こんな日は一杯の

あやな紗結

カフェオレボウルで

 カランカラン

 入り口にかけた鐘が鳴る。

 店に入ってきた常連の幼馴染を見て、俺は笑いそうになりながらも、どうにかこうにか「いらっしゃい」と声をかけた。

「……カフェオレをひとつ」

「熱々が良さそうだな?」

 こくり、と頷いていつものカウンター席に近付くと、彼女はようやくニット帽を外す。

「今からそんなに着込んで、真冬はどうするんだ?」

 マフラーの下からネックウォーマーが出てきたことに腹筋を鍛えられながら尋ねれば、う、とひとつ唸って。

「慣らし期間がないのがいけないのよ」

「まあ、それはなぁ。まだ10月なのに12月の気温とか言われると、な」

 長いコートの下も、以前一番暖かいと言っていたニットのワンピース、更にダウンのベストまで着込んで、本当に寒そうだ。

「俺も今日は着込んだつもりだけど、負けたな」

「そんなに着込んでいるようには見えないけど」

「厨房はあったかいから」

 自分にとってハイネックのカットソーは、この時期にしては厚着なのだ。通勤途中はきちんと上着も着ていたし。

 出したお冷を遠ざける様子を見ながら、エスプレッソに温めたミルクを流し込む。

「はい、熱々カフェオレです」

 大きなカフェオレボウルになみなみ注いだそれが、冬の幼馴染のお気に入り。先ずは指先を温めるのだ。とは言っても熱々だから、直接は触らずに、少しあいだを開けて包むようにしている。

「はちみつ入れるか?」

 他の客にはしない提案をすれば、パッとコチラに笑顔が向いて。こう言うところは可愛いんだよな、と思いながらはちみつのボトルを渡してやる。

 自分だったらその半分も入れないくらいたっぷりと垂らされたはちみつを、彼女はスプーンでくるくる溶かし込む。

 そのスプーンでカフェオレをすくうと、ふうふう息を吹きかけ一口。まだ熱かったらしくしかめっつらが披露された。

「それにしても、今日は家に引き篭もるのかと思ってたけど」

 昔から寒さに弱い彼女のこと、この急な寒さに、大学で授業があってもなんだかんだ理由をつけて休みそうだったのだが。

「今日発表だったの……」

「そりゃご愁傷様」

 どうやら休むに休めない日だったらしい。その対策がこの着膨れ具合か、と感心する。

「じゃあ頑張った人にサービス」

 自分のおやつ用のクッキーを差し出せば、「良いの?」と遠慮したような事を言いながらも早速袋を破いている。ちまちま食べ始める様子はうさぎかハムスターか、齧歯類のよう。

「頬袋ありそうだな」

「んぐう!?」

 手からクッキーが無くなったタイミングで言えば睨まれた。

 そんなに大きなクッキーではなかったが、口の中がいっぱいのようで、こちらを睨みつけながらカフェオレを飲もうと手が下がる。

 だがまだ熱かったらしく、ぴゃっと手が跳ね上がった。渋々といった顔で、まだ氷の浮く水と共にクッキーを飲み込んでいる。

「ネズミ扱いしないでよ」

「少なくとも小動物だよ、お前は」

 そう言えばむうっと頬を膨らませて「どこがよっ」と他に客のいない店内で叫ぶ。

「そう言う所だよなぁ」

「どーゆー所よっ」

 カランカラン

 抗議しようと立ち上がったところを鐘が遮る。「いらっしゃいませ」とそちらに顔を向ければ。

「……カフェオレをひとつ」

 別の常連が、モコモコと着膨れて立っているのであった。

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こんな日は一杯の あやな紗結 @ayana_sau

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