家と身体

 身体が欲しい。


 そう願った瞬間。

 ヤエの幻体がまばゆいほどに光を放った。


 そして発光がおさまった後には。

 ヤエは実体化していた。


 ヤエの思考には二つの視点の自分が飛び込んでくる。

 森としての外からの視点と。

 実体になった状態の主観の視点。


 その両方からみる身体は、ともにヤエにとって懐かしいものだった。

 幻体とはまったく違う。それは前世と同じ、大森ヤエとしての人間の身体。前世で死ぬまで一緒だった愛着のある身体。年齢は死んだ時とは違って若返っている気がする。


 十六から十八歳くらいだろうか。

 受肉する時にヤエが無意識に若返りたいと思っていたからかもしれない。


 ヤエは新しい体を懐かしく感じる。


 手を見た。


 前世でよく見た手。冬になるとあかぎれが出来た懐かしい手。

 今は綺麗だ。


 その手で髪に触れる。


 薄茶色で線が細く、大きなうねりのある髪の毛も健在だった。腰まで長く伸ばし、それを左右二つに分けて毛先をしばるようにしていた。


 今も同じようになっている。


 不思議と服はちゃんと着ていて、足も靴を履いている。

 生成りのシンプルなワンピースとレザーシューズだ。


「成功しましたねえ」

 頭の上から声がする。

 気づけばいつの間にか狸テレジアがヤエの頭の上にのぼっていた。


「なんだかすごいチートね」

 自分の手をもう一度見てヤエは呟く。


「ヤエさんのために女神メガモリに盛りましたからね。次は家ですか」

 頭の上でテレジアが自慢げだった。


 家を建てる。

 これも大仕事だと思うけれど。


「もしかしてこれも願えばできるというの?」

「正解です。さすがヤエさんですねえ」

「なんだかちょっと引くくらいすごいわね」

「まあ、ここまでできるのは森の中だけですよう。ヤエさんの中だからできるんです」

 テレジアが意味深に笑う。


 その言葉にヤエはこれだけのことが出来る理由を察した。


「ああ、なるほどね」


 多分、受肉するのも家を建てるのも。

 自分を変えているだけなのだとヤエは理解した。


 そう考えればこれだけのことが出来る理由も納得だった。

 環境にあわせて自分を変えるということは、難しいが決してできないことじゃない。


 自由に。

 なりたい自分になる。

 それだけ。


「さ、ヤエさん。この赤ん坊が起きる前に、さっさと建てちゃいましょうよう」

「そうね」

 再びヤエは目を閉じて願う。


 どうせなら。

 前世で憧れていたログハウスのカフェ風がいいな、と。


 テラスがあって。

 そこに日の光が当たっていて。

 開放的で。


 室内のカウンターはとても落ち着いてて。

 テーブル席は広めで家族友達で楽しめそうな。


 そんなカフェがある我が家が。


 欲しい。


 ヤエは目を開く。


 すると。

 さっきまで鬱蒼と茂っていた木々はなくなり。

 ぽっかりと空いた森の空間に音も気配もなく。


 ヤエが願ったそのままが建っていた。


「さすがヤエさんですねえ。これには森の王もびっくりですよう」

 頭の上でテレジアが驚きの声をもらしている。


 テレジア以上にヤエ本人も驚いていた。

 本当に願った通りにできていたから。


「……テレジアさんがチート盛りすぎたからよ」

 ヤエには呆然とそういうしかできなかった。


「まあチートは盛って困ることはないんで大丈夫ですよう」

 フーンと鼻を鳴らしたテレジアは相変わらずだった。


「とりあえず……この子を家の中に連れてきましょ」

 落ち葉でふかふかとした地面ですやすやと寝ている赤子を、受肉したばかりのヤエは力加減を調整しながらゆっくりと抱き上げた。


 ヤエの腕の中におさまったと同時に、赤子の発光もおさまった。


「あぁ……わあ」

 抱き上げられた刺激で目を覚ました赤子は、まったく泣くこともなくヤエの顔を見て両手を差し出した。


「どうしたの?」

 そう問いながら、ヤエが指先を赤子に差し出すと、その赤子がその指をむんずと掴む。


 想像よりも強い力と。

 その柔らかい感触に。


 ヤエは驚いた。


「キャッキャ」


 驚いたヤエの顔が面白かったのか、赤子は掴んだ指をゆするようにして。


 天使のように笑うのだった。

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