拾われたとき
ある冬の夜、鳩を殺して血抜きを行っている少女に出逢った。
その少女は汚い風貌なのに、恐ろしいほどに顔が整っていた。
「おいガキ、そこで何してる」
その少女はこちらに気がつくと心底不思議そうに
「何って…見て分からないの?血抜かないと食べられないでしょ?」
当たり前でしょう?と言いたげな瞳でそう宣う。
「いやそれはそうだが…その鳥は鳩って言って、殺したら罰が下る鳥だぞ。」
「罰?なにそれ。誰が下すわけ?」
「国に決まってるだろ。……ところでお前親はどこだ?こんな時間に何してる?」
「オヤ?…あぁ、親ね。そんなのいないよ。気がついた時からずっとここ!」
「その国が罰を下す、ってのはわかったけど〜…それ守る必要ある?向こうが捨て置いてるのにさー。」
まっすぐな目をして言う。問いかけでも反抗でもない。純粋な疑問だ。
随分と達観している。
「それに、ほら!」
「キレイに解体しちゃえばその鳩ってやつには見えないよ?」
と言って、会話の合間に綺麗に解体した鳩を見せてくる。
その鳩は少女が言う通りもう鳩には見えないほど綺麗に裁かれていた。
…面白い。これは使える。
「お前に衣食住の全てを保証する、と言ったらどうする?」
「…同情とか哀れみならいらないよ。」
「独りでも生きていけるから。」
少女は僕の提案を突っぱねた。
「質問を変えよう。君は人間を殺せるか?」
「…はぁ?鳥殺したくらいで罰がある国で人間なんか殺していいの?」
「…まぁ、そんなに難しくないと思うけど。」
訝しげな瞳でこちらを見つめてくる少女の髪が、風にそよいで揺れる。
汗や皮脂、チリで汚いはずなのに、その髪は時折月光を反射して煌めく。
「なら十分だ。」
「アウトローな仕事だがうちで働かないか?」
「さっきも言った通り衣食住は保証してやる」
「うぃんうぃん、ってやつ?」
「ここでの生活も飽きてきたし〜…拾われてあげる!」
あくまでも上から目線で、少女は笑った。
「交渉成立だ。握手でもするか?」
そう言って少女に手を差し出す。
少女が僕の手を握った時に感じたことは冷たい、ということだった。
よく生きているなと思うほどに。
「お前、この体温でよく生きてるな…。」
「死なれたら困る。あっためておけ。」
と少女に着ていたコートをかける。
「いつもこんなもんだけど?」
「今日からお前の家になる場所までは車で連れていく。ついてこい。」
道中、少女にいくつか質問をした。
「一応聞くが、お前名前は?」
「あるわけないじゃん。」
「だろうな。……年齢は?」
「…孤児に年齢を数える手段があると思う?」
「ははっ!それもそうだな。」
「名前は考えておいてやる。」
ふと見上げた空は澄んでいて、月がくっきりと見える。
俳句なら"月冴ゆる"と表現するのだろう。
僕は月を見ながら、薄汚れた少女の姿をルームミラー越しに視界に捉える。
「……月冴ゆる、か。今日という日を名前代わりにしても、悪くない。」
「それがボクの名前ってこと?」
「あぁ。コードネームは後々決めればいいだろう。」
「ふーん。…コードネームって何?」
「そうだな――“人間の名前”じゃない。けど、お前にはそれが似合う気がした。」
「へー…ま、適当でいいよ。」
月の光がルームミラー越しに、彼女の髪を淡く照らしていた。
――あの夜、彼女は拾われた。
ウツタヒメ――“月冴ゆる”としての人生は、ここから始まった。
*
「あれ、おじさん どっかいくの?」
車に荷物を積んでいるところで、誰かに話しかけられる。
振り向くとそこには、任務終わりなのであろうあの日の少女――月冴ゆるが立っていた。
あの日から何年か経ったが、整った顔立ちはさらに磨きがかかったように思える。
「あぁ、そういえば言っていなかったね。」
「僕はこの業界から足を洗うことにしたんだ。」
「なにそれ聞いてないんですけどー?もっと早く言ってよね。」
「言った所で君は忘れてしまうだろう?」
「………。この後はどうするつもりなの?」
その問いかけにゆるは答えられず、話を逸らした。
「東京の方にマンションを買ったから、そこでのんびり経営をするつもりだよ。」
「ふーん。そっか。ま、くれぐれも捕まらないようにしてよね!」
ゆるは対して悲しそうな素振りも見せずにそう言い放った。
こんな時も酷いなぁ。一応、親代わりだってのに。
「あぁ、気をつけるさ。」
「じゃ、ばいばーい!」
ゆるは別れの言葉も早々に、あびの中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます