灯のともる家、灯のともらない家
櫻澤宙大
第1章 ヨーロッパまでの道のり
1915年、静岡県の富士市の外れにある小さな集落で生まれた。この集落は皆が茶を育て生業としていた。茶畑の匂いは、彼にとって幼少期のすべてであった。その匂いを、戦場で思い出すことになるとは、まだ知る由もなかった。この地域全体の識字率は95%、幕末初期に生まれた人以外は、識字できるという当時の日本の教育水準がうかがえる数字だ。そんな集落で生まれ育った黒田は富士市立富士川尋常小学校に入学した。この尋常小学校で黒田はいろいろなことを学んだ。しかし、静岡市中心部の小学校に比べると、お世辞にも教育水準が良いとは言い難かった。校舎は、隙間風が吹き、教師に至っては授業中にタバコを吸う始末だ。そんなとき黒田は思った、「落ちたらノートが黒こげになってしまうではないか」と。そんな環境でも黒田は、夢の、陸軍幼年学校——このころの陸軍幼年学校はいわゆる出世ルートの1つで、運が良ければ、大臣クラスまで出世できた——に入学した。入学当初の彼の成績をお伝えしよう。最下位だ。しかし彼はここを出ようとは思ってすらいなかった。むしろ、これを糧に頑張る気満々だった。そうして彼は昼夜努力を続けた。そのかいあってか悪いほうの張り紙から、黒田の名前が消えたまるで、曇天から少し太陽が見えたようだった。またその次のテストではいいほうの張り紙に名前が載り、天気が改正になったような喜びを彼は味わった、ここあたりから「六法」の頭角を現し始めてきた。しかし、彼は2位のまま卒業。首位は入学時から誰も譲らなかったのはある人がとっていたからだ。そのとある人とは、皇族の白川院
そんな白川院殿下とともに陸軍士官学校に入学した黒田だったがここであることに驚く、なんと富士川尋常小学校の面子が二人もいるではないか。本人たち曰く適当に陸軍士官学校を志望し、試験を受けたら受かったそうだ——この時の陸軍士官学校は学科では灘高校相当、運動面では大学になってしまうが防衛医科大学校相当だった。——。天才おそろしや。
さてそんなこんなで皇族の白川院殿下と仲良くなった黒田は、たまに外出届を出して殿下と東京をぶらぶらするようになった。もちろん後ろからは近衛兵がちらちら覗いてくるので威圧感は半端なかったが。だってガタイのいいおっさんがこっちをにらんでくるんだぜ、怖いに決まってるだろ。そんな感じで陸軍士官学校を卒業した二人は同じ第三師団に配属された。殿下は連隊旗手、黒田は小隊長としてだ。二人は緊張して最初は仕事を間違えてしまうこともあったが数か月たてば「私5年前からここで勤務してましたよ」みたいな顔をしながら働くので周りはさぞかし驚いただろう。各々の仕事を全うしていた12月二人に驚きの知らせが入る。それは、海外派遣の推薦だった。欧米を視察し、各国の軍隊の規律や技術を取り入れた後、東南アジアの植民地を視察するそうだ。無名の小隊長の黒田がなぜ選ばれたのだろう。それは、殿下の推薦があったからだ。殿下とよく東京でぶらぶらして近衛兵ににらまれた甲斐があったと思った人生初の瞬間である。今後たぶんこんな瞬間が訪れないと思うが……。というか願いたい。ここで初めて知ったことなのだが、訪問先のドイツで向こうの青年将校と会談するらしい。
出発当日、殿下と黒田は、まるで二人で戦地に出征するかのような勢いで送り出された。まずは、横浜港まで汽車で行かなければならない。幸い、第三師団司令部があるのは名古屋だ。名古屋から横浜までなら、半日程度で行くことができる。さて、名古屋駅で駅弁を買おうとしたところ、殿下が駅弁は買うなと言った。何故かと気になっていたところ殿下が三段の重箱を差し出してきた。こんなたいそうなもの受け取れないというと、悲しそうだったので、しぶしぶもらったが恐れ多くてとても食べられたものではない。まあ食べないとげっそりしてしまうので食べるしか選択肢はないが。あと後で近衛兵のおっちゃんに詰められそうだからありがたく食べることにする。名古屋駅の3番乗り場で汽車を待っていると、なぜか女が近づいてくる。まあそれもそのはず、好青年、しかも帝国陸軍の幹部だ。寄ってこない女は、相当なもの好きだろう——このご時世にこんなこと言っちゃだめですよね。すいません——10分くらい待っていると遠くから汽笛が聞こえた。僕たちが乗る列車だろうか?殿下は何やら本くらいの大きさの少し厚いものを取り出していた。それは何かと殿下に伺ったところ、こう答えられた「これは時刻表です。列車の時刻が書いてあるんです。」と殿下にその時刻表やらを見せてもらったがさっぱり何もわかんなかった。そんなことをしているうちに汽車が乗り場に滑り込むように到着した。殿下曰く来たのは新型機関車Ⅾ51牽引の特別急行列車らしい。殿下は大興奮していたが正直何がいいのかはさっぱりわからない。乗り込んだ後自分は寝てしまった。目を覚ますと、殿下はお弁当箱を出していた。腕時計で時刻を確認するともう十二時三十七分だった。そしてその時、お腹が鳴った。殿下からいただいた弁当箱を開ける。名古屋を十時にでて今は豊橋らへんだ。この調子だと横浜につくのは二十時くらいになるだろう。夜ご飯の分も入っていると殿下が伝えてくれたので、下2段は残しておく。一番上の段を開けようとした時、汽車が大きく揺れた。幸い弁当はこぼれなかったが、お茶がこぼれてしまった。幸い床に少しこぼれただけだったので、雑巾をもらって吹こうとしたところ添乗員さんが拭いてくれた。お礼を言い再びご飯を食べ始める。殿下との会話も弾み、外の景色を見ていて、そろそろ静岡につこうとしていたその時、何やら見たことのある影がある。よく見てみるとその人影は、陸軍士官学校の同期、石山と田代ではないか、彼らこそがなんとなく陸軍士官学校を受験したら受かってしまった張本人である。横浜では、冷たい緑茶と弁当の販売が行われていた、自分たちは竹の水筒にお茶を入れてもらい、それが終わり数分したころ、汽車も弁当を食べたのか力強い汽笛を鳴らし静岡駅を旅立った。横浜までは特に目立った出来事はなかった。横浜につこうとした時、彼らは荷物の整理をしていた。しかし、田代だけが準備をしていなかった。何故なら彼の荷物は背嚢1つと仕事用のカバンだけだったからだ。黒田は言った「お前着くまでに、1か月は余裕でかかるぞ」と、しかし田代は慌てなかった。冷静に「軍服と書類があればなんとかなるさ」といった。どんだけ抜けてるんだこいつは。すぐに横浜駅に着いたがここでは降りない。何故なら横浜港駅があるからだ。5分くらいで横浜港駅に到着し、ふ頭に停泊している船を見上げた。田代が言った「これ分解したら一体いくらになるんでしょうね。」と、黒田は「殿下の御前でそんなこというな」と焦っていたが殿下は、「はは、そうだな。一生遊んで暮らせるんじゃないか。」とたのしそうに言ってい。随分と世俗的な皇族もいるものだ。会話をしているうちに、出国検査場に到着した。ここで旅券と書類を見せ、出国許可をもらう。
船に乗り込み、石山と田代はウェルカムパーティーに出席していた。会場では、バンドの生演奏が響き、銀のトレイに乗せられたウェルカムドリンクが次々と運ばれてくる。ラインナップは、子供向けの梅シロップ水、ちょっと洒落ているジンジャーエール、定番のレモネード、ビール、葡萄酒、そして……「日本の誇り、静岡煎茶!」と紹介しやがった。いやほんとにそう紹介したのだ。思わず笑いそうになったが、当の田代は真顔で煎茶を選び、ポケットから羊羹を出して「やっぱこれだよな」と一人で満足している。石山は苦笑しつつレモネードを手に取った。一方殿下と黒田はどうしていたのだろうか。黒田はベットに横たわり、青白い顔をしながらうめき声をあげている。殿下は、おかゆの塩加減に苦労している——筆者は、おかゆは中国式派なのだが、中国式はしょうゆを少し垂らすだけで味が決まるのでそんなに塩加減に神経を使う必要はない。……教えてあげたいくらいだ——。
黒田が殿下に聞こえるかどうかの小さなかすれ声で言った。「殿下、申し訳ないです。」と。殿下はちゃんと聞いていた。「大丈夫だ。兵隊は相互扶助が基本だろ?」と言って茶化してくれた。ここで、ドアがノックされる。「ウェルカムドリンクをお持ちでないお客様はいらっしゃいませんか?」殿下はすぐに火を止め、ドアのほうに行く。ドアを開け、緑茶を2つもらえるかなといっていた。黒田は、吐き気がより一層強まった気がした。殿下が、黒田に「ほら、たぶん故郷のお茶だ。確か……産地は富士川だと言っていたな。」。その一言で、黒田の胃は決壊した。桶にキラキラをぶちまけていた。黒田が口を漱いだ後、殿下は心配そうに「大きな波でも来たか?」と心配してくれたが黒田は「違います。故郷の匂いを思い出して、吐き気が増しているんです。」と。殿下は一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、苦笑してこう言った。「なるほど、やっぱり兵隊は故郷に弱いな」。天然の慰めなのか、それとも茶化したのか。黒田には判断がつかなかった。
そこから1,2日が経ち、船は最初の寄港地・釜山に到着した。1日だけ停泊するそうで、石山と田代は「せっかくだから」と観光に出ることになった。
一方、殿下と黒田は船に残ることになった。理由は単純である。黒田はまだ胃が本調子ではなく、甲板に立つだけで波と自分の鼓動の区別がつかなくなる有様だった。殿下はそんな黒田を放っておけず、「まあ、観光なんてどこでもできるが、黒田をいじるのはここでしかできんからな」とわけのわからない理屈をつけて付き添いを決めたのだ。
石山と田代は、釜山の市場や街を散策してはしゃぎ、屋台で串焼きやトッポッキを頬張りながら「これ、うまいな」「羊羹に合うかも」と勝手に評価していた。
その頃、船の客室では、殿下が再びおかゆに挑戦していた。黒田はその湯気を見ただけで、再び桶を引き寄せるのであった。
そんな彼らを知る由もない二人は、屋台で何か留守番組に買ってあげようぜという話になり、石山は海苔など、比較的胃にやさしいものを選んでいた。一方田代は、瓶入りの粉末唐辛子を見た瞬間、かごに放り込んでいた。そして会計を済ませ戻ってきた二人。二人が帰ってきた後、殿下は、日本式のおかゆではなく、中国式のおかゆを作っていた。厨房でご飯をもらって、おかゆを作っているのだが、厨房の人に、中国式のほうが簡単だよと言われ作ってみることにしたのだ。ちょうど、石山が買ってきてくれた、海苔があるではないか。それを使い完成した殿下お手製の中国式おかゆ。そのお味は……。黒田が涙ぐむほどのおいしさだったようだ。横にはよりにもよって緑茶だ。それを見た瞬間、おかゆが胃液とともに上がってきていた。黒田は何とか耐えながらおかゆを完食し、緑茶で流し込んだ。そこからは1週間くらい海の上を漂い次の寄港地インド・ボンベイに到着した。港には白い石造りの建物が立ち並び、ヨーロッパ風のアーチ門の向こうには、インド独特の雑踏と喧騒が広がっていた。
石山と田代は、当然のように「上陸!」と飛び出していく。
港を出た瞬間、牛がのそのそと道を横切っていき、田代が呟いた。
「……軍馬より落ち着いてるな、あれ。」「いや、落ち着きすぎて撃っても動かなそうだな。」と石山。市場を歩けばスパイスの香りがむせ返るほど漂い、屋台では色鮮やかなカレーや揚げパンが並んでいる。「殿下たちにお土産買って帰ろうぜ!」と田代。
田代が、スパイスを手に取ると石山は横に首を振る。「黒田の胃に、これをぶち込む気か?」
結局、田代は瓶詰めのマンゴーチャツネを買い、石山はなぜかインド紅茶の茶葉を選んだ。
——ちなみに、港近くのレストランでのパーティーではウェルカムティーが出された。紹介の言葉はこうだ。「インドの誇り、アッサムティー!」……あれ、この前も聞いたなこれ。――思わず石山が吹き出しそうになったが、田代は真剣な顔で「羊羹に合うかな」と茶を啜っていた。一方その頃、船に残っていた殿下と黒田。殿下が船室に戻ると、黒田はベッドに横になりながら呻いていた。
「……殿下、インド、カレーの匂いが……港まで漂ってきてます……」殿下は笑って肩を叩いた。「大丈夫だ。おかゆにカレー粉を入れれば、なんとかなるだろう!」黒田は再び桶を抱え込んだ。
インド・ボンベイでの寄港は、喧騒と香辛料の香りに満ちていた。
石山と田代は市場で珍しい果物やスパイスを買い込み、船に戻るとすぐに披露会が始まった。
「殿下、これはマンゴーチャツネです!」
「……甘いのか辛いのか、どっちなんだ?」と殿下は眉をひそめる。
黒田は香りだけで顔を青ざめ、デッキに避難していった。
——その後、鎌倉丸はアラビア海を越え、紅海を抜け、ついに地中海へ。
青く輝く水面、乾いた風、そして遠くに見える異国の町並み。
船員たちも「ここからはヨーロッパだ」と声を弾ませていた。
甲板に立った黒田は、思わず「……美しい」と呟いた。
だがその横で、田代が紅茶を差し出し「煎茶ばかりじゃ飽きるだろ、インド土産だ」と笑う。
黒田は唇を震わせ、再び桶を手に取ったと思ったら殿下のカバンを持っていて、慌てて桶に切り替えた。
やがて船はジブラルタルを目指し、地中海の中央を進んでいく。
その先にあるのは、霧のロンドン、そして会談の地ミュンヘン。
未知なるヨーロッパが、彼らの目の前に広がろうとしていた。
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