@0lirer

第1話

こんな夢だった。


雨の日、放課後。晴れの日よりも校門にいる人が多い。

私も含めて、部活がとりやめになった結果だろう。

雨は嫌いだが、早く家に帰れるのは好きだ。

そうして帰路につく途中、いきなり肩を叩かれる。

振り返ると、彼がいた。私より長い前髪にかかる彼の目は、いつも私を見てくれていた。

その顔にしばらく見惚れていると、彼が話し出す。

勉強のこと。部活のこと。休みの日について。

昔から私と彼の会話はよく弾む。

この、一緒に帰っている時間が、私の学校生活の生きがいだった。

彼はいつも自身の通学路を逸れて、私の家まで歩いてくれていた。

その優しさに申し訳ないなと思いつつ、大事にしてくれていることに対して嬉しさを抱いていた。

ふと、思い出す。これは夢であると気づく。

一瞬だけ、風が揺らぐように思えた。


そうか、これは彼とまだ交際していた頃の、私の記憶の追体験なんだ、と思う。

彼と破局してから一年と少しを、私は漂流するように過ごした。

そして今、噛み締めるように私は彼を見る。

切れ長の瞳。高い鼻。綺麗な濃茶の髪。

夢の中とは思えないほど鮮明に私の眼に映る彼は、今日も楽しそうに話している。

そうして、私の家まで着いた。

雨は止んでいる。


「また、遊びに行こうね」


と、彼が言う。

うん、と私は返す。

ああ、終わってしまう。

私と彼との最後の再会が。


「もう少し、歩かない?」


同時に放たれたその言葉は、雨空の上で楕円を描き、私たちの元へと帰ってくる。

不意にそれが可笑しく感じ、笑みがこぼれる。


「歩こっか。」




あれから、どれぐらい歩いただろう。

彼の提案で今日は解散しようとなり、

私は一人、今まで歩いてきた道を戻っている。

楽しかったなあ、と零す。このまま神様が時を止めてくれたらいいのにと、何度願ったことだろう。

ふと、振り返る。もう彼はいない。

雨の匂いがしていた。


目を覚ました。土曜日のお昼過ぎ、私はベッドから起き上がる。そして、考える。

なぜ、私たち二人の道は隔たれてしまったのだろう。

彼のような人、もうこれからずっと出会えないだろうに。

彼は、私の身に余るほどに素敵な人だったんだ。

どんな花にも水をやることを欠かさないような人だった。

一挙手一投足、全てが美しく、格好よく、可愛らしい。

彼は、話をするのが好きだった。

ある日は彼が好きな小説のこと。ある日は彼が弾くピアノについて。

彼はいつも昼休みに音楽室でピアノを弾いていた。

私はそれを聴きに、そこへよく向かったものだった。

彼の弾く久石譲からは、

彼の優しさが溢れんばかりに詰まっていた。

私はそのピアノを聴きながら、考えていた。

運命のことについてだ。


もし出会ったことが運命ならば、離れることも運命なんだろう。私たちはあの日からすれ違い、背中を向けて歩いた。

いや、私はあれから少しも進めてはいないな。

彼の言葉が、行動が、優しさが、彼との思い出が、私を引っ張って離さない。

いわば、「呪い」だ。

彼は私に、優しさという名の呪いを残して行ってしまった。

死ぬまで癒えない、深い深い呪い。

私は立ち上がり、窓を開ける。

雨の匂いがしている。

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