47.雛戸桜
雛戸がこの世界に勇者として召喚されたのは、
今から4年程前のことらしい。
高校で授業を受けていた時、
突然眩い光に包まれて
気がつけばこの世界にいた。
彼女とそのクラスメイトたちを召喚したのは
テートンの北に位置するミーゼ帝国で、
魔王を倒すためにはレベルを上げて
強くなる必要があると言われ、
それぞれの冒険へと旅立った。
だが、2年の月日が流れて
強くなって帰ってきた彼女たちに待っていたのは、
魔王を倒すためでも
モンスターの群れを追い払うためでもない、
国同士で戦争をするための軍勢だった。
雛戸たち召喚者はその中核に据えられ、
ミーゼのために他国の軍を滅ぼせと言われた。
しかし、魔王を倒すために強くなった力で、
世界に平和をもたらすための力で、
どうして人間と戦争をしなければならないのだと
彼女たちは戦争に行くことを拒んだ。
だがミーゼの皇帝はそれを聞かず、
これが世界のためだと言う一点張り。
当然その後も拒み続けた彼女たちだが、
ケガをして帰ってきた兵士の
言葉によってその心が揺れ動く。
「ロギオ共和国軍の中には、
あなた方と同じような強き者がいるのです…。
恥ずかしながら、我々だけではとても…。
どうか、弱き我らに力をお貸しください……。」
ミーゼ帝国と敵対していたロギオ共和国。
その軍の中に召喚者がいる。
ケガをした兵士からその話を聞いた時、
彼女の中をイヤな予感が駆け巡ったという。
それは、そもそも異世界から彼女たちを
召喚したのは魔王を倒すためではなく、
戦争の道具に過ぎないのではないか。
手っ取り早く力を手に入れるために
ただ召喚者を利用しているだけではないか。
その真意を皇帝に直接聞くと、
皇帝はたった一言で、そうだ、と言った。
どこの国から始まったことか分からないが、
この世界の人間よりも遥かに強い人間を
異世界から召喚して、
魔王を倒すために強くなれと言った後、
強くなって帰ってきた彼らを
他国を滅ぼすための兵士にするという計画。
全ての秘密を知った時、
雛戸たちは酷く絶望してしまった。
だが、彼女たちが止まっている間にも
ミーゼの兵士たちは戦い、傷ついている。
相手がやっていることと
同じことをして何が悪いのだと
悪びれることさえない皇帝を恨んだが、
ミーゼの兵士にも民にも罪はない。
ここで戦わなければ、
その罪なき人々が傷つけられる。
そして、苦渋の決断を迫られた雛戸たちは
決して納得することなく戦場へ行くのだが、
その直前に仲間の一人が言った。
「雛戸、お前は俺たちの中でも一番優しい。
あんな話を聞かされた後でさえ、
戦場に行ってもお前に人は殺せない。
だからお前は、お前だけはここから逃げ出して、
全部忘れて違う生き方を探すんだ。
それでもし、俺たちと同じような
境遇にいる奴と出会ったら、
遅くなる前に道を変えてやるんだ。」
一人がそう言うと、それに続くように
他の仲間も同じようなことを言ってきた。
だが、最初は自分も一緒に戦うと
雛戸はその提案を飲まなかった。
それもそうだろう。
数々の困難を共に乗り越えて
ここまで一緒にやってきたのだ。
自分だけ逃げ出すなんてできない。
仲間が戦うというのなら、
共に戦ってこその仲間だろうと。
しかしそれでも仲間たちは引かず、
彼女は半ば強制的に追い出された。
その後、テートンに流れ着いた彼女は
ちょうどその時に押し寄せていた
モンスターの群れに単身で立ち向かい、
街を危機から救った。
人間相手には戦えなくとも、
モンスターを幾度も倒してきた彼女は
テートンの英雄にもなり得たが、
物事はそう簡単な話ではなかった。
ユニークスキルによって
魔力が尽きないといっても、
腹は減るし眠くもなる。
やがて全てのモンスターを倒して
座り込んだ雛戸の首に、
ラルイーゼの手下がチョーカーを付けたのだ。
まさか街を救った存在に
街の人間が手を出してくるとは思わず、
完全に油断していた雛戸は
ラルイーゼに支配されてしまった。
そこから先は、ラルイーゼの優秀な駒として
決して逆らうことのできない中で
何人もの人間を葬ってきた。
その中でかつての仲間たちが
戦場で散ったという知らせを受け、
もはや全ての希望を失っていた。
そして、彼女が凛太郎と出会ったのは、
そんな汚れ仕事が2年も続いた末に
誰か自分を殺してくれないかと願っていた頃。
あれ以来初めての召喚者であり、
彼なら自分を殺してくれるだろうと
雛戸は淡い期待を抱いた。
だが、支配を受けている彼女には
意図的に手を抜くことができず、
即死させずに氷漬けにするのがやっとだった。
それでも普通の人間であれば、
氷漬けにされては生きていられない。
彼と再会することはないだろうし、
この先もずっとこの生活が続くのだと
またため息を吐く雛戸。
しかし、彼は再び現れたのだ。
しかも、自分を倒す程の強さで。
地下水路で会った時に力を抜いていた訳ではなく、
自分の限界を超えて挑んできた。
一度負けても挫けない彼の心の強さに、
雛戸は今までの自分を恥じることになる。
絶望を味わいながらも、
彼は力強く足掻いている。
たとえそれが無駄な足掻きであっても
醜くしぶとく生き抜いてこそ、
人間という生き物は輝くのだ。
だから三度目に対峙した時は、
彼女も全力で戦うことを決めていた。
支配だとか希望だとか関係なく、
ただ純粋に凛太郎と全力で戦った。
それが今の彼女に許された
最後の希望だと思ったから。
そして、他者の介入がありながらも、
彼は彼女に勝ったのである。
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