収容の書
嗚呼烏
本の前
「平凡な一日だった。」
この文字数の、何十倍。
いや。
百倍を超えるくらいの文字が入るようなスペースに、それだけが書かれた本。
それを見ている自分と、薄暗い部屋を意識する。
白い紙にその文字が乗っていると言えたら、気持ちが良いが。
残念ながら、黄色が混ざっている紙だ。
どこか、不快感を覚える言い方をしてしまったが。
ただ、古そうな本だということが言いたかっただけである。
「他に文字は……?」
余白の美とは言えない、余白の圧。
そんな本の、野暮な文字探しに失敗すれば。
不気味さと印象が強い文字に、視線の焦点が固定される。
そもそも、こんな形態の本を出版社は許すのか。
「嗚呼……」
人間は。
その先に景色がありそうで、意味が分からないことを。
やはり、怖いと思う。
多分、高等な芸術なのだろうが。
俺には、この本を理解することはできない。
平凡な一日だった、には。
そうだね、と冷淡に言う以外に思いつかない。
そんな諦めが湧いてくると同時に。
それでも。
この本を閉じても、良い気持ちにはなれないだろうと思っている。
その芸術に蓋をしても、あの文字の羅列を反芻してしまうだろう。
単純な、理解への欲求。
知的好奇心。
負けず嫌いな自分のことならば、芸術を理解できない悲しさも出てくるだろう。
氷釈を欲する自分がいるといえば、話が早いだろうか。
でも、先程も感じた通り。
自分には、理解することはできない。
理解どころか、解釈も進まない。
閉じるしかない。
細い道を攻略しないと、ゲームのストーリーが進まないように。
それ以外は、どうしようもないのだ。
添えているかのような手で、本を閉じる。
「あれ?」
なんの意識もなしに、また本を開く。
疲れているのか、と本を閉じ直しても。
作業的に、本を開いてしまう。
「……何をしている、俺。」
本を開かないという意識は、閉じた瞬間に頭から飛んだような気がした。
「この頁だけ見て、寝るか。」
時には、挑戦も必要だ。
人生を彩る為にも、訳の分からない芸術に心を捧げよう。
どうやら、僕の挑戦する相手はこの文らしい。
「昨日、あの本をすぐに閉じたことを後悔したと同時に。ノートに伝言を書けば、本に載る内容になって。本について、教えられると思った。早速、ノートに向き合った。『今、目にしているその本に呪われた。毎晩、本を開いてしまう呪い。本を開いた時に、本を開いている時以外の記憶が無くなる呪いの二つだ。加藤庄司。』とノートに書くと、俺は強く祈った。」
加藤庄司は、俺の名前。
「待って……?」
寝る前の遊びで、怪奇現象。
その落差に、脳が頭を離れそうになる。
「いや、同姓同名がいるだ……」
腕で、身を包む。
「これ、俺の癖だ。」
名前をよく見ていると、名前の横に句読点が置いてある。
漏れた声の通り、これは俺がよくしてしまう間違いだ。
テストの時に勢い余って、この癖が出て。
結局、出遅れた。
こんな経験は、一度や二度ではない。
俺の口が、上下の歯を強く押し当てるように力をかける。
「……怪奇現象って、本当にあった?」
そもそも。
閉じようとしているのに、すぐ開いてしまう。
この事実があることで、この呪いを否定することはできない。
これは、すぐ開いているのではなくて。
閉じてから、次の夜に開けるまでの記憶が無いということだったのか。
「信じられない……」
怪奇現象そのものを受け入れきっていないのに、怪奇現象のその本を前に動揺することしかできないという時間を過ごした。
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