。


「ごめんね。ちょっとくすぐったいと思うけど、我慢してね」


 首元から背骨のラインに沿って服の中に入っていく。

 幸い、服の布地は薄く、ゆったりとしたサイズ感だった為、服の中が少女の体温で蒸し風呂状態になっているとか、窮屈で奥へ進めないといった事はなかった。

 また、少々薄暗くはあるが、外からある程度光も入ってくるし、背中の羽も光っているので、解除を行うのに支障はなさそうだ。


「しかし……」


 少女の香りと、得も言われぬ背徳感で、頭がクラクラしてくる。


「元の世界に戻れたら、一度、山奥の寺で座禅を組もう。そして滝に打たれよう……」


 俺は心の中で、煩悩退散、と唱え続けた。

 そして、どうにかこうにか、背中の魔法陣まで辿り着くと、


「背中というか、ほぼ尻だよな……」


 魔法陣は、尾てい骨の位置に描かれていた。

 思春期の脳味噌が、頼んでもいないのに、ピンクな妄想を始める。

 ここが寺だったら、和尚に警策でシバき倒されていた事だろう。

 俺は、頭をブンブンと振って、魔法陣にそっと手で触れた。


「ヒグッ……ウグッ……」


 少女が声にならない声をあげる。


 ごめんね。くすぐったいよね。


 一応、奴隷魔法の正体を確認する為に、魔法陣の形を確認しようか、とも思ったが(FTOでは魔法によって魔法陣の形が異なる)少女の事を考えると、先を急いだ方が良さそうだ。

 俺は、そそくさと手順をこなすと、続いて腹部にある魔法陣の解除へと向かった。

 向かいながら、貫頭衣を下から捲り上げた方が早かったのでは、なんて思ったりもしたが……まあ、今更である。


「あと少しだからね!」


 俺は、少女に呼び掛けながら、わき腹を回り込むように移動した。

 一応、気を付けたつもりだが、多分、相当くすぐったかったと思う。

 それでも、少女は声をあげずに頑張ってくれた。


 その頑張りに報いる為にも、とっとと解除を終わらせなければ!


 俺は、両手をギュッと握りしめると、前を向いた。

 そして今、俺の目の前には……少女のへそがある。

 魔法陣は、へそとパンツの間にあった。


「また、よりにもよって……」


 出来るだけ余計な事は考えないように、


「考えるな、感じ……ても駄目か?」


 作業だと割り切って、再び、解除の手順を踏む。

 魔法陣は、一瞬、眩い光を放つと、


「とりあえずは、これで終了、と……」


 跡形もなく、消滅した。

 同時に、ガシャンッと拘束具の外れる音がする。


「ふう……」


 俺は、大きく伸びをすると、安堵の息を吐いた。

 ちなみに、俺が安堵した理由だが、無事に奴隷魔法の解除が済んだ……以外に、もう一つ。

 少女の体に、目立った傷や痣が付いていなかったのだ。

 どうやら奴隷商人から、“そういった事”はされなかったらしい。


「ふう……」

 

 もう一度、安堵の息が吐き、額の汗を拭う。

 そして、ふと何の気なしに上を見る。

 見上げると、


「あれって、もしかしなくても……」


 そこには巨大な双子の山があった。

 ちなみにノーブラだった。


 ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!


 完全に不意打ちだった!

 最後の最後にとんでもないトラップが待ち構えていやがった!


「……って、あれ? 血が?」


 さて、漫画やラノベだと、興奮して鼻血が出るという描写が散見されるが、実際に興奮して鼻血が出たという経験をした読者の方は少ないと思う。俺もそうだった。

 だがこの時は違った。脳の血液が激しく沸騰する感覚。鼻の奥がやたらめったらムズムズする感覚。

 そういえばFTOにも、キャラクターが興奮して鼻血を出す、というお色気イベントがあったが、この世界ではそれが普通なのだろうか?


 ブッファアアアア! (鼻血が噴き出る音)


 まあ、ともかくだ。俺は、鼻の穴から全身の血という血を吹き出して、その場で意識を失った。

 まさか少女の服の中で息絶える事になるなんて、末代までの恥だ。

 ここが異世界で、知り合いがいないのが、せめてもの救いだろう……(完)。

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