「浮気くらい許してくれよ」「殺すぞ」

白川津 中々

◾️

「浮気について皆さんはどう思われていますか?」


 昼のワイドショーで司会の女性局アナがそんな質問をすると、出演者は全員黙り込みバツの悪そうな顔をするのであった。


「よくはないですけどもね。でも、みんなそれを知っていて、そのうえでなくならないんだから、まぁ、多くのケースで避けられないんでしょう」


 口火を切ったのはジャーナリストの小松梅太郎こまつうめたろうである。

 小松は普段鋭い論説で社会や公人を批評しているのだがどうにもこの件については歯切れが悪かった。それもそのはず。彼は某企業役員の女性とダブル不倫の真っ最中なのである。世を批判し悪を断罪する立場。自身を棚に上げて正義を振りかざすような真似はできない。しかし肯定したとてそれは屁理屈、言い訳の類となるのは必定だったし、世間体もあるわけだから、お茶を濁したような返答しかできなかったのた。


「まぁ、個人の恋愛感情ですから、なんともですね」


 次に見解を述べたのは作家の栗田柿野助くりたかきのすけで、彼は自身のファンと愛人関係を結んでいた。

 栗田の作風はインモラルであるため多少攻めた発言であってもキャラクターとして受け入れられたたろうがこの時は慎重な態度を見せた。理由は愛人の性格である。彼の愛人は非常にビビットでありセンチメンタルでありエキセントリックな性分だった。事ある毎に感傷し、「一緒に死にましょうよ先生」「奥さん殺してもいいですよね」と過激なピロートークを聞かせてくるのだ。下手な事をいえばどうなるか分かったものじゃない。そんな気持ちが、栗田の口を憚らせたのだろう。


 そして一番動揺していたのがメンズアイドルの白菊牡丹しらぎくぼたんであった。


「いや、どうなんすかね。分かんないっす」


 コメンテーターとしての仕事を放棄する狼狽具合。見れば汗の量が尋常でなく小刻みに震えている。異様。これは「そうですか」と流すのが正しい対応。だが、局アナは白菊の言葉に尚も被せてくるのだった。


「分かんない。確かに。アイドルですから、まず恋愛なんてできないですよね」


「あ、そういうわけじゃ……僕も学生時代は……」


「今は恋愛なんてしている暇がないと」


「あ、えっと、いやぁ」


 このやり取りに「どうしたんですか二人とも」と茶々を入れたのは小松であったが局アナのひと睨みに息を呑んだ。有無を言わせない圧力は、いつの間にかスタジオ全体を巻き込み磁場のような空気を作り出していた。


「じゃあ、仮に白菊さんが今お付き合いしているとして、誰か他の女性と恋愛したいなってなりますか?」


「……」


「なりますか?」


「な、ならないならない! ならないです!」


「……そうですか。では、番組で調査した世間の声を見てみましょう。こちら二十代女性の方のご意見なのですが……」

   

 局アナの尋問は終わり、脱線していたコーナーの進行は戻った。周りはいったい何があったのかと訝しみつつ、早よ終われという焦燥から深読みする余裕がなかった。本来の調子であれば、栗田あたりが局アナと白菊の間にあった不可思議な温度感に勘付いていたかも知れない。


 そうとも、二人は交際しているのだ。そして白菊の浮気が、脅威の五股が局アナに露見しえらい事になっているのである。


「……世間の声は、浮気する人間はゴミクズという意見が大半という結果になりましたが、皆さんはこれを踏まえていかがですか?」


 世論を総括する局アナに、最初と同様皆黙る。中でも白菊は顔面蒼白となり、この世の地獄のような表情をしていた。


「パートナーの気持ちを、浮気している相手の気持ちを、皆さん考えてほしいですね」


 そして最後の言葉に全員消沈。三者一同、言葉が出ない様子であった。


 なお、後日全員週刊誌にすっぱ抜かれ、小松は三行半を叩きつけられ浮気相手共々慰謝料を請求され、栗田は腹を刺され、白菊はアイドル引退まで追い込まれた。人を裏切る行為はいずれ自分に返ってくる。その事を、我々は肝に銘じておかなければならない。

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「浮気くらい許してくれよ」「殺すぞ」 白川津 中々 @taka1212384

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