46.復讐代行
時刻はもうすぐ深夜に差しかかる頃。
窓の外、夜空に浮かぶ月を見ながら
酒に口をつけるラルイーゼは、
廊下をドタバタと走り
ノックもせずに扉を開けた部下を睨む。
このラルイーゼの屋敷に住む者が
品のない行動をするなど、
明日からこの者の居場所はここではない。
「ラルイーゼ様!大変です!
氷のメイドが、ムーンが敗れました!」
「……は?」
「警備兵も全て倒され、
ムーンも商品もいなくなりました!」
部下はオークション会場の裏もとい
地下で起きたことを報告した。
謎の侵入者によって警備兵やムーンは倒され、
囚われていた者たちも全員解放、
オークションに参加していた貴族の中には
火傷やケガをした者もおり、
開催者であるラルイーゼには
責任を問う声が集まっている。
今夜これからにもこの屋敷に
その貴族たちが押し寄せる可能性があり、
中には損害賠償を求める声もあるという。
しかも警備を任されていたはずのムーンは
侵入者によって捕らえられたのか、
地下のどこにも姿が見えない。
彼女がここに戻っていないということは、
地下で何が起こったのかを
詳細に知るものがいないということだ。
つまり他の貴族への説明を果たせない。
見る見るうちにラルイーゼの顔は
酒気を帯びた色を失っていき、
グラスを床に落とすと
机にしまってあるアイテムを探す。
しかし、冷静さを欠いた彼の手では
目当ての物を探すのに時間を要した。
「ムーン!今すぐ俺のところへ来い!今すぐだ!」
ラルイーゼが机から取り出したのは、
暗い色の水晶がついた杖だった。
それをマイクのように持って、
水晶に声を浴びせている。
あの水晶とチョーカーは繋がっており、
たとえ遠く離れていても
命令を出せるようになっているのだ。
相手を隷属させるチョーカーだけでも
この世界では違法アイテム扱いなのだが、
それと対になるこのアイテムの存在は
あまり知られていない。
だが、いくらそれに呼びかけても
ムーンの返事が返ってくることはない。
その代わり、ラルイーゼの声に
応える者が一人この場所に入り込んでいた。
「おい!ムーン!俺の命令だぞ!
今すぐ俺のところに来るんだ!」
「……ムーンは来ない。」
「…っ!?だ、誰だ!」
彼がいたのは窓の前。
先程までラルイーゼが月を眺めていた場所。
窓から侵入した訳でもないのに、
彼はそこに立っていた。
月光に照らされる彼の姿は、
まるでこの世界に降りた死神の使者だ。
「俺は…そうだな。通りすがりの冒険者だ。
お前には数々の種族の者を攫い
奴隷として売り捌いてきた罪と、
違法アイテムによって複数の人間を
無理矢理に操っていた罪がある。
他にも色々とやっていたようだが、
全て挙げるとキリがない上に面倒だから
とりあえずお前には死んでもらうことにした。
覚悟しろ、ラルイーゼ・M・アリオネット。」
月を背にラルイーゼを見下す彼は
珍妙な形をした武器を手にしていた。
先は尖り、大きく湾曲した黒い刀身は
死神の使者には相応しい禍々しさを放つ。
その刃を向けられただけで、
ラルイーゼは恐怖の震えが止まらない。
しかし、腐っていても貴族だ。
強気な姿勢を崩してしまえば
相手の思う壷だと分かっている。
「き、貴様!この僕を誰だと思っている!
この街で一番偉い貴族だぞ!
僕を脅すなんて、これは立派な犯罪行為だ!
貴族などすぐに処刑してやる!
おい!早くこいつを引っ捕えろ!」
余程慌てているようで、
先から一人称が変わっている。
しかし、アイテムに呼びかけても
ムーンが応えないように、
ラルイーゼの声に応じる者はいない。
「無駄だ。すでに全員気絶させている。」
「っ!?」
先程までラルイーゼに報告していた男も、
いつの間にか赤い絨毯に倒れている。
絨毯が赤いおかげで
彼から血が流れているのか分からないが、
とにかく窓の前にいる彼が
恐ろしい存在であることは分かった。
「も、目的はなんだよ…。
僕はこの街で一番偉いんだ。
貴様の願いくらい簡単に叶えてやれるぞ。
そ、そうだ取引をしよう。
貴様の願いを聞いてやる代わりに、
僕が街の外に逃げるのを手助けしてくれよ。
な?悪くないだろ?」
純粋な力で勝てないのなら、
他の力を利用するまでだ。
ラルイーゼには金も権力もあるのだから、
死神の願いは無理でも
その使者の願いくらいなら叶えられるはずだ。
実際にこの街で一番偉いのは
ラルイーゼの父親なのだが、
いわゆる跡継ぎである彼にも
決して馬鹿にできない力があった。
彼の目の前にいる人間は
とても人の考えをしている目には見えないが、
相手が人間なら交渉の余地はある。
だから彼にもメリットがあるように
持ちかけたつもりだったのだが、
次の瞬間にはラルイーゼの右腕は
赤い絨毯に赤色を加える染料となっていた。
「あぁぁぁぁぁぁ!どうして!
どうして俺の腕をぉぉぉぉぉ!」
「黙れ。お前に問う権利などない。
お前が今までに与えてきた苦痛を思えば、
腕をあと5本は切り落とさないと気が済まん。」
一滴の血もついていない武器を振ると、
再度刃をラルイーゼに向ける。
もはや取引も抵抗もできないと悟り、
ラルイーゼは静かに小便を漏らした。
ラルイーゼの目の前にいたのは
死神の使者などではなく、
死神そのものだったのだ。
「こんなものか。」
ラルイーゼの右腕を落としたが、
それだけで終わらせるつもりなどないので
とりあえずボコボコに蹴りつけておいた。
これだけ痛めつけておけば、
今まで被害を受けた者たちの痛みを
少しは鑑みるきっかけになるだろう。
とはいえ、死なせてしまっては
痛めつけた意味がないので、
彼が失血死しないように
回復魔法で傷口だけ塞いでおいた。
凛太郎が本気で魔力を流せば
失った腕程度なら生えるらしいが、
ラルイーゼにそんなことをするのは
豚に翼を与えるくらい意味のないことだ。
「分かりやすい場所に隠してくれて助かった。
これは証拠としてもらっておく。
もしまた同じことを繰り返したり、
俺たちに危害を加えてこようとしたら、
次こそお前を終わりにしてやる。」
ラルイーゼをボコボコした後は、
彼が奴隷売買をしていたことを
決定づける証拠を探した。
机の引き出し、クローゼット、本棚。
何かを隠せそうな場所を
しらみ潰しに探すつもりだったが、
机の上にぽつんと置いてあった
錠のついた箱を破壊すると、
あっさりその証拠が出てきた。
そこにはこれまで売った者の
種族や落札額などが記されており、
丁寧にラルイーゼのサインも入っていた。
ラルイーゼに協力していた他の貴族の
名前なども書かていたので、
わざわざ他の証拠を探す必要もなさそうだ。
そして、もう抵抗の意思はないと言わんばかりに
彼が首を縦に振ったのを見て、
凛太郎はその部屋から姿を消した。
「やっと起きたのか。
お前を取り巻く全てはもう片付けてきたぞ。」
凛太郎が戻ってきたのは、
凛太郎が助けた子どもたちの塾だった。
子どもたちが勉強をするための場所とはいえ、
ベッドが一つある保健室と書庫、
外には小さな庭がある。
保健室のベッドに彼女を寝転ばして、
その間に凛太郎が屋敷へ乗り込んだのだ。
ラルイーゼの屋敷の他にも
いくつかの貴族屋敷に侵入し、
協力者は全員こらしめてやった。
もう夜の遅い時間なので、
子どもたちはもちろんのこと
先生も家へと帰してここには凛太郎と
日々和、そして今目を覚ました彼女だけだ。
「全て…でございますか……?」
「あぁ、全てだ。」
本当なら彼女から色々と聞いた後で
乗り込もうと思っていたのだが、
封印される前のこの世界での経験や
情報収集をしていた甲斐もあって、
彼女が寝ている間に日々和が聞かせてくれた。
彼女の首に嵌められていたチョーカーが
この世界の法に違反している品であることや、
奴隷とはいえ大きな取引をする際には
必ず書面を残すこと、
そして、2年程前にこの街に襲来した
モンスターを群れをたった一人で
倒したメイド服の魔法使いがいたこと。
以後、表舞台で彼女を見た者がいないこと。
「もう一度名乗っておく。
俺は木瀬凛太郎。召喚者だ。」
「私は日々和瑠流よ。
木瀬と同じ召喚者だけど、
私の方がこの世界だと先輩なの。」
まだ自分の置かれている状況を
把握しきれていないようで、
彼女は言葉を迷っている。
だが、自分の首元に細い指で触れた時、
涙がぽろぽろと滴り落ちてきた。
今まで彼女を縛っていた物が消え、
完全に自由の身となった。
抑えていた感情や言葉が
涙という形で溢れ出し、
ベッドのシーツを濡らしている。
「……
木瀬様たちと同じ、召喚者でございます…。」
「雛戸桜……、かわいらしい名前ね。」
やっと、彼女の名前を聞くことができた。
そしてその名前から分かる通り、
やはり彼女は凛太郎たちと同じように
異世界から召喚された人間だった。
そして、自分を取り戻した雛戸が語るのは、
彼女がこの世界に召喚されてからのことと
召喚者の秘密とその目的の全容だった。
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