悪役令嬢は婚約破棄の最中にカレーを作る

間咲正樹

悪役令嬢は婚約破棄の最中にカレーを作る

「ルリア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」

「――!」


 国中の貴族が集う煌びやかな夜会の最中。

 私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるガラム殿下が、唐突にそう宣言した。

 そ、そんな――!

 ――私はおもむろに玉ネギをくし切りにし、それを油を引いた寸胴鍋に投入してさっと炒める。


「どういうことですか殿下! 理由をご説明ください!」

「フン、しらばっくれても無駄だぞ! 君がタメリに裏で陰湿な嫌がらせをしているのはバレているのだからな!」

「嗚呼、ガラム様……」


 男爵令嬢のタメリさんが、悲愴感漂う表情を浮かべながら殿下にしなだれかかる。

 そ、そんな――!

 ――玉ネギが飴色になってきたら、一口大にカットしたニンジン、ジャガイモ、豚こま肉を入れ、それらに火が通ったらたっぷりの水を追加し、中火でコトコト煮る。


「誤解です殿下! 私はタメリさんに嫌がらせなどしておりません!」

「フン、口では何とでも言える! 僕はタメリから直接君に酷いイジメを受けたと聞いたんだ! こんなに澄んだ瞳をしているタメリが噓をつくはずがない! つまりイジメは実際にあったということだ! 見損なったぞルリア! 君みたいな痴れ者は、僕の婚約者にふさわしくないッ!!」

「ガラム様、私、本当に辛かったです……」

「嗚呼、可哀想にタメリ! 安心してくれ。今から僕が、この悪鬼羅刹を断罪してあげるからね!」

「はい!」

「……」


 どうしましょう、これじゃ埒が明かないわ。

 ――野菜や肉が十分煮えたら火を止め、ケチャップ、ウスターソース、コンソメ、カレールーを投入し、よく搔き混ぜながら余熱でカレールーを溶かしたら完成。

 スパイスの効いた香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 試しに一口味見してみると、程よい辛みとほのかな甘みが口いっぱいに広がり、全身が多幸感で包まれた。

 うん、我ながら今日も最高のカレーが出来たわ。


「いやルリアッ!? さっきから君は何をしているんだッ!!?」

「何って? おわかりになりませんか? カレーを作ったんです」

「それは見ればわかるよッ! 僕が言ってるのは、何故今カレーを作っているのかってことだよ! 婚約破棄の最中だぞ、今はッ!!」

「そ、そうですそうです!」


 そんなこと言われても……。

 私、不測の事態に陥った時は、カレーを作って心を落ち着かせることにしてるのよね。

 美味しいカレーを食べれば、誰でも悩みなんか吹き飛んじゃうもの。

 ――そうだわ。


「まあまあお二人とも、これでも食べて落ち着いてください」

「「――!?」」


 私は炊き立てホカホカのご飯にカレーをたっぷりかけて、お二人に差し出す。


「フ、フン、こんなもので誤魔化されないからな僕は。ま、まあでも、せっかくだから少しだけ味見してやる。いただきます」

「い、いただきます」


 恐る恐るお二人はスプーンでカレーを口に運ぶ。

 ――すると。


「――!! こ、これは――!!」

「――!! そ、そんな――!!」


 一口食べた途端、目の色を変えてガツガツとカレーを次から次へと掻き込み始めた。

 ふふふ。


「何だこのカレーはッ! こんなカレー食べたことないッ! 汗が噴き出るほど辛いのに、その辛さが逆に癖になり、もっともっとと身体がカレーを欲しているッ!」

「ええ! しかもトロトロに煮えた豚肉と野菜が溶け合って、口の中でハーモニーを奏でています! まるで食材たちのオーケストラや~!」


 あらあら、お二人とも食レポがお上手ですね。

 あっという間にカレーを完食してしまわれました。

 うんうん、お口に合ったようで私も嬉しいわ。


「ゴ、ゴメンなさいッ!」

「「っ!」」


 その時だった。

 唐突にタメリさんがその場で土下座した。

 タメリさん?


「私、噓をついてました……。本当は、ルリアさんに嫌がらせなんてされてないんです……!」

「「――!!」」


 タメリさん……。


「ガラム様を寝取るために、ルリアさんを陥れようとしたんです……! 嗚呼、私、何て取り返しのつかないことを……!」

「……」


 タメリさんは両手で顔を覆って、ワンワンと泣き出した。


「ぼ、僕も、本当にすまなかったッ!」

「っ!」


 今度は殿下が土下座をした。


「大した裏付けもとらず盲目的に君のことを疑ってしまい、自分で自分が情けないッ!!」


 殿下は握り締めた拳をガンガンと床に打ちつけている。

 殿下……。


「お二人とも、顔を上げてください」

「「――!」」


 私はお二人の肩に手を置き、そっと微笑む。


「私はお二人のことを許します。だからどうか、ご自分を責めないでください」

「そ、そういうわけにはまいりません! 私は許されないことをしたのですから! 私は今すぐ修道院に入り、生涯懸けてこの罪を償いますッ!」


 あらあら。


「ぼ、僕もだ! 僕みたいな痴れ者に、王太子である資格はない! 今すぐ王位継承権を放棄し、辺境の鉱山で一生働き続けるよッ!」


 まあまあ、殿下まで。


「そうと決まったら善は急げ! 私はこれで失礼します!」

「僕もだ! さようならルリア!」

「……」


 お二人は声を掛ける間もなく走り去ってしまった。

 ううん、ちょっとカレーが効きすぎたかしら?


「うんうん、本当にこのカレーは素晴らしいですね」

「――!」


 その時だった。

 煌びやかな衣装に身を包み、マントを翻した男性がいつの間にか私の真横に立っており、私の作ったカレーを美味しそうに食べていた。

 誰ッ!?


「あ、あなた様は……」

「ああ、これは申し遅れました。――僕は、カレーの王子さまです」

「――!!」


 まあ!

 この方があの!

 全カレー令嬢の憧れの的、カレーの王子さま!


「今まで数え切れないほどカレーを食べてきましたが、こんなに美味しくて愛情の籠ったカレーは初めてです」

「嗚呼……!」


 あのカレーの王子さまに、そこまで言っていただけるなんて……!

 わがカレー生涯に一片の悔いなし!!


「ルリアさん」

「――!」


 おもむろにカレーの王子さまが、私の前で恭しく片膝をつきながら右手を差し出された。

 カレーの王子さま??


「僕はあなたの虜になりました。どうか僕と結婚して、毎日僕に美味しいカレーを作ってくださいませんか?」

「――!!」


 カ、カレーの王子さま……!!

 嗚呼、どうしよう、夢みたい……。

 あのカレーの王子さまに、プロポーズしてもらえるなんて……。


「――はい、私なんかでよければ、よろこんで」


 私はカレーの王子さまの右手に、自らの左手をそっと重ねた。

 ――こうして私とカレーの王子さまは、愛とカレーに包まれた家庭を築いていったのでした。



 めでたしめでたし


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悪役令嬢は婚約破棄の最中にカレーを作る 間咲正樹 @masaki69masaki

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