希望を夢見るマンティコア

Yukl.ta

第1話 それは愛

【結婚するとき、私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。今考えると、あのとき食べておけばよかった(アーサー・ゴッドフリー)】


【いずれにせよ、もし過ちを犯すとしたら、…愛が原因で間違った方が素敵ね(マザー・テレサ)】


愛とは、何なのか?

互いの見えない心を繋ぎ止める為の形の無い共同幻想なのか。

進化の先で得た、より良い遺伝子を子孫に残すための打算的な行為なのか。

欲望の苗床なのか。希望の発露なのか。

人の数だけ、愛はある。

ならばそれは、愛を知る当事者にしか理解できないものなのだろう…。


ーーーーーーーーーーーー


冷たいコンクリートの床に倒れている男性の横に、黒いパーカーの人物が立っている。

黒パーカーの人物は、フードを目深に被っており、その表情は解らない。

俺達は、見つからないように崩れた壁に身を隠しながら、これから起こる出来事を凝視していた。


パーカーの人物が膝を付き、倒れている男性に跨る。

そのまま、顔を倒れている男性の顔に近付ける。

パーカーの人物と男性の顔が、触れ合った。

パーカーのフードから溢れ落ちる黒髪が、男性の顔に重なる。

何をしているか、はっきりと見えない。

まるで一見、眠る者に口付けをしている。そのように見えた。

…それは間違いだった。


数秒後…

倒れている男性の体に変化が生じ始めた。

一瞬、男性の体の輪郭が歪んだ。

男の中にあるもの全て液体になったかのように。

ズズズ…

細い排水溝が無理矢理に水を吸い込むような音が聞こえた。

そして、

服の上からでも解る程、男性の四肢が痩せ細ろえていく。

次に、腰回りから胸にかけて、厚みが消失していく。


数分後。

パーカーの人物が、顔を上げる。

隠れて見えていなかった倒れている男性の顔を見た瞬間。

俺達は悲鳴を挙げかけた。

その男性の顔は…ミイラのようになっていた。

皮膚の水気は無くなり、目玉も萎み、乾いた唇を半開きにしている。

よく見れば服から露出している腕も、同様に水気を失い、木の枝のようになっている。


顔を上げたパーカーの人物の口元が、一瞬見えた。

紅い唇の端から、ピンク色の何かが涎のように垂れている。

フードの人物は、長い舌で唇の端をペロリと舐め上げた。

俺は理解した。

あれが、男性の体液を、吸い上げたのだ。


パーカーの人物が男性を持ち上げる。軽々と。

…それはもう、人の形をした干物だった。


腕が捥がれた。枯れ木を折るように、簡単に。

パーカーの人物は、その枯れ木のような腕を、食べ始める。

凄まじい速度で咀嚼し、嚥下する。

次に、足を捥いだ。同様に齧り付く。



俺達は、もう、見ていられなかった。

あれは、人を喰らうナニカだ。

…そう、『人喰い』だ。

パーカーの人物…『人喰い』に見つからないように、この場を離れるしかない。

俺達は、ゆっくり、壁から離れる。

その時、俺達の気配に気づいたかのように、『人喰い』が顔を上げた。


一瞬、俺達と『人喰い』の視線が交差した、ような気がした。

やばい! 喰われる!

俺達は、脱兎の如く、その場から逃げ出したのだった。



…これが、あの『人喰い』であるそれとの、初めての遭遇だった。

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