第4話 両親

 わたしは姉弟の中で髪が一番長いから、どうしても長湯になってしまうので最後に入る。


 だからわたしがお風呂から上がるのは、たいてい夜も更けた時間。


 今日は昼間の疲れもあってかいつもより長湯になってしまった。


 お風呂から上がってくると姉妹たちはすでに部屋へと戻り、その代わりに両親が帰ってきていた。


「おかえり~。遅くまでお疲れ様。すぐにご飯温めるね」


「そんなのお母さんがやるわよ。早く髪乾かさないと風邪ひいちゃうわよ」


「平気だよ。遅くまで仕事して疲れてるんだから2人とも座ってて」


 お父さんからすまないなと声をかけてもらえるけど、常に子供優先で考えてくれている二人がしてくれてきたことに比べれば、これくらいはやって当たり前と言えるくらい。


 遅くまでお疲れさまとありがとうの気持ちを込めてビールを飲むか尋ねる。


「ありがとう、いただくよ」


 おかずを温めている間に冷蔵庫から缶ビールと冷やしておいたグラスを2つ取り出して持っていくと、お母さんが受け取りお父さんにお酌をしてあげていた。


 何年たっても仲いいよな、この夫婦。わたしもこの両親が大好き。若くして他界してしまった前のお父さんのことだってもちろん。


 今のお父さんは前のお父さんと友人同士だったらしい。


 かの姉たちのお母さんは2人が小学校へ上がる前に病気で亡くなったらしく、その後は男手一つで二人を育てていたそうだ。


 そんな自分の境遇もあってか子供3人を残してこの世を去ってしまった友人家族の事を放っておくことができず、お母さんに仕事を紹介したりあれこれ世話を焼いてるうちに、お互い惹かれあうようになって再婚を決めたのだとか。

 お母さん美人だしね。


 同じ商社に勤めていてそれなりの役職についており、帰りが遅いことも多い。


 お父さんだけじゃなく、お母さんだってずっとわたし達を大切にしてくれているのは言うまでもない。


 以前お母さんに、わたしが芸能界を辞めたせいで遅くまで働くことになってしまってごめんなさいと言ったら「子供が生意気言ってんじゃないの! お金を稼ぐのは大人の仕事なんだから気にしないで任せておきなさい!」と割と本気で怒られてしまった。


 芸能界にいたころは金銭だけが目当ての悪い大人が近づいてこないようにしてくれたり、変な仕事が来ないようマネージャーみたいなことまでしてくれて、一生懸命わたしを守ってくれていた。


 わたしが稼いだお金は将来のためと言って、億単位のお金があるにも関わらず贅沢せず、ほとんどを貯金してくれていたのもお母さんだ。


 他の子の親を見ていると送り迎え以外何もせず、子供の稼いだお金を使って高価なブランド物で着飾っている人もいたりした。


 その愛情の深さは心底すごいと思うし、この人がお母さんになってくれて本当によかった。


 お父さんも自分の事よりわたし達の事を考えてくれたことは変わらない。


 本当ならお父さんの姓である梅山を名乗ることになったはずなのに、二人はそれを選ばず、婿入りという形で広沢のままでいることになった。


 ちなみに広沢は最初のお父さんの姓であり、かつての友人の姓を名乗ることになったお父さんの心境はどうなんだろうと、不安になったりもする。


 だって広沢の姓を名乗り続けることを決めた理由はわたしだから。


 2度も名前を変更するのは不憫だからという理由。


 自分の子供は姓が変わることになるのに、わたしを優先してくれたのはとてもありがたいけど、正直申し訳ない気持ちの方が強かったりする。


 最初の姓のときのことなんて何も覚えていないのに。文字通り何もかも。


 そんなこともあってどうしても引け目を感じてしまい、お父さんを邪険に扱うことなんてできない。


 より姉とお父さんの仲をとりもったのもわたしだった。


 かの姉とあか姉にも申し訳ないと思ってしまう。2人はそんなことをまるで気にせず、わたしのことを大切にしてくれるけれど。


 わたしは本当にこの家の子でよかったんだろうか。この恩を返すにはわたしの一生なんかで足りるだろうか。


 温め終わったおかずを運びながらそんなことを考えていたら、突然脳裏にあの日の光景が浮かんでしまった。


 灰色の空から降り続ける雪。


 雪に埋もれたままだんだん失われていく体の感覚。


 濡れた髪がまるであの日のように冷えており、思わず身を震わせる。


 全てはあの日から始まっている。全てを記録するかのようなずば抜けた記憶力に並外れた運動神経。


 他の人から見ればうらやむような能力も実際には両刃の剣。


 あの日わたしの元を訪れた雪の精霊が、命と引き換えに授けてくれたギフトであり足枷。


 そう、わたしは普通の人間ではない。


「ほら、体が冷えてきたんでしょ。早く髪を乾かしていらっしゃい」


 その様子を見ていたお母さんからそう声をかけられて、わたしはハッと我に返った。


 温かい家の中にいることを確認して安堵する。お母さんの言うとおりに洗面所へ向かいドライヤーを使うことにした。


 わたしは広沢悠樹。温かい両親と優しい3人の姉、それに慕ってくれる妹がいる。少し早くなっていた心臓の鼓動を抑えるように、鏡を見つめながら自分へそう言い聞かせると落ち着いてきた。


 LEDの光を受けて光沢を帯びた髪をなでつける。


 家族にその方がかわいいからと言われて伸ばし続けている髪。誰もが褒めてくれるこの髪は今ではわたしの自慢だ。


 わたしは家族みんなから愛されている。どうして男のわたしを女の子みたいに仕立て上げようとしているのかはわからないけど。


 鏡に向かい笑顔を作って洗面所から出ると両親はすでにご飯を食べ終えたようで、晩酌を楽しんでいた。500mlの缶がすでに3本並んでいる。


「あんまり飲みすぎちゃだめだよ~」


「ゆき、大丈夫?」


 表情に出ちゃってたのかな。心配かけてるようじゃだめだなぁ。


「なにが?」


 バレているのはわかっていたけど、ここはあえてとぼけた。


「……ツラい時は甘えていいんだからね」


 わたしはあえて返事をせず笑顔を見せるだけ。これ以上話を続けるとさらに思い出すことになってしまうので話題を変えることにした。


「そうだ、前に相談してた件だけど、注文してたやつが今日納品されたんだ。一目で気に入っちゃったから、さっそく明日から活動をはじめることにしたよ!」


 あからさまに話題を変えたことはお母さんにもわかっているはずなのに、それ以上掘り下げることなくわたしの話に乗ってくれて来た。これもお母さんの優しいところ。


「本当に大丈夫? 今でも家の事をほとんどあなたがやっていて忙しいのにそんな時間本当にあるの?」


 記憶力と要領のいいわたしは何をやっても手際よく済ませてしまうので、時間に余裕を作ろうと思えばそれは容易なことだ。


 むしろ何もしていない時間が存在することの方が落ち着かないくらい。


 家事を姉たちにまかせてもいいとお父さんは言うけど、そんなことをしたらわたしのすることがなくなってしまうし、なにより好きでやっていることだ。


「大丈夫! 全部わたしが好きでやっていることだから! 明日からが楽しみで仕方ないほどだよ!」


 その言葉に嘘はない。みんなの食事を作ることも、家をきれいにすることもわたしは楽しんでやっているし、明日から始まるもうひとつのライフワークだってわたしが心から望んで始めることだ。絶対後悔なんかしない。


「あなたのやることだからお母さんたちは信用してるけど……。無理だけはしないようにね」


「うん、ありがとう。じゃあ下準備もあるし部屋に戻るね。洗い物は朝やるから置いといて」


「洗い物くらいするわよ。そんなことはいいから遅くならないようにね。早く寝なさいよ」


「は~い! おやすみなさい」


 * * *


「あの子の傷はいつまでたっても癒えることはないのかしらね」


 悠樹のいなくなった食卓。明子と武則は先ほどより少し沈んだ表情で顔を見合わせる。


「ゆきくんにとって時間は薬にはならない……か」


「さっきも誤魔化してたけど、表情を見ればすぐにわかったわ。昔を思い出してしまったんでしょうね。」


「それは長年あの子を見続けてきた君だからわかることだよ。だけど無理に話させようとしても余計に過去の記憶を甦らせてしまうだけだろうからね」


「わたしが見つけたあの日から、今もたくさんの重荷を抱え続けてるのよ。

 あの子のためにしてあげられることはないのかしらね。わたし母親なのに。無力だわ」


「無力なんかじゃないさ。あの子があんなに明るく優しく笑顔で暮らせるように育ったのは君のおかげさ。

 僕たちだけじゃなく、娘たちもみんなゆきくんを大切に思っている。

 いつかその思いが彼の心の氷も溶かしてくれるさ。

 焦らず見守っていてあげよう」


「そうね。あれだけ心身ともに美しく育ってくれたんだもの。信じてあげるのも親の役目よね」


 悠樹の部屋の方へ視線を向けながら、2人は笑顔を浮かべた。


 * * *


 デスクトップPCの前に座って、今日納品された原画と3Dキャラを再度確認。何度見てもかわいい。推しの絵師さんに依頼してよかった。


 すでに配信ソフトなんかはインストールしてあるので、次はこのモデルを読み込んでモーションキャプチャとカメラの設定をすればセットアップは完了。


 あとはこのPCをスタジオに移設すればいつでも配信を始められる。


 これこそマイホーム建築時に言った最大のワガママであり、わたしの貯金が底をついてしまった一番の理由。


 建物の下だけじゃなく庭にまではみ出して作られている広大な広さの地下室。


 わたしの夢を実現するためのスタジオは我が家の地下にある。


 地下室を作る理由として、わたしの夢の内容と決して途中であきらめたりしない決意をしっかり伝えると、真剣に耳を傾けてくれた。


 そしてわたしの貯金なんて残らなくていいからと、思い切り頭を下げてお願いした。


 真剣にお願いするわたしの態度に、最初両親はとても驚いた様子だった。


 それまでのわたしはワガママなんて一度も言ったことがなく、2人からすると良い子すぎて、まるで壁を作っているかのように感じていたのかも知れない。


 そんなわたしが初めてわがままを言ったことにとても驚いていたけれど、それ以上に嬉しかったようで2人の間で少し話し合った後、快く承諾してくれた。


 そんな経緯があって出来上がった地下のスタジオでわたしが明日から始めるのは、Vtuberとして歌とダンスの配信。


 芸能界に戻ってはどうかとも言われたけど、たくさんの汚い大人に囲まれたあの世界へ戻る気にはなれない。


 それでももう一度世間にわたしの歌とダンスを届けたいという願いは強かった。


 それにネットには利点もある。テレビだと国内だけの発信になってしまうけど、ネットなら国境を飛び越えて世界中の人に見てもらえるチャンスがある。


 子役時代、わたしの歌とダンスを見た人はみんな笑顔になってくれた。


 わたしの歌に元気をもらいましたというファンレターがたくさん届き、それらは今でも大切にとってある。


 歌には力がある。


 少しでもみんなに笑顔を届け、沈んだ気持ちを前向きにできるような歌を作りたい。


 人々を幸福にするという雪の精霊の使命を果たすんだ。


 そんな願いを込めて選んだのが配信者という道。顔出しして生のわたしを見てもらうのが一番いいのだけど、それはまだ早い。


 プライバシーやセキュリティの問題もあるし、やり残したことをちゃんとマスターするまでは危険を冒すわけにはいかない。


 わたしには何よりも大切な家族がいるんだから、わたしが守らないといけない。


 それに最初から顔を出して配信してしまうと昔のファンたちが気付いてしまうだろう。


 まずは先入観なしにわたしの歌を聞いてほしい、評価されてみたいというチャレンジ精神もあったから、Vtuberはそういう面でも都合が良かった。


 あの雪の日に背負った十字架のせいで、警察官や医者といった直接人々を守る職業につけないわたしにとってはまさに天職。


 ひとりでも多くの人に幸せを届けられるように願い、一刻も早く体を動かし、声の限り歌いたくてうずうずしてしまう。


 暗い気持ちになりかけたさっきの事は記憶の隅に追いやって、明日からの事に思いをはせ期待と興奮で胸を高鳴らせる。


 今日は眠れるかなぁ。

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