放浪営団「トラベルアース」

RX140

前編

 ダンジョン深層部。薄暗く、少しジメッとした空気に、一人の冒険者の悲鳴が木霊した。

「ヒィィィィ ィィィィッ!!」

どうやらアクシデントかなんかで、装備を全ロストしてしまったようだ。この深層部で丸腰で帰ることはかなり難しい。現実で例えるなら、鈴木誠也が王貞治の通算本塁打数の記録を超えるぐらいだろう。

それでも魔法で対処しているあたり、まだパニック状態には陥っていない。だがその抵抗も虚しく、ついに魔力切れを起こしてしまう。

「モウダメダ、オシマイダァ…」

そう絶望して、涙を流す。このまま誰にも知られることなく、一人で朽ち果てる。その死骸はモンスターに食べられて跡形残らず消えてしまう。そうなってしまう。そう感じ、抵抗をやめて大人しく受け入れようとした。その時だ。

ザシュッ、

重い斬撃音がしたかと思えば、大きなモンスターを一撃で、しかも容易く倒した。

「怪我はないかね?」

その人の瞳は残念ながら仮面で隠されていたため、見ることができなかったが、優しさに満ちた雰囲気を出していた。

これが僕、「セブン」と先代団長「ゼロ」との出会いである。


 放浪営団…それは世界を旅し、あらゆる任務を遂行する非正規軍隊だ。本来なら許されるはずはないが、ダンジョンでの行方不明者捜索やイレギュラーへの対応が主な任務なため、世界同盟(旧国際連合のこと。制度を一新したためイザコザはあったが今はかなり安定している)や世界ダンジョン統括組合(ここ数年で発生したダンジョンを管理している。そのためかお得意様認定された)にも多数の信頼を置かれている。特に僕らが結成した営団「トラベルアース」は地域規模の紛争、世界戦争、モンスター討伐で多大なる戦果を上げたことで特に信頼が高く、実際ファルシオングループと提携して資金を得るほどの地位になっている。

そんな営団を結成した「ゼロ」は素晴らしい人物だった。「セブン」を始めとする結成メンバーは、もちろん彼に助けられたことで接点が生まれた、と言っても過言ではない。そこから旅先で出会った者たちを迎え、気づけばここまで成長した。

と、思い出に浸っていたら、

「おい、『セブン』。そろそろ時間だぞ」

「ああ、『トゥー』か。すまない」

ここのメンバーは加入順に番号がそのままコードネームになっている。僕は最後のメンバーなので、『セブン』を名乗っている。

さて、呼び出しを受けたのは言うまでもない。皆が集ったタイミングで、リーダーの「ワン」が上がってきた。

「えー、言うまでもないな。仕事の依頼が入ってきた。しかも2つだ」

会場ーとは言っても拠点はないがーには驚きの声が満ちた。

「そこで、二手に分かれてそれぞれ当ててもらう。一つはダンジョンでの仕事。もう一つは凶悪犯罪者:マザーの捜査だ」

「ちょっと良いですか」

「なんだい?『ファイブ』」

任務を告げられたタイミングで「ファイブ」が質問する。

「前者はいいとして、後者は他にも当たることができる営団があったんじゃないんですか?我々はあくまでダンジョンがメインでしたが」

「ファイブ」と呼ばれた男は安易な、しかし尤もな理論で団長に抗議する。

「私も、最初はそう断った。だが、その営団が壊滅してしまったようでな。おまけに、これで営団が潰されたのは3回目だ。あとには引けなくなったのだろう」

「なるほど…」

反論されて言葉に詰まる。その顔は少し青ざめていた。それは他の団員も同じこと。相手はどれだけ凶悪なのかと。その相手と手合わせしたいと。だが、欲を出してはいけない。これは命をかけたことだから。

「さて、早速で悪いが、こっちでメンバーを割らせてもらった。あと、犯罪者の捜査には新人が入ってくるぞ」

「ハ!?」

この一言で全員が凍りつく。まあタイミングがそうだからな…。


「で、こうなったと」

「ああ、まあ理解はあるから大丈夫だ。ただ…」

1週間後、僕は「トゥー」と一緒に凶悪犯罪者の捜査に乗り出していた。腰には業物「レギンレイヴ」を指している。こいつは言わずとしれた曰く付きのヤベー武器だが、なんか好かれてしまったようで、よく振り回してる。

さて、僕は何を不安にしているか、読者諸君も気になっているだろう。別に新人の実力が劣るとかそういった類の問題ではない。だけど…、

「あの…、お時間、よろしいでしょうか?」

「ああ、いいよ」

「し、失礼、します…」

そう、新人こと「トゥエルブ」はめっちゃ臆病なのだ。索敵に優れるから僕らのとこに付いたが、これはどうしようもできない。それでも情報は的確に入ってくるから一体全体どうやって仕入れているか気になるくらいだ。

「あ、あの…、件の捜査ですが…」

「臆することはないぞ、『トゥエルブ』。集めたことを話すんだ」

「申し訳ありません。ですが、かなりまずい情報です。最近噂になっている秘密結社と繋がりがありました」

「おい待て。それはどこで仕入れてきたんだ。僕らでも中々見つからなかったぞそんなの」

「同感だ。一体どこの出なんだね?」

唐突な情報に戸惑いを隠せない二人。それにすこしビビりながらこう続ける。

「カジノやクラブなどを回って調べてみたら、そこにたどり着いたんです…」

おいおい、と呆れる二人。確かにそこまで回ってはなかったが、あそこの情報は信用できるのかかなり怪しかったから意にも介さなかった。

「…あの、信じ、切ることが、できませんか?」

「いや、まさかそこまで行くとは正直思ってなかったからな。しかし、確かにマズイぞ」

「ああ。ちなみに、その秘密結社については何も聞けなかったか?」

「トゥー」が再び彼女に聞く。先程まであった怯えた表情は薄らいだが、それでも少しビビっているようだ。

「はい。聞いてみましたが、カジノの人たちも何もわからない、と仰って…」

「わかった。聞き込みはご苦労だ。しばらく休んでいてくれ」

そう言って有無を言わせずに押し通す「トゥー」。少し強引だが、それぐらいでもしないと彼女は中々行動に移さない。

ようやく彼女が休憩に入ったとき、ボソッとこぼした。

「”アレ”はなにか裏が有りそうだな。そうでもないと、ここまではいかないぞ」

「おい」

「わかってるよ、『セブン』。だが、気にならないか?」

「それは…」

そう言われては黙るほかはない。確かに気にならないと言えば嘘にはなる。だがこれ以上踏み込めばそれはプライバシーの侵害になりかねないし、何より「誰も関係ない。己の腕を信じろ」という先代の意志を無視することになる。それだけは避けたい。

「だが先代はこのことを許してはくれないよな〜。どこまで触れていいのかもわからないし。それn」

【入電です。今いる場所の入口から六時の方向より敵の影を発見。おそらく最近暴れまわっている不届き者だと思われます。すぐに現場急行を!】

「え?あ、了解です」

「まさか後を付けていた…?だとしたら…」

「おい。考えるのは後だ。行くぞ、『セブン』!」

「了解だ」

何がなんだかわからないが、とりあえず今は眼の前の敵を叩くことに集中しよう。そう心のなかで反芻しながらその場所に向かった−。


 さて、いざ現場に向かうとガチガチの装備を揃えた敵が彷徨いていた。その数はおよそ30。しかも対魔法用防具を着用しているあたり、どこの所属かはかなり絞られる。

「チッ。あれが人間じゃなかったら暴れ放題だったんだがな」

「おいおい、何物騒なことを言ってんだ。暴れ過ぎたらまた苦情が来るぞ?」

「いやー、これの気分が少々気難しくてね」

そう言って腰から出したのはさっきも言った「レギンレイヴ」。扱いがかなり難しく、しかもストレスを溜め込みすぎると使用者の生命を吸う呪物だ。『セブン』の場合、何故か好かれてしまったため生命を吸うことはしないが、それでも扱いが悪すぎるとキツイお仕置きがあり、何としてでも避けたいのだ。

「あー…。だが絶対に殺す真似はしないでよ?団長が頭を抱えるから」

「わーったよ。よし、やるか」

覚悟を決めて敵陣の中に躍り込む。勿論団章も付けて(これがないと特例が入らない)。

「お前達、ここで何をしているんだ!ここでそのような格好は許されないぞ」

「今すぐ解かないのであれば、その時は我ら「トラベルアース」が相手をする!このバッジを恐れないのなら、掛かってこい!」

勿論、いや恐ろしい程返事がない。まるで生きる屍、ゾンビのように。

「無言、ということは我らの要請を無視する、と言うことでよろしいのかな?」

既に弾は込めている。もしなにかしようものなら直ぐに撃つこともできる。それを示しながら、最後の警告を通達する。

だが、それでも反応はない。寧ろ次々と仲間が増えてくる。ざっと倍の60にまで増えた。

「…なるほど。では、営団法度に基づいて、実力を行使する。『セブン』!」

「OK。レギンレイヴ、バーストアップ!」

「バースト・リミットチャージ!」

お互いがここで衝突する。ただし相手は”一応”人の形をしているので手荒な真似はできないので少し加減しないといけないが。それでも彼らの技量の前では、成す術もなくやられてく。

「邪魔しないでくれ。上手いこと当てれないんだよ!」

「そっちが動けばいいだろ!」

当の本人たちはそんなことを気にしてすらないが。

と、そんなことを言ってる間にまた敵が湧いてくる。次から次と湧いてくるその様は、まるで何度抜いても生えてくる雑草だ。他の例で例えるなら、枯れることのない湧き水、のほうが伝わりやすいか。

「おうおう、まだ湧いてくるか。となると、相当な使い手だぞ、敵は」

呆れながら「トゥー」が状況をまとめる。少し補足を加えると、モンスターはダンジョン外では生きることができない。何故ならば、紫外線・赤外線、及び太陽エネルギーは彼らにとって毒でしかないからだ。それを防ぐためには、特殊な魔法かモンスター用の防具を使うの二択しかないが、どちらもまだ実用化に至ってないし、そもそも条約で禁止されている。となると、予想されることはただ一つ。

「『マザー』。奴がどこかに隠れている…!?」

「あり得るな。だとすると…、マズイ!早くここを片付けないと!!」

【聞こえてますか!『トゥー』先輩!】

ちょうどいいタイミングで「トゥエルブ」から連絡が来る。

【こちらも手一杯で合流できません!でも、時計塔から彼らと同じ反応があります!すぐに向かってください!】

「『セブン』!」

「わかった!『レギンレイブ』、フルチャージ!」

「トゥエルブ」の報告を受けてすぐに行動に移す。「セブン」が目の前の敵を思いっきり踏んで時計塔を目指す。限界まで性能を引き出した剣は、真紅の軌道を描いていた。

「あれか。よーし」

しっかりと狙いを定めて攻撃を加える。時計塔の針の真ん中にはモンスターを生成する源、「スポナーストーン」があった。しかも結界を張っているらしく、衝突するその様はまるで新たな化学反応のようだった。

その光で阻まれる中、更に力を解き放つ。

「オーバー…、バースト!!」

更に光が増していく。その光は遠く離れた街でも見ることができるほどだった。これが白昼の出来事だから、強い光によるショックが出る人もいたが、それは別の話。

一方地上でも、

「全弾ぶち込んでやるよ!今日は特別サービスさァ!!」

バックパックから伸びたアームの先から弾丸の雨が降り注ぐ。モンスターのみに効く弾だから民間人に被害はない。

しかも弾は無尽蔵に出てくるから弾切れ→リロード→その途中でやられる、という嫌なスパイラルにもならない。かなり強力だ。

「まだまだ出てくるのかい?懲りねえ奴らだなァ!!」

…顔は悪人と捉えられてもおかしくない形相をしてたけど。

宿の方でも、

「こ、こ、来ないでください。こういうの私、大っ嫌いなんです!!」

こっちはパニックに陥りながらなんとか応戦している。得物はステンレス製のフライパンだが。しかし腕力はあるのか、1、2発叩くだけで潰しているあたり、何処か余裕がありそうだ。

三者三様それぞれ応戦していた頃、フワッとモンスターたちが消えた。いや、消滅した、といったほうが正しいか。

「ふう。これで止められたはいいが…、こんな簡単に消えたっけ?」

「あれ?消えた…?何処行った!?」

「あ、ああ…。良かった、の?」

なんとも後味が悪い決着だった—。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放浪営団「トラベルアース」 RX140 @RX140

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ