case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(15)

「こちらを自由に使ってください。右手のドアからは、子どもたちの部屋へ入ることができます。あちらからこの部屋へ入ることはできませんのでご安心を。」


カルメルの案内でなかに入ったが、使用人の部屋かと思う広さに家具はテーブルとベッドしかなかった。窓も小さく、薄暗い。まるで独房のようだ。


「食事は1日2回、子どもたちと同じものを部屋に運びます。」

「子どもたちが寝た後に外に食べにいくことは?」


「任務中は護衛に集中していただきたいので、極力そういったことは…。」

カルメルは言葉を濁したが、その目には絶対に外には出さなという意志があった。


「わかりました。それも込みでの住み込みですよね。」

「ご理解いただけたなら良かったです。」

カルメルには、理解できなかったらどうなるのだろうと思わせる凄みがあった。


綺麗な格好で紳士的な応対をしているが、こういうタイプは自分の手で汚れ仕事をこなすことを厭わない。上からあれこれ指図するだけのお偉方よりずっと好感がもてるが、敵対は避けたい相手だった。

リタは部屋に鞄を置くと、子どもたちのいる大部屋に戻った。


子どもたちは昨日と同じように、護衛の存在を気にするそぶりを見せなかった。

それでも、小柄な女という容姿で警戒は薄れているのだろう。思い思いに過ごしているようだった。


「さて。完全に大当たりなので、もういい頃合いでしょうかね。」


リタは部屋の隅に座り込むと右の掌に魔力集中させてから、パチンと指を鳴らした。

グレイから渡されたリストで会えた人間には念のためと探知魔法をかけていた。それを今、解除したのだ。


探知対象を失った魔力は一気に術者のもとへ還っていく。耳の奥でキィンという高音が響いて、次の瞬間指先から肩にかけて異様なほどに熱がこもっていた。


リタはふぅ、とため息をついて立ち上がる。肩をぐるんぐるんとまわして、手を組むとぐーっと上まで腕を伸ばす。ついでに屈伸もしておく。

よし、これでようやく全力を出せる。


リタの魔力の移動に反応したのか、ひとりの少女が近寄ってきた。歳は7歳前後。

魔力過多の影響なのか、おそろしく色が白く、そして異様に細かった。


「誰かきたの?」

囁くように、少女は尋ねた。


「いいえ。私の魔力がお散歩から帰ってきただけですよ。」

「そう。じゃああなたももうじきなのね。」


そういって、彼女は穏やかにほほ笑む。もう何も心配いらない、そんな表情が気になってリタは「何がもうじきなんですか?」と聞き返したが、少女の関心は部屋に射し込む影にうつってしまったようだった。


リタは再び座ると、昨日と同じようにぺたりと両手を床につけた。

昨日は油断していたから思い切り反発をくらってしまったが、今日の自分は一味違う。屋敷の人間に気付かれないよう、結界に触れないように少しずつそっと、魔力を下へと流していく。


こういう繊細な作業は苦手だ。どちらかというと、一気にぶち壊したり叩き切ったりするほうがよほど性に合っている。リタはふと、アマディのことを思い出しが、魔力の糸が切れないように集中し直す。


床に手をついてから1時間が経過して、ようやく地下室まで侵入できた。この結界を貼ったリュカは、よほど腕のいい魔術師なのだろう。これ以上早くすりぬけることは絶対にできない、緻密でいやらしい結界だった。


地下室だろうか。屋敷の下には広い空間が広がっているらしい。そして、その中心におそろしく強いエネルギーを感じる。

おそらく魔獣だ。生け捕りにして地下室で飼っている。密売か、生体実感用か。おそらく非合法に入手した個体。

もしかしたら護衛の仕事は、この魔獣が暴れた時に備えて子どもたちを護るためなのかもしれない。


リタがそう思った瞬間、とてつもない違和感に、ドクンと心臓が跳ねた。

「なんで…え、どういうこと?ありえない…。」


リタの額にじわりと汗がにじんだ。

これ以上は危険だ。リタは慎重に魔力の糸を引き上げた。


手慣れた冒険者になれば、魔力を感じ取ることで視界に入らない魔獣がどんな類のものなのか察知できる。

地下にいるのは、かなり大きなキマイラだ。いくつかの魔力が混じりあっているからそう判断したが、中に明らかに人の気配がする。


キマイラの近くに誰かがいるのではない。内部にその存在を感じるのだ。

リタは先ほどの少女がいった言葉を思い出した。


―あなたももうじきなのね。


キマイラの餌。それはおそらく、魔力の高い人間なのだろう。

護衛なんかじゃなかった。ここは、餌の飼育部屋なのだ。

リュカはそれを把握した上で、この部屋に結界を貼っているのだ。

一体どんな顔をして、あの夜自分に近付いたのだろう。


リュカ・アポリネールという魔術師を今すぐぶん殴りにいきたい。

そんなリタの怒りなんてどうでも良さそうに、子どもたちはうつろな表情で何もない部屋を見ているのだった。

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