特記事項なし

沙知乃ユリ

当直日誌より

その夜、カルテには「特記事項なし」と書かれた。


けれど、あの人にとっては、

書かれなかったことだけが、ずっと胸に残っていた。


街灯の下で雨が砕けて、消えた。

救急隊が、白煙を吐いて駆けてゆく。


病院は深夜、静けさの奥にざわめきを隠した。

PHSが鳴るまでの数コンマ、その間に世界が息をひそめる。

無音のなかで、赤い光がゆらいだ。


2024年10月6日(日)日直・当直 医師:冴島 賢吾


院内・院外/氏名/年齢/性別/主訴/診断名/対応/特記事項

院内/前田隆/68才/男性/発熱、血圧低下/複雑性尿路感染/抗生剤、補液、昇圧剤/なし

院外/須々田恵美子/74才/女性/道路で倒れていた/転倒?/入院、明朝精神科コンサルト/右鎖骨部に紫斑あり。圧痛あり

院外/中島圭子/88才/女性/発熱、酸素低下/誤嚥窒息後の肺炎/入院、抗生剤/なし


湿度の高い雨を吸った当直日誌は、白い朝日を浴びていた。

不純物を揮発させ、硬さを取り戻していく。



2024年10月7日(月)10:18

医師:松田 卓


【経過】

10/6救急科入院。国道沿いで倒れていた⇒通行人が救急要請(西河田救急)。

詳細な経過は冴島先生カルテ参照。採血、頭部CT施行済み(異常なし)

10/7精神科へ転科、松田担当


生活歴:夫と二人暮らし。もともとADL自立。

既往歴:高血圧(近位内科から降圧薬処方)、左上腕に手術痕あり


【S】

(睡眠)眠れた。

(食事)うまい。

(入院)覚えてる。

(入院前)・・・・・・

(もともとの暮らし)・・・・・・関係ない。言いたくない。


【O】

痩せ。白髪。花柄のブラウスにベージュのパンツ。年齢相応の整容。

視線合い、潜時なく、すみやかに応答。声量も自然。表情は固いが仮面様顔貌ではない。歩行安定。食事摂取良好。夜間良眠。


【A】

#認知症疑い

入院手続きや入院後の処遇等に関しては協力的であり、現時点ではせん妄を疑う所見なし⇒任意入院のまま経過みる。


ただし、生育歴や現病歴の聴取には全く応じない。


夫に担当医として連絡し今後の方針について説明済み⇒夫の理解良好。


【P】

頭部MRI⇒脳器質的疾患の評価/除外

採血(内分泌、腫瘍マーカー)⇒身体疾患の除外

生育歴、病歴、認知機能⇒心理士に依頼


キーボード上を激しく踊る指が静かに止まる。

蛍光灯を掴むように天に伸びて、胸ポケットのPHSを掴んだ指は、ダイヤルキーを踏んだ。


◎須々田 恵美子さん 73歳 女性

#1 (R6年10月7日(月)14時30分) 

402病室


病室に入ると、須々田さんは窓際にたって、外を眺めていた。

少し寂しいような、でも安心しているような表情。

背筋がちょっと曲がっていたけど、足腰はしっかりしている。


<こんにちは>

なんだい、また新しい人がきたよ。ふふ。

<心理士の沢北 理央といいます>

心理士?あたしのこと調べにきたのか。

<主治医の先生から依頼されて、須々田さんのことを教えてもらいにきました>

そんなの聞いてないよー?あんたも大変ね。

<気遣ってくれるんですね。ありがとうございます>

そんなんじゃないさ。

あたしは頭がおかしいかね?ん?どうだ?

<わかりません。なので、須々田さんのことを教えてください>

・・・・・・まあ、いいんだわ。あたしの頭がおかしいのはそうだからさ。

ちょっと。

こんなの書かなくていいよ。

<患者さんとの会話はなるべく記録してるんです。忘れないために>


事前情報と異なり、全くコミュニケーションができない訳ではない。

むしろ会話を楽しんでいるように見えた。私の願望かもしれないけど。

先入観や思い込みに注意するよう、先輩に言われたっけ。

焦らず、少しずつ距離を縮めていくことにしよう。


<ここは窓から町が一望できますね>

こんな町、何も面白くないけどね。

<須々田さんの家は見えますか>

・・・・・・

<ちなみに、私の家はあの辺です>

あんたの家なんかどうだっていいさ。

<あの河田美術館のすぐ近くで、時々行ったりします>

へー。あんた若いのに美術館なんて行くのか。

<須々田さんも行くんですか?>

あたしは美術の美の字もわからないよ。

美術館の隣にある音楽ホールに行くのさ。

・・・・・・もういいだろ。

ほら帰んな。

<わかりました。また来ます>


彼女はよく話す人だった。

それでも、私はこのとき、

本当に聞くべきことを、まだ何も聞いていなかった。


帰りたい。耳鳴りのような誰かの声がした。


☆Assessment

痩せているが足腰は強く、エネルギーを感じる。一方で、ぶっきらぼうな口調で一見取っ付きづらそうだが、実際には話し相手が欲しい印象あり。

家族関係、特に夫婦関係の問題の可能性あり?誘導や決めつけをしないよう注意。

美術や音楽の話では表情が和らいだ。切り絵や俳句、音楽療法、カラオケなど誘ってみることも視野に。塗り絵は反感かう可能性あり。

今のところ、会話中に食い違う様子はなく、認知機能の低下は見られないが、ごく初期の認知症の可能性は否定できない。経過みて認知機能検査を。



[十月七日 月曜日 晴れ]


入院した。外は真っ暗だった。

いつだったか、骨折で入院したことがあったっけ。緑色の廊下、オレンジの電灯。キツいアルコールは鼻が落ちそうだった。頭がおかしくなったのはそのせいか。

この病院は木目と白ばっかり。何の匂いもしない。キレイでお上品だわ。私には似合わない。


久しぶりによく寝た。夢でも見てたのか。思い出せない。

朝になって医者やら看護婦やら。いまは看護師っていうみたい。ぴーえすだぶる?とか言うやつもいた。次から次へ新しい人が来て、だれがだれだか覚えてらんないよ。


みんな貼り付けた笑顔ばかり。早口だし、高い声も低い声も聞き取りづらい。

色々言われても。

私のことなんて、私がいちばんわからない。


一息つけた頃、窓の外が赤らんで、ひときわ若い子がきた。笑った顔が、だれかに似ていた気がした。

畳の匂いと薄い窓。

目を閉じても、まだあのオレンジが残る。

いつまでも消えない、燃える残像。

赤い光。


閃光が弾けて。

ガラスが震える。映り込んだ。手。

叫び声。

ザーザー

温かいものに抱かれた。

ハサミが前髪を落としていく。

冷たくて。

熱い。

やかんの蒸気音。

ザーザー


いつかの光景がそこにあった。


面会時間の終了を告げる館内アナウンスが流れる。

窓の暗闇は何も写してはいない。

私はどうしてしまったのか。

もう戻れないのだろうか。


帰りたい。

あの赤い光の奥へ。

それがどこなのか、今はまだしらないけれど。


天井にはカモメたちが飛んでいる。

人の顔にも見える。悲しげなかお。

何をそんなに泣いているの、さ。

じんわり、鎖骨が熱をもつ。


遠くでナースコールの音がする。

子守唄みたい。

母さん。

またぐっすり眠れそうだ。



◎須々田 恵美子さん 73歳 女性

#8 (R6年10月17日(木)14時30分) 

402病室


患者さんのことを考えると、何故だかひどく緊張するときがある。

モタモタしてたら霜が降りて、動けなくなる。


意地悪な私が、冷たい顔で囁いてくる。

役目を果たせ、と。


そんなとき、記録を読み返せば、

患者さんと私の熱が息づいている。

私らしさが甦る。

手足に血が通い直す。


後ろめたさはツララのように堆積し、気付けば隠しきれない大きさになっていた。


<須々田さん、こんにちは。今日は雨ですね>

沢北さん。やっと来たかね。

この病院は退屈すぎて困るわ。

ありゃ、また奇っ怪なものを。おほほ。

<見つかっちゃいましたか。そうです、これ。紙とカッターです>

前に言ってた切り絵かい?

<はい。松田先生、外来に入院に忙しくて、なかなか捕まえられなくて。カッターの許可をもらうのに苦労したんですよ>

松田先生ってのはそんなに忙しいのかい。

<カッターの話をしたら、ちょっと嫌な顔されました>

ほおー。偉そうなやつだね。

まあそんなことより、やってみせてよ。ほれ。

<ええー?須々田さんのために持ってきたんですよ?>

あたしゃ不器用だから。刃物なんか下手くそなんだ。

昔は洋裁をみーんな習わされてね。でもあたしは落第点もらってたわ。

いいからやってみせてな。


今日はいつもよりややテンションが高い。切り絵とカッターが刺激になった?

本人も勧めるため、まずは私が切り絵をやってみせる。


カッティングマットの上に型紙を置く。型紙は事前に黒の画用紙の上にコスモスのイラストをホチキスで留めておいた。

カッターの刃を2目盛り、ゆっくりと出す。

・・・・・・病室とカッターの刃。背徳感が立ち上がる。

気を取り直して、刃を立てる。

カッターは何度も立ち止まり、ガタガタの道が残る。

刃先で軽く押して、カット部分を落とす。

汗をかきながら花びらを一つ完成させた。


<あんまりうまくできませんでした>

いやいや、上手だよ。沢北さん、やるねえ。

どれ、それなら私もやってみようかな。

<はい、どうぞ。カッターの刃には気をつけてくださいね>

間違ってこれであんたを刺しちまうかもね。なはは。

そうしたら、いよいよお終いだわね。

・・・・・・帰りたいね。


ポツンと置かれた「帰りたい」の響きが私の脳を揺らした。


小さい頃、家の近くにおばあさんがいた。


よく道でボウッと立っていて。笑うとお歯黒が覗いた。


ある冬の帰り。

「帰りたい」と言うおばあさん。

「早く帰ったほうがいいよ」私は笑った。


翌朝、公園のベンチ、手を膝の上において、雪に包まれていた。

何もうつさない目。

眠っているよう。

安らかな顔。


雪はすべての音を拾って。

耳鳴りだけ残った。


あのとき、ちょっとだけ、ほっとした。

すぐに泣いた。

涙が雪に溶けて光った。


それから冬の光が怖い。


沢北さん。

ほら。

見てみな。

あたしもなかなか上手いもんだろ?


気がつくと、須々田さんは用意した切り絵を全て終えていた。

見たことない笑顔で、雨はいつの間にかあがって。

夕焼けに色づいたコスモスを掲げる。

伸ばした腕が震えて、鉄の匂いがした。


まっすぐに私を見るその瞳が、光を失ったあの老婆の目と重なる。


こんな状態で患者さんに関わってはいけない。いけないのだ。

ツララの裏から、また意地悪な私が顔を覗かせた。


☆Assessment

関係性は良好。十分にラポール形成済み。

主治医からの依頼

①生育歴聴取⇒済み

②認知機能検査⇒済み。明らかな認知機能低下は検出できず。

切り絵など微細運動も問題なく、むしろ優れている。

③現病歴⇒未。タイミングを見て、再度聴取を試みる。そろそろ話してくれそうではある。



2024年10月16日(水)13:01

医師:松田 卓


【経過】

10/6救急科入院。国道沿いで倒れていた⇒通行人が救急要請(西河田救急)。

詳細な経過は冴島先生カルテ参照。採血、頭部CT施行済み(異常なし)

10/7精神科へ転科、松田担当

追加採血、頭部MRI、心理検査、心理カウンセリング依頼

10/14生育歴聴取あり。詳細は心理士カルテ参照

10/15 HDS-R 27点、MMSE 27点


【S】

(調子)良い。

(睡眠、食事)毎回おなじ。良い。

(心配事、ストレス)ない。いずれ死ぬ。

(夫と面会)・・・・・・夫が会いたがってる?

(そうでもないが、いずれ退院。その前に面会推奨)なるほど。まあそのうち。


【O】

vital n.p.

入院時より体重1kg増加。表情柔和。

食事摂取良好。夜間良眠。


【A】

#MCI疑い

#急性ストレス障害疑い

10/14に生育歴判明したが特記事項なし。入院時の状況についてはまだ不明。

心理士との関係は良好。精神療法が奏功。

各種検査で明らかな認知症その他器質的疾患は否定的。⇒MCIまたは心因性か

入院の長期化は廃用症候群等リスクあり、早期の退院を

【P】

退院前に夫との面会調整

心理士の精神療法は継続


カルテは数刻の間もなく閉じられた。


十月十八日 金曜日 雨(朝)


昨日から降り続く雨。

今朝は土砂降りだ。

暖房は効いているのに、窓際は冷たい。

長袖を頼んだのに、届いたのは夏服ばかり。

あの人は、まるきり家のことができない。

しかたないね。


今朝のご飯は、あの人が作ったのか。

昨日?もっと前?

ここは家ではない。


帰れない。

どこに?

どこにも。


あの人はもう、こない。


相変わらず人の入れ替わりが激しい。

俳句より切り絵がいい。

刃をスーッと押し通す感覚が好きだ。

雨の音を背景にして。

血が流れる。


ザーザー

また来ます。

ザーザー

オレンジ色が泣いていた。

ザーザー


衝撃。

波の音。

影が落ちて。

まぶしい。


ストレッチャーの音。

ザーザー


近づいてくる。


お迎えか。


声は通り過ぎる。


残ったのは、

眠気だけ


今夜も、

つれていっておくれよ。



十月三十一日 木曜日 雪(朝)


さむい。芯から冷える。

でも熱は無いらしい。


ザーザー

動悸がうるさい。早鐘のよう。

でも脈は正常らしい。


あの人が来る。

らしい。


誰が言った?

さっき来たのは若い子?


手が。ザーザー

石油の音がして。


退院。

家じゃない。

瓶が飛んで。

木の音

瓶が当たる。


落ちたのは。

前髪。

お母さん。


顔がない。


さむいね。


もう。

きこえない。


光がにじんだ。



2024年10月31日(木)11:25

医師:松田 卓


【経過】

10/6救急科入院。国道沿いで倒れていた⇒通行人が救急要請(西河田救急)。

詳細な経過は冴島先生カルテ参照。採血、頭部CT施行済み(異常なし)

10/7精神科へ転科、松田担当

追加採血、頭部MRI、心理検査、心理カウンセリング依頼

10/14生育歴聴取あり。詳細は心理士カルテ参照

10/15 HDS-R 27点、MMSE 27点

10/24やっと夫が面会に同意

10/31夫と面会予定

11/1退院予定


【S】

(調子)まあまあ。

(睡眠、食事)夢を見る。

(眠りが浅い?)寝起きは良い。

(夫と面会)変わりない。

(明日、退院)そうよね。


【O】

vital BT37.2℃, BP 110/78, HR 96, SpO2 96 %(r.a.)

わずかに高揚?面会の影響?

微熱がいやな感じ


【A】

#MCI疑い

#急性ストレス障害疑い

#PTSD?


夫との面会は無事終了。明日退院予定。入院時の状況については不明のまま。

退院後は経過観察目的に外来通院を継続。

心理面接の継続は形式的には不要か。本人希望強ければ、担当心理士と要相談。


【P】

11/1退院予定

退院時処方、その他の手続き⇒済み


モニターの波形が医師の胸を叩いた。満足げに頷くと、慌ただしく立ち上がった。


◎須々田 恵美子さん 73歳 女性

メモ (R6年10月31日(木)12時15分) 


昼前に松田先生から声をかけられた。

退院後の須々田さんのカウンセリングの継続について。

背中がゾクリとした。

確かに必須ではないかも知れない。でも、私には必要だった。

須々田さんから少しでも希望があれば、受けますと伝えた。


先生は午後から不在らしい。話し終えると駆け足で消えた。


入れ違いに、須々田さんのご主人にお会いした。

いま、須々田さんと面会した帰りらしい。

表情が浮かない。

声が暗い。

お話を伺う。


須々田さんは、実父から今で言う身体的虐待を受けていた。ご主人と出会った頃も、男性や大きな物音に恐怖反応が残っていた。ぶっきらぼうな口調はそれを隠すためだった。結婚する頃には平気になっていたが、最近になってまた敏感になってきた。


本人からの生育歴にそんな話には無かった。

言えなかったのだ。

私が聞かなかったのだ。

一瞬、耳鳴りがした。


ご主人はさらに懺悔した。今回の入院の契機は自分が怒鳴ったせいかもしれない、と。

ご主人も大病を患って余裕がなく、些細なことで口論になり初めて声を上げてしまった。今後の本人との関わり方について相談したい、と。


私は、何も見えていなかったことを強く恥じた。意地悪な私を睨み付けたあと、まずは打ち明けてくれたご主人を労った。

そして、今後のことについて、もう一度主治医を交えて話しましょうと伝えた。


ご主人は小さな背中をさらに小さくして何度も頭を下げた。

まるで何かに謝るように。


罪を告白した彼を責められる人が、どこにいようか。

老婆を見ないふりした小さな私が囁いた。


あの小さな背中を、私たちは目を細めて見送った。


PHSで同期のPSWに連絡をとる。

明日の退院は無くなるかもしれない。



#18 (R6年10月31日(木)16時30分) 

402病室


昼のことは胸に留めておく。

私自身の苦い想いとともに、飲み込んだ。

家族との面会や退院前日という状況は、不安定になる要素だ。

まずは須々田さんのケアから。


<こんにちは、須々田さん。今日はいつもより遅い時間です>

待ってたよ、沢北さん。

今日はもう来てくれないかと思ってた。

ほれ、もう少し近くにきて。

何か話をしてくれよ。

<どうしたんですか、そんなこといって>


熱に浮かされたよう。ボウッとした表情だ。

いつかのおばあさんの眼差しがよぎる。

須々田さんに促されて、ベッドに並んで座る。


<失礼しますね・・・・・・今日、午前中にご主人とお話できましたか>

はあ。そんなことか。いいよ。なんもない。

<退院前の大事なことですよ。ちゃんと話せましたか?>

もう。

もうやめて!


ご主人との面談は、やはり負担だったようだ。

初めて声を荒げた彼女を見て、

ようやく私は須々田さんを近くに感じる。


・・・・・・誰にも言うんじゃないよ。


あの人は。


あいつは。


あくまだ。


突然、あくまになったんだよ。


須々田さんは、そう言って俯く。

膝の上の拳が揺れている。

雫が。大きな雫が一つ落ちて。

霜が降りていた。


私は須々田さんを覆い隠すように、そっと抱きしめた。

震える肩が、小刻みに当たる。

母と同じシャンプーの匂い。

窓にうつる空は、トワイライトブルーに染まっていた。



2024年11月1日(金)日直・当直 医師:冴島 賢吾


院内・院外/氏名/年齢/性別/主訴/診断名/対応/特記事項

院内/中村綾/23才/女性/酸素化不良/肺塞栓症/血栓溶解療法/産後

院外/佐々木翔 /14才/男性/呼吸苦、胸痛/気胸/入院、胸腔ドレナージ/なし

院外/新田正太郎/55才/男性/腹水/アルコール肝硬変/腹水穿刺/なし

院内/須々田恵美子/73才/女性/意識障害、発熱、血圧低下/肺炎、せん妄/抗生剤、補液、昇圧剤 /なし


朝日が差し込む病室に、モニターと点滴棒が並んでいた。

ナースステーションには、アラーム音がひとつ、増えていた。


花の霜が陽光に溶け、涙を流す。

液体は土に潜り、地球に還る。


――――――――――――――――――――――


◆あとがき


本作に登場する「せん妄」は、医学的には入院中の患者などに見られる一時的な意識の混乱を指します。

けれど、ここで描いたのは診断名としてのせん妄ではなく、

「記憶」と「現実」――夢と目覚めのあいだに揺れる心のかたちです。

誰の人生にも、世界がふとずれて見える瞬間があります。

懐かしさと痛み、光と影が入り混じるその隙間に、

「人が生きてきた証」がこぼれ落ちる。

それを拾い上げるようにして、生をみつめています。

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特記事項なし 沙知乃ユリ @ririsky-hiratane

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