第12話 彼女が世界を壊すまで


 詩織は屋敷で、静かな日々を過ごしていた。

 記憶を取り戻してから、一週間。

 家族との関係も、少しずつ修復されていた。

 だが──

 詩織は気づいていた。

 何かが、変わった。

 自分の中で。


 ある夜、詩織は鏡の前に立っていた。

 映っているのは──自分。

 だが、どこか違和感がある。

 詩織は鏡に手を伸ばした。

 触れる。

 冷たい。

 そのとき──

 鏡の中の自分が、微笑んだ。

 詩織は微笑んでいないのに。

 詩織は息を呑んだ。

「あなたは──」

 鏡の中の自分が、答えた。

「私は、あなたよ」


 詩織は後ずさった。

 だが、鏡の中の自分は動かない。

 ただ、微笑んでいる。

 冷たい、鋭い笑み。

「あなたは──過去の私?」

 詩織は尋ねた。

 鏡の中の自分が頷いた。

「そう。冷酷だった、あなた」

 詩織は拳を握った。

「あなたは、もういない。私は変わったわ」

「本当に?」

 鏡の中の自分が笑った。

「あなたは、優しくなったつもり。でも──心の奥底では、まだ私がいる」

 詩織は何も言えなかった。

 鏡の中の自分が続けた。

「あなたは、記憶を取り戻した。過去の罪も、憎しみも、全部。それなのに──本当に、優しくいられる?」


 詩織は目を閉じた。

 深呼吸をする。

 そして、目を開けた。

「いられるわ」

 詩織は鏡を見つめた。

「私は、選ぶの。優しい自分でいることを」

 鏡の中の自分が首を傾げた。

「それは──抑圧よ。本当の自分を、封じ込めること」

「違う」

 詩織は強く言った。

「これは、選択。私が、自分で選ぶの」

 鏡の中の自分が消えた。

 詩織は一人、鏡の前に立っていた。


 翌日、詩織は家族に提案した。

「もう一度、誕生日パーティをしたいの」

 父が驚いた顔をした。

「今さら?もう11月だぞ」

「いいの」

 詩織は微笑んだ。

「やり直したいの。今度こそ、本当の意味で祝いたい」

 梨花が頷いた。

「いいね、お姉ちゃん」

 母も微笑んだ。

「そうね。やりましょう」


 11月5日。

 詩織の、やり直しの誕生日パーティ。

 会場には、家族と親しい人たちが集まった。

 柊、瑠奈、そして──神崎も来ていた。

 詩織は彼らを温かく迎えた。

「来てくれて、ありがとう」

 柊が微笑んだ。

「久しぶりだな、詩織」

 瑠奈が詩織を抱きしめた。

「詩織、元気そうで良かった」

 神崎が一礼した。

「お嬢様、お招きいただき光栄です」

 詩織は微笑んだ。

「みんな、ありがとう」


 パーティが始まった。

 乾杯の時間。

 詩織はシャンパンを手に取った。

 匂いを嗅ぐ。

 普通だ。

 詩織は周囲を見回した。

 みんな、笑顔だ。

 誰も、私を殺そうとしていない。

 詩織は安心した。

 そして──

 グラスを掲げた。

「みなさん、今日は来てくれて本当にありがとう」

 詩織は言った。

「私は、過去に多くの過ちを犯しました。でも、みなさんに支えられて、ここまで来ることができました」

 詩織は涙を流した。

「本当に、ありがとう」

 拍手が起こった。

 温かい、拍手。


 パーティは、穏やかに進んだ。

 食事、歓談、笑い声。

 全てが、幸せだった。

 詩織は窓辺に立ち、外を見た。

 月が美しい。

 そのとき──

 違和感。

 詩織は自分の影を見た。

 月明かりに照らされた、自分の影。

 だが──

 影が、二つある。

 詩織は息を呑んだ。

 一つは、普通の影。

 もう一つは──

 人の形をしているが、どこか歪んでいる。

 詩織は影を見つめた。

 歪んだ影が──動いた。

 詩織が動いていないのに。


 詩織は振り返った。

 だが、誰もいない。

 会場では、みんなが楽しそうに話している。

 詩織は再び窓を見た。

 影は──元に戻っていた。

 一つだけ。

 詩織は首を振った。

 気のせい。

 疲れているんだわ。


 パーティが終わった。

 詩織は自分の部屋に戻った。

 ベッドに座り、深呼吸をする。

 今日は──

 誰も私を殺さなかった。

 ループは、本当に終わったんだ。

 詩織は微笑んだ。

 そして、横になった。

 目を閉じる。


 夢の中。

 詩織は白い空間にいた。

 そこに──

 もう一人の詩織がいた。

 冷たい目をした、詩織。

「あなたは──」

 詩織は言った。

「まだ、いるのね」

 もう一人の詩織が微笑んだ。

「当然よ。私は、あなたの一部だもの」

 詩織は首を横に振った。

「違う。あなたは、過去の私。もう、いないはずよ」

「いないはず?」

 もう一人の詩織が笑った。

「でも、私はここにいる。あなたの心の中に」

 詩織は拳を握った。

「消えて」

「消えない」

 もう一人の詩織が近づいてくる。

「あなたが、記憶を取り戻した時点で──私は、復活したの」

 詩織は後ずさった。

 もう一人の詩織が囁いた。

「あなたは、優しくなったつもり。でも、心の奥では──まだ憎しみがある」

「違う!」

 詩織は叫んだ。

「私は、変わったわ!」

「本当に?」

 もう一人の詩織が詩織の耳元で囁いた。

「なら、試してみましょう」


 詩織は目を覚ました。

 飛び起きる。

 呼吸が荒い。

 夢?

 詩織は窓を見た。

 朝日が差し込んでいる。

 詩織は立ち上がった。

 鏡を見る。

 映っているのは──

 疲れた顔の女性。

 だが、目には──

 光がある。

 詩織は微笑んだ。

「大丈夫」

 彼女は呟いた。

「私は、大丈夫」


 一週間後。

 詩織は決断した。

「屋敷を、出ます」

 家族が驚いた。

「詩織、どこへ行くんだ?」

 父が尋ねた。

 詩織は微笑んだ。

「新しい場所で、新しい人生を始めます」

 母が涙を流した。

「詩織──」

「大丈夫です、お母様」

 詩織は母を抱きしめた。

「いつでも、戻ってきます。でも、今は──自分の道を歩きたいんです」

 梨花が詩織の手を握った。

「お姉ちゃん、寂しくなるよ」

 詩織は梨花の頭を撫でた。

「私も。でも、これが必要なの」


 詩織は小さな町に移り住んだ。

 海辺の、静かな町。

 小さなアパートを借りた。

 詩織は新しい名前を使った。

「白石詩織」

 氷室ではなく、白石。

 新しい自分として、生きることにした。


 詩織はカフェで働き始めた。

 普通の、平凡な生活。

 だが、詩織にとっては──

 それが、幸せだった。

 客に笑顔で接する。

 コーヒーを淹れる。

 皿を洗う。

 全てが、新鮮だった。


 ある日、詩織の元に手紙が届いた。

 差出人は──不明。

 詩織は手紙を開いた。

 そこには、一行だけ書かれていた。

「あなたを殺した者より」

 詩織は息を呑んだ。

 手紙を握りしめる。

 手が、震えた。

 詩織は窓の外を見た。

 誰かが、見ている気がした。

 だが、誰もいない。


 詩織は手紙を机の上に置いた。

 そして──

 微笑んだ。

 冷たい、鋭い笑み。

「また、始まるのね」

 詩織は呟いた。

 彼女の目には──

 光と、闇が混ざっていた。

 優しい詩織と、冷酷な詩織。

 二つが、共存している。


 夜。

 詩織は鏡の前に立った。

 映っているのは──

 自分。

 だが、影が二つある。

 一つは、優しい詩織の影。

 もう一つは、冷酷な詩織の影。

 詩織は鏡に向かって言った。

「私は──どちらでもあるのね」

 鏡の中の自分が、二つに分かれた。

 一人は微笑んでいる。

 もう一人は、冷たく笑っている。

 詩織は両方に向かって言った。

「でも、いいわ。私は、私を選ぶ」

 二つの影が、詩織に向かって手を伸ばした。

 そして──

 詩織の中に、消えていった。


 エピローグ。

 詩織は海辺を歩いていた。

 波の音が聞こえる。

 風が冷たい。

 詩織は立ち止まり、海を見つめた。

 そのとき──

 背後で、足音。

 詩織は振り返った。

 そこに──

 黒いコートを着た女性が立っていた。

 顔は見えない。

 女性が言った。

「氷室詩織さん、ですか?」

 詩織は首を横に振った。

「違います。私は、白石詩織」

 女性が微笑んだ。

 その笑みは──

 どこか、冷たい。

「そうですか。では、失礼しました」

 女性は去って行った。

 詩織は女性の背中を見つめた。

 そして──

 微笑んだ。

「また、始まるのね」

 詩織は呟いた。

 彼女の目には──

 決意の光。

 そして、どこか──

 期待の色。


 詩織はアパートに戻った。

 机の上には、あの手紙がある。

「あなたを殺した者より」

 詩織は手紙を手に取った。

 そして──

 ライターで火をつけた。

 手紙が燃える。

 灰になる。

 詩織は窓を開け、灰を風に流した。

「来るなら、来なさい」

 詩織は呟いた。

「今度は──私が、あなたを殺す」


 月が、美しく輝いていた。

 詩織の影が、二つ。

 優しい影と、冷酷な影。

 二つが重なり、一つになる。

 詩織は微笑んだ。

「私は──氷室詩織」

 彼女は呟いた。

「優しくもあり、冷酷でもある」

 詩織は空を見上げた。

「そして──」

 彼女の目が、鋭く光った。

「何度でも、蘇る」


 ――完――


 第1シーズン、終了。

 

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復讐令嬢は今日も死なない ―何度殺されても、私は生き返る― ソコニ @mi33x

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