魔導仕掛けの箱庭
inami。
少女と箱庭 前編
――その世界は、想像力を形にする。
提出しそびれた課題プリントと、作りかけの模型。手を伸ばすたびに、何かが未完成のまま止まっていた。
《ガーデン・オブ・エクスマギア》――ロボットとファンタジーを融合させた話題のVRMMOゲーム。プレイヤーは15cm程の機体、《
「ようやく手に入った。 まずは拝んで……きっと今日は最高の日になるよ!」
少し笑って、彼女はヘッドセットを装着した。
たちまち現実の部屋が消え、光が満ち、電子的な緑の世界が広がる。
『ようこそ、《ガーデン・オブ・エクスマギア》へ。私はオペレーターのマキナです。あなたの冒険の準備をお手伝いします。まずはあなたのアバターの外見を決めましょう。』
耳に届いた機械的な声は、異なる世界の始まりを感じさせる。
目の前にホログラムが浮かび、アバター設定のウィンドウが開く。
「名前は……ヒバナで。髪は赤、目の色は琥珀色で……これでいいかな」
『設定完了。次に、あなたの最初のエクスマギアを選びましょう。こちらにいくつかの選択肢があります。』
マキナが示すと、様々な見た目のエクスマギアが表示された。それぞれに簡単な説明が添えられており、攻撃型のソルジャーフレーム、防御型のナイトフレーム、支援型のクレリックフレームなど多種多様だ。
「うーん、じゃあ……このソルジャーフレームで!」
マキナが確認するように頷き、ソルジャーは目の前に現れた魔導書の中に吸い込まれた。
『ヒバナ、これで準備は完了です。それでは、神の箱庭エーテリア大陸での冒険をお楽しみください。』
光が弾け、ヒバナの身体が透ける。
次の瞬間、風が頬を撫でた。
見渡す限りの草原。遠くに光る湖と浮遊する島。
そこには想像を超える未知の世界が広がっていた。
「……ほんとに、異世界に来たみたい」
現実では感じられなかった胸の軽さ。彼女は空を見上げ、深呼吸をした。
「よし……行こう、ヒバナ。最初の一歩!」
こうして新たな世界に足を踏み入れたヒバナは、期待に胸を膨らませながら、冒険の第一歩を踏み出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
草原をガイドに従って歩いていると、程なくして年配の運転手NPCに声を掛けられた。
「待ってたぜ嬢ちゃん。リヴィエールの街行きの
ヒバナは言われるがまま不思議な乗り物に乗り込む。車体は滑らかに揺れ、窓の外には光る草原が流れていく。
「ここエーテリア大陸は魔導技術と機械工学の融合、《魔導工学》で成り立った国々さ。空を行く船もあれば、動く城もある。ただし、強力な魔物も多く人の手が及んでない地域も多いがね。で、そんな魔物の対処をする為に民間へ普及しているのが……」
「っエクスマギアですね!!」
「ああ、その通りだ。エクスマギアは魔導工学の技術の結晶とされ、持ち主の魔力を動力源として動く戦闘用に調整された小型魔導機だ。そして、そんなエクスマギアと共に未知を追い求める者達を人々は《
そのとき、キャリッジが急停止した。
道の先に歯車を飲み込んだ青白く光るスライム――ギアスライムの群れがうごめいている。
「おっとちょうどいい、試運転だ。君のエクスマギアで追い払ってくれ!」
「えっ!? わ、わたしが!? まだ動かし方なんて……」
「まずは端末を構えて言うんだ。
驚くヒバナの手元には、いつの間にか魔導書型の端末が握られていた。
「これってさっきの、……
声に応じて光が集まり、細々とした手のひらサイズの機械人形が出現した。
「よし、素体となるエクスドールの召喚に成功したな。次は戦う為の装備を纏う、
「
光の粒子が舞い、人形が装甲を纏っていく。
騎士のような見た目で、剣と盾を構えた小さな戦士――《ソルジャー》。
それが、この世界での彼女の相棒――エクスマギア。
段々とヒバナの鼓動が高鳴る。
「いくよっ、ソルジャー!!」
号令と共に、小さな戦士が跳躍した。
草原の風を裂きながら、ギアスライムの群れへ突っ込む。
ヒバナの魔導書が反応し、光の操作パネルが展開する。
視界に照準が浮かび、手の動きに合わせてマーカーが走った。
「まずは遠距離から、当たって!」
ソルジャーの盾が変形し、光弾を放つ。弾ける音と共に一体のギアスライムが消し飛ぶ。
「当たった……! 本当に、私の指示で動いてる!」
「良い狙いだ、次が来るぞ!」
ヒバナは次々とターゲットを切り替えながら、近距離用と遠距離用の武装を切り替えながら戦った。初めての戦闘にして、持ち前のゲームセンスで既にエクスマギアを手足のように操っていた。
「そいつで最後だ、必殺技で決めちまえ!」
最後の一体が迫る――ヒバナは叫んだ。
「≪
ソルジャーの剣が燃え上がり、炎の軌跡で敵を斬り裂いた。
残骸が爆ぜ、青い歯車が地に落ちる。
「やった! 初戦闘の初勝利!」
「見事だ! 今落ちたのは素材アイテム《ギアスライムの歯車》だな。エクスマギアは魔物の素材で強化できる。街に着いたら錬金術ギルドに持っていくといい」
老運転手は感心したように笑っている。
「もう始まってるんだよ、私の冒険は……!」
ヒバナは歯車を拾い上げ、太陽の光に透かした。
それは、小さな夢の欠片のように見えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「着いたぁ!新しい街!新しい出会い!新しい……えっと、まずは探究者ギルドに行かないとだよね。でも錬金術ギルドも気になるし……寄り道しちゃおう!」
リヴィエールの街――石造りの塔と魔導灯が並ぶ、エーテリア大陸有数の巨大都市。新人探究者を中心に、多くの人々の旅の拠点として親しまれている。
人々で賑わう広場を抜けたヒバナは、ふと見つけた看板の前で足を止めた。
「あった、錬金術ギルド……ギアスライムの歯車、ここで使えるって言ってたっけ」
扉を押し開けると、金属と薬草の混じった匂いが鼻をくすぐる。奥には調合台が並び、魔導炉が淡く光を放っていた。
「ようこそ錬金術ギルドへ。新しい探究者の方ですね?」
受付に立つ女性NPC――名札にはリィザとある。
優しげな笑みを浮かべながら、ヒバナに声をかけた。
「はい!ヒバナです! あの、魔物を倒した時にこのアイテムを手に入れたんですけど……」
「魔物の素材にはエクスマギアの武器や装備に加工出来るものもありますが、そちらは《ハコニワ》パーツの素材ですね。 この錬金術ギルドでは、探求者の方にお持ち頂いた魔物の素材を元にハコニワパーツの生成を行っています」
「ハコニワ……?」
「ハコニワとは、エクスマギアの胸部に内蔵された魔導拡張領域――個性と戦術とを兼ねた、あなた専用の箱庭ですよ」
リィザは手をかざすと、空中にホログラムを展開した。
白い小部屋のような空間が映し出され、中央にはミニチュアのソルジャーが佇んでいる。
「これがあなたのエクスマギア、ソルジャーのハコニワです。まだ何も置かれていないまっさらな空間ですが、配置するパーツによって機体の能力が変化します。たとえば――」
リィザが小さな剣を取り出し、ハコニワ内の壁に掛ける。
瞬時に光が走り、《ATK+10》の文字が浮かぶ。
「わぁ……ジオラマみたい! これ、自分で好きに作れるんですか?」
「はい。しかし空間は限られていますので、パーツを集め、組み合わせを考え、あなただけの戦い方を生み出すのです。探究者は、戦うことと作ることを繰り返し自分を表現する。――あなたの探求心そのものが、その
ヒバナはしばらく黙って見つめていた。
現実では自分に何が出来るのか分からなかった、迷っていた。
でもこの世界なら――自分でも、何かを見つけられる気がした。
「ありがとう、リィザさん。私、たくさん集めて、作って、戦って、冒険を楽しんでみます!」
「ぜひ。あなたのハコニワがどのような形になるのか、楽しみにしていますね」
ギルドを出て、石畳の通りを歩く。
パーツを売る露店、浮遊する看板、遠くに見える空中船――どこも目新しくて、ヒバナの胸は高鳴っていた。
「よぉし、どんどん楽しくなってきた! っと次は探求者ギルドに行かないとだよね」
そんな浮かれた足取りのまま、彼女は角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。いつ見ても素晴らしいこの街の景色に心奪われておりました」
ヒバナが見上げると、そこには物腰柔らかそうな金髪にロングコートの青年が立っていた。
「おや、見たところ新人探求者の方でしょうか?」
「はい!今日始めたばっかりです!」
「なるほど、ではこの出会いを記念してこちらのハコニワパーツをあなたに」
青年は掌に小さなパーツをのせた。
光に透け透明な輝きを放つ布――《インビジブル・ドレス》。
「えっ、いいんですか? あ、ありがとうございます……!」
「いえ、1人でも多くの探求者の方にこの世界を楽しんでいただく事が
そう言って青年は市場の人混みの中へ消えていった。
「イベント……じゃないよね?親切な人。あっ!名前、聞き忘れちゃった」
不思議な出会いに驚きながらも、ヒバナは再び探求者ギルドを目指すのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
探求者ギルド、通称シーカーズ・ホール。
内部はカフェのように賑やかで、依頼書の貼られたボードの前ではプレイヤーやNPCが活発に情報を交換していた。
「ここが……探求者ギルド!」
ヒバナは胸を弾ませながら受付へ向かう。
「登録希望です!」
「認証いたしました。――ヒバナさんですね。おめでとうございます、今日からあなたも正式な探求者です。現在キャンペーン期間中ですので新規に登録された方にはこちらの武器を支給しています。是非長く冒険を楽しんでくださいね」
スタンプの押される音が、やけに嬉しく響いた。
⸻
そのとき、背後から怒鳴り声が上がった。
「だから、俺たちのパーティに入れって言ってんだろうが!」
「何度言われようとお断りですわ」
視線を向けると、派手な鎧の無骨な男と、腰まで伸びた銀髪をリボンで結び、気品あふれる服装をした少女が言い争っていた。
「このゲームで火力の低い防御型をソロでやるとか、無謀なんだよ。俺のパーティに入れ。効率を上げれば、すぐレベルも――」
「さっきから効率効率と。残念ですが、わたくしは今この世界を楽しんでますの。あとは目の前のマナーの悪い方が居なくなったら……もっと楽しいのだけど」
「言わせておけば!!」
「強引な勧誘ですね。警告して来ますので少しお待ちくだ……ってヒバナさん!?」
ギルドの受付嬢が動く前に、ヒバナは2人の間に入っていた。
「まぁまぁ落ち着いて!2人ともちょっと出会い方が悪かっただけ。ちゃんと話せば仲良くなれるよ! そう……まずは好きなロボットの話とか」
「探求者なら探求者らしく、
「ええそうですわね。わたくしもちょうどそう思っていたところ」
「私は改造されてワンオフになった量産機かな。性能面では格上の相手に迫っていくのとか超カッコいい!」
「決まりだな、ルールはスタンダードの2vs2だ。俺は後ろのこいつと組むがお前は……その態度で組んでくれる奴なんているのか?」
「ご心配なく、わたくしのペアはこの子ですわ」
「えっ?」
喧嘩の仲裁をしていた、つもりだったヒバナは突然お嬢様風の少女に肩を掴まれギルド奥の対戦用のスペースに連れて来られた。
魔法陣の描かれたテーブルに、二人はそれぞれのエクスマギアをセットする。
光が走り、世界が暗転――次の瞬間、ヒバナの視界は仮想の戦場へと切り替わった。
そこは森の中。風に揺れる草、鳥の声、先程より音がリアルに響く。
「うわぁ……これが対人戦のフィールド……!」
周囲を見渡すヒバナは、ふと自分がよくあるロボットのコクピットのような場所に座っている事に気がついた。
「対人戦だと端末を使わずに全身でエクスマギアを操縦するようになるんだ、面白いなぁ。 そうだ、貰った武器とパーツセットしておこう」
ヒバナが戦闘の準備を進めていると、お嬢様風の少女から通信が入った。
「わざわざ割って入ってくるなんて、相当お強いのでしょう?期待してますわ。――あなた、探究者レベルはいくつ?」
「えーっと……1!です……対人戦も初めてで……」
直後、絶句し思考が止まったであろう彼女の様子が通信越しでもよく分かった。
「で、でも力を合わせればきっと勝てるよ! あ、私ヒバナ!あなたは?」
「ソフィアですわ……」
「ソフィア!素敵な名前!キラキラのお嬢様って感じ!」
「……ふぅ、ありがとう。そうですわね、これが物語なら十分過ぎるお膳立て。よろしくヒバナ、わたくしも好きですわ、ワンオフの量産機」
2人が打ち解け、準備を整えるとシステムが戦闘開始を告げた。
「
「いくよ、ソルジャー!!」
「シュヴァリエ、勝利の栄光をわたくし達に!」
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