第3話
もちろん話せるようになってからは、外に出たいと何度も言った。
でも、その度に適当にはぐらかされてしまうだけで叶わなかった。
家の窓からは、外の景色が一切見えない。
でも窓そのものはある。
窓を開けた先は別の建物の壁か、謎の黒い板が貼られて使われていない窓だけ。
まるで外の世界と遮断されているようだと思ってしまうのは、考えすぎ?
今思えば、検診とか予防接種とかも受けた事もない……
お母さんやお父さんの事を悪く思いたくないけど、時々『監禁』や『軟禁』という文字がふと頭を過ってしまう。
いや、きっとそんなのは全部気のせいに決まってる!
だって、今世の両親は本当に優しいし、私を本当に愛してくれているんだから!
だからきっと、幼稚園に通うようになれば、『あの頃はそんな不安もあったな』って笑い話になるはず!
――4歳。
普通ならば幼稚園やら保育園やらに行ってる年齢。
義務教育はまだだから、どこにも通っていない子も中にはいるだろう。
でも、だとしてもこの年まで一歩も家から出たことが無い子供は、そうそう居ないはずだ。
「はっぴばーすでーとぅーゆー♪はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
お父さんが選んだピンクのプリンセスドレスに着替え、頭に4という数字が乗ったティアラを付けた私は、今の状況に酷い不信感を募らせながらロウソクを吹き消した。
拍手されて、今世で初めて嘘の笑顔を作った。
ケーキを食べて、プレゼントを貰って……
喜ぶ両親の顔を見ながらも……
駄目だ……なんか、上手く笑えない。
「どうしたの?誕生日なのに元気ないわね」
多分、きっと話せば分かる。
唇同士をグッと合わせてから口を開く。
「パパ、ママ……あのね……」
だって、今世の両親は私の事をこんなにも愛してくれているんだから!
だから聞いてくれるよね。私のお願い。
「ゆっくりで良いのよ。何があったのか教えて?こんな素敵な日にそんな顔してたら、ママもパパもすごく心配だから」
そんな優しい声と、肩に置かれた暖かなお母さんの手に後押しされた気がした。
私は、膝の上にある小さな手をギュッと握って、決心を固めた。
「私……私……」
「うん」
両親からの穏やかな声が落ちてくると、力を入れていた手に、両親の温かな手が添えられ、勇気が沸いた。
「私も、パパやママみたいに、お外に出てみたい!」
私の言葉を聞いた両親は、笑顔がスッと消えて、見た事の無い顔のまま固まってしまった。
明らかに曇った両親の顔に、心臓が嫌な音を立て始める。
きっと、このまま続けちゃ駄目。そう思った。
前世の両親の記憶が残っているせいで、親に逆らうことが怖くて言葉が詰まってしまう。
でも、今の私は前世の私じゃない!
今ここで頑張らないと、この瞬間を思い出して、二度と言えない気がする。
そう思ってもう一度口を開けた。
「私だけお家から出れないのなんておかしいよ!」
振ふり絞るように訴えた私の言葉に、両親は眉を寄せて顔を見合わせた。
すると、お父さんが予想外の事を口にした。
「シエル。外はとっても危険なんだ。
だから、6歳になったらお外デビューしようね。それまで我慢出来るかい?」
危険……?
監禁みたいな事をしているのは、実は究極の過保護って事?
6歳って、小学校に行く年だっけ?
さすがに小学校は行かせる気なんだ。
ずっと言われている『長生きして』という言葉の裏に、何か隠されている気がする。
実は私より前に生まれた子供が居て、小さい頃に交通事故に遭ったとか……
本当は聞きたいことが山のようにあった。
でも、そんな疑問はゴクリとお腹に戻して俯いた。
――その時、不意に部屋の空気が変わった気がした。
妙にひんやりとして、背中に冷ややかで寒い感覚を感じる。
「……?」
椅子に腰掛けたまま、不思議に思った私が少し振り返ろうとした、その瞬間――
突然、漆黒の長い髪が私の首に絡みついた。
一瞬で息が詰まるほどの苦しさに目を見開き、思わず手を振り上げる。
でも、その髪は鋼鉄のように固く、ビクともしない。
「は……あぁ……」
お父さん……お母さん……助けて……
そう言いたいのに上手く声が出せない。
耳元でくぐもったような低い声が響く。
『まだ生きていたのか。殺してやる』
「や……め……」
次の瞬間、折れそうなくらいに絞め上げられ――
「ああぁ――――!!」
景色がガラリと変わり、いつもの天井が視界に入った。
気持ち悪い感覚が顔に広がり、手を当てるとべっとりとした汗がついていた。
そして、荒い自分の息遣いが耳に入ってきて、さっき見た映像は現実ではなく、ただの悪夢だと理解した。
もう夢だと分かっているのに、私は首に手を当てて無事を確かめずにはいられなかった。
心臓はドドドドと酷い音を立てて、うるさいくらいに脈打っている。
ふと首を右に振ると、薄暗く、ほんのり青い寝室の様子がいつもと違っていた。
いうならば、大きな地震でも来たかのようで酷く荒れていた。
何事かと思った時、反対側からすすり泣く声が飛び込んで来た。
「うっ……ぐずっ……」
その声に引き寄せられるように、今度は左側に首を振る。
「……嘘でしょ……。今度は大丈夫だって、思ってたのに……」
「どうして……どうして私たちの子供ばかり……」
反対側では、私が目覚めた事にも気付かない両親がパジャマ姿で抱き合い、肩震わせて泣き続けていた。
――え?何が起こったの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます