生殺与奪
ヤエとテレジアは森の中に突如現れた赤ちゃんを見つめていた。
「ヤエさん、この子どうします?」
テレジアが赤子の頬を鼻先で押しながら聞く。
「うーん」
モヤのような幻体でもヤエが首を傾げているのがわかる。
赤子は相変わらず光っている。
ずっと見ていると目が痛いくらいに光ってる。
そして光った状態にも関わらず。
それ以外はすべて普通で、今もスウスウと寝息を立てている。
「寝てるわね。この子、きっと将来は大物よ」
「そうですねえ。全く起きもしないし、動じもしませんもんね」
テレジアがしめった鼻先で赤ちゃんの頬をつつくが起きる気配はない。
「やっぱり起きないわね」
「ええ、ほんとどうします? このままほっとけばきっと狼あたりが美味しく食べると思いますけど?」
「そうよねえ」
人間の赤子など森の動物からすればご飯にしか見えないだろう。
ヤエの森としての意識は自然のサイクルとしてそれを受け入れている。だけど元人間の方の意識は子供への庇護欲からそれを受け入れられないと考えている。
助けたい。
そう考えている。
だけれどいまのヤエは森だ。
森の意思、人間の意思、どっちに従えばいいかわからない。
「ヤエさん、また悩んでますねえ」
「うん」
「やりたいようにやるって決めたばかりじゃないですか。自由でいいんですよう?」
ヤエはテレジアの言葉に背中を押された気持ちがした。
「うん……そうね……助けるわ」
ヤエは自分の人間の心にしたがってこの赤ちゃんを助けると決めた。
「わかりました。じゃあ森の動物にこの子は食べないように伝えておきますね」
そう言ってテレジアは天に向かって音にならない音で吠えた。
森の王の咆哮だった。
「これでヨシっと」
テレジアは鼻からフンと息を吐いた。王の威厳よりもかわいいが勝っている。
「でもこの身体だと赤ちゃんには触れないわね。どうしよう。テレジアさん運べる?」
幻体のヤエには物質は触れない。
「私のかわいいもふもふボディでは運べませんけど、森の動物たちに頼めばいけますよう。でも、どこに運びます? くまごんの洞穴? コンちゃんの土穴……は狭いですかねえ」
「テレジアさん、人間は穴には住まないわよ。ん? いや原始時代は住んでいたんだろうけど。多分この世界の文化水準だと穴にはすまないわ。家に住むのよ」
「いやですねえ、ヤエさん知ってますよう。半分女神ジョークじゃないですかあ」
「よかったびっくりした。って半分ってことはもう半分は本気ってこと!?」
「いえいえ、もう半分は家がないから、動物の巣穴に住むしかないってことですよう」
「確かに! 家ないわね! どうしよう!」
森そのもののヤエは家に住む必要がなかった。
森の王たるテレジアも普段その辺でへそ天して寝ているから家はない。
盲点だった。
「まあ、なければヤエさんが建てればいいだけなんですけどねえ」
テレジアがこともなげに言う。
「え? 私家建てられるの? 大工経験ないわよ?」
「そんなんなくても建てられますよう。なんせヤエさんはチート満載なんですから。森の中に家を建てるくらい余裕ですよう? なんなら実体化して赤ちゃんを持ち上げるのもできますよう?」
おとぼけ狸フェイスでさらにとんでもないことを言い出した。
「は!? 私、そんなことできるの?」
「はい」
「もー! なら早く言ってよ、テレジアさん!」
「仕方ありません。私、狸なんで」
テレジアの言い訳は、理由になっていないようで理由になっていて、ヤエもそれに思わず納得してしまった。
狸なら仕方ない。
そう思ってヤエは気持ちを切り替えた。
「じゃあまずは実体になろうかしら。テレジアさんどうすればいいか知ってる」
「はいはい、知ってますよう。狸ですけど、元神なんで。やり方は簡単、ヤエさんが願えばいいだけです」
「シンプル!」
「そりゃあもう、ヤエさんはチートモリモリですから」
「じゃあやってみるわ」
テレジアの言葉に従い。
ヤエは静かに目を閉じて。
身体が欲しいと願った。
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