6日目~10日目

6日目


中庭でサークルの勧誘を受けた。配っているチラシの紙がざらついていて、角が日焼けしている。行事予定の欄にある合宿の日付が、見慣れない書式で、学年の表記が今と合わないように感じた。配っている人は笑っていたが、歯が見えた瞬間に風が吹いて、紙だけが僕の手元に残った。掲示板にも同じチラシが貼られていたが、画鋲の穴がいくつも重なっていて、剥がした跡が古い。夕方、ノートの背がまたふくらんだ。今日も風呂は長め。


7日目


大学のメールにログインしても、新着がない。講義の案内も、課題の通知も。スマホの電池が一日中ほとんど減らず、アラームを試しにセットしても鳴らない。音量を上げ下げしても、画面のバーが動くだけだ。午後、ベンチでノートを広げたら、指先に鉄っぽい匂いが移った。どこで触ったのか思い出せない。夕方、部屋の蛍光灯が一瞬だけ暗くなった。外は晴れているのに、窓の向こうの光が少し青い。今日も風呂は長め。


8日目


夜中、上の階から細い水音が続いた。ぽた、ぽた、と等間隔。気になって廊下の掲示板を見に行ったが、管理人の連絡先がどこにも貼られていない。以前はあった気がする。靴下の裾が冷えてきたので部屋に戻る。天井からの音は、耳を澄ますと壁の向こうに移動する。排水管を水が走っているのかもしれない。窓を触ると手のひらに薄い曇りがついて、指の跡が残った。机上のノートの端が少し波打っている。今日も風呂は長め。


9日目


講義棟の廊下。ガラス窓に映る景色の中に、先に人が立っている位置がある。曲がり角の先の、僕がこれから立つはずの場所に影が見えて、数歩近づくと溶ける。自販機のパネルに映った自分の肩越しに、誰かの肩の丸みが重なった。振り返ると白い壁だけだ。階段の踊り場で靴紐を結び直したとき、段の角が濡れていて指先が冷えた。ポケットのティッシュで拭いたが、どこから来た水なのかはわからない。今日も風呂は長め。


10日目


夢を見た。曇った鏡の前に立って、掌で丸を描くように拭いた。真ん中だけがくっきりと晴れて、そこに僕がいない気がした。目を覚ますと枕元の空気が湿っていて、早朝なのに髪の毛が重い。洗面台の鏡は普通で、息を吹きかけると曇る。拭うと自分の顔が戻る。寝ぼけていただけだと思う。午前の講義は休講になったらしく、教室のドアに紙が一枚貼ってあった。印刷の黒が薄く、紙の縁が波打っている。今日も風呂は長め。

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